第2話 シルヴィ、父に報告する
その日。
屋敷に帰って父の所在を確認すると、執務室にいるとのこと。
私はシアを伴って、執務室の扉を叩いた。
「お父様、お話よろしいですか?」
父は机から顔を上げて、私とシアを確認するとソファへと移動した。
その横には、白銀の長い髪をした色白の長身の男性。
この人も、シアとほどなくしてやってきた父の執事兼補佐役のアガリアだ。
この人も驚くほどの美形の男性で、世の奥様方に大人気である。
王宮内で内務大臣なんて、大層な役職をもらっているけど、実質領地のことを含めて仕事しているのは、アガリアではないかの思ってる。
父は頭の悪くないのだ。
慣れた人同士だと会話も面白い。
ただ気弱で優しく、人を追い落としたり、足の引っ張り合いなんて苦手。
よくぞ宮中で生き残っていると思う。
(それもそれもアガリアのお陰よね)
働き者で、常に父の側にいるアガリア。
彼が来たもの、シアと同じぐらいだったと思う。
私は、シアが入れた紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「――実は、セリル殿下から婚約を解消したいと言われましたわ」
「何だって?!」
父は驚きの声をあげて、溜息をついた。
「王宮でも噂になっていてね……いつシルヴィの耳に入るかと思ったが……それで、シルヴィは何と?」
「――勿論、殿下の有責で、解消しますとお伝えしましたわ」
「ええっ!!シルヴィはそれでいいの?」
「良いも悪いも、私の前でその女性とイチャイチャしてましたからね……流石のわたくしも、あの光景を見て、婚約者としてやっていこうとは思えませんでしたわ。お父様、しっかり慰謝料、請求して下さいね」
好きだった分。この裏切りは私の心を傷つけた。
到底許すつもりもなければ、2度と顔を見たいとも思わない。
だけど、私の身分では顔を合わさないのは不可能に近い。
(いっそ、この国を出て旅をするのも手だけど……)
だけど、この公爵家の娘は私1人。
女性でも公爵家を継げるのだけど、王子妃になったのち、この家に戻る手筈になっていた。
その為の準備や勉強を学園生活と並行してやってきたわけだけども……。
(私が忙しくしている間に、セリル殿下に本命が出来ることになるなんて……)
そう考えたら、ふつふつと怒りが込み上げる。
(人が努力している間、自分は楽しんでいたなんて!)
そもそも、王子妃教育や領地教育も、私だけではなくセリル殿下も受けなければならないはずだ。
なのに何故か私の方が、もっと専門的で、難しく、時間を取られた。
(王子教育はまだしも、領地教育もちゃんと受けていたのかしら)
どこかで見切りをつけて、私にシフトチェンジしたのだろうと今更ながらに気づく。
(セリル殿下は、そんなに頭が悪かったわけではないわ……となるとサボってあの女性と……)
ふつふつと湧き上がる怒り。
私の怒気に父は私の言葉に目を白黒させて、隣に立つアガリアを見た。
「――シルヴィお嬢様は、それでよろしいのですか?お好きだったでしょ、セリル殿下のこと」
セリル殿下と婚約したのは、まだ母が生きていた頃。
とても強く、逞しく、そして美しかった母。
『シルヴィ、政略結婚だろうとなかろうと、貴方には幸せになって欲しいの』
その言葉に私は頷いて、セリル殿下と結婚するって言った。
だって優しくて、少年の頃も可愛くて。
にっこり微笑まれて、私は恋に落ちたのだから。
母は満足そうに微笑み、婚約の手筈を整えて――亡くなった。
後で聞いた話によれば、その頃すでに余命宣告をされた後だったらしい。
母が亡くなった後、公爵家がどうなるかと思ったけど、アガリアのお陰で、母の働きの代わりを勤めてくれている。
父の手綱をしっかりと握っている感じだ。
「――好きだった、わよ……だって、彼は優しいし、贈り物もセンスが良くて――でも、あんな光景見せられたら100年の恋も冷めるわよ」
恋が終わったと感じるほど、私はあの光景がショックだったのだ。
「――成程。それではあとは此方で手配しましょう。旦那様、良いですね」
「シルヴィがそれで良いなら……」
アガリアの言葉に、父は泣きそうな顔をしながら頷いた。
(泣きたいのはこっちよ、お父様)
父は優しい。
関係ない他人にでも、同情して泣くような人だ。
少年のように、綺麗な心を持っているといえば聞こえが良いが――公爵家の当主としては、失格だ。
私としてはしっかりしてよ!という気持ちになる。
それを支えてくれているアガリアには、本当に感謝している。
「お父様、アガリア、よろしくお願いします」
私は頭を下げると、執務室を出た。
シアは黙って、私の後ろをついてくる。
そのまま私の部屋まで戻ると、ベットへダイブした。
「お嬢、淑女はそんなことしないんじゃないの?」
「――いいじゃないの、今日くらい」
シアは溜息をついてから、私のベットの脇に座り、私の頭を撫でる。
「――子供扱いしてるでしょ」
「いや、全然」
優しく撫でるその手が、何だか嬉しくて。
私は1人じゃないと思えて。
頬に流れ落ちそうになる涙を枕に押し当てて、声を殺して泣いたのだった――。
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