第33話

「気分はどうだい?


「……悪くない。自戒した故か一部権能が使えなくなってはいるが、概ねいつもと変わらない。どうせ時間が経てば使えるようになるしな。それで……ふむ……あぁ、貴様が」


「おや、依り代の記憶を見たのかな?そう言えば自己紹介をしてなかったね」


「そうだな。まぁ、貴様があのカルナルが呼び出したという勇者一行の一人だという事ぐらいは分かるがな」


「お、それだけわかれば十分だよ。それでは改めて。御顕現おめでとうございます、愛欲と美欲と性欲を司る神──アグライア様。私の名前は甲崎春樹。ハルキと呼んでもらえれば」


 愛と美と性を司るとされた神、アプロディテ。それは僕らの世界の神話の話だ。こっちにはこっちの神話が存在する。


 この世界のアグライアは僕らの世界のアプロディテの役割をしている、というただそれだけだ。


「ふむ、そうか。ではハルキ。早速だがそこに貼り付けにされている三人の人間は何故私を見て驚いているのだ?」


「きっと信じていたものに裏切られたからでしょう」


「あぁ、そうか、私はカルナル側だと思っていたという事か。くだらない」


 彼女は彼らが今まで信じていた事を一言で切り捨てた。


「きっとこの子が今までのような優しい子だったら……きっと私はこの子を依り代にできなかっただろうな」


 そう言って彼女は視線をすぐに彼らから逸らし、次にグリモンドの方を向いた。


「そしてその魔獣だが……グリモンドドラゴンか」


『……』


「お、警戒しているな?まぁそうだな。いきなり中身が変わったからな。だが安心しろ。今の私は言ってしまえばこの依り代のスキルみたいなものだ。故に、あと少ししたら人格は元に戻る」


『そうですかい』


「別に敬語にする必要などない。?」


『っ!?仲間!?それはどういう……』


「どういうもなにも、私が人間の味方なぞするわけないだろう。私は確かに愛と美と性を司っているが、だからと言って今までどちらかの味方だとは言ってこなかった。それをカルナルのやつが勝手に私をまるで仲間かのように言った。だから私は人間の味方はしないと決めているのだ」


 その言葉に貼り付け三人衆が愕然とした表情でアグライアを見ている。


 今まで信じていたものが彼らの中で瓦解していく音が聞こえた気がした。


「さて……そろそろ限界が来たか。最後にこいつらを殺してから体を一旦返そうか」


 そして彼女は貼り付け三人衆の方を向いた。







「──ただ純粋な愛が欲しいアグライア






 それはもしかしたら神ではないアグライア自身の願いだったのかもしれない。


 しかしそれはもう叶わない。


 彼女はもう二度と、得ることは無い。




「過去を視たが、一度も愛情を得ることを確認できなかった。よって、


「「「っ!?」」」


 瞬間、彼らの体から何やら透明なものがにじみ出てきた。


「アグライア、これは?」


「これは……が得るはずだった──愛だ」


「……」


「愛情表現と言うのは様々だ。そして愛情を受け取るときや得るときに必ずが行われる。が、今までそれはこの子の一方通行で、彼らはそれに見合った愛情を払っていなかった。よって、今それを回収する。それだけだ」


「愛情の、交換」


「まぁ、ハルキには無縁のものだろう。お前にはそんなもの必要ないように見えるからな。しかし普通は必要なんだよ……愛されていると実感するために」


「ふぅん」


 いまいち納得できないが理解はできた。


「彼らは今まで愛情をこの子に注がなかった代償として、今後一切。それがただ純粋な愛が欲しいアグライアの効果だ」


「それって……」


「そう、一種の。私は愛と美と性を司る神。故に私は一個人の感情に干渉できる。それを成したスキルがただ純粋な愛が欲しいアグライア。この子にある意味ピッタリなスキルだな」


 感情の消去……彼らは今後誰かを愛するという事が無くなる。つまり、……?

 いや、それは考えすぎか。


 すると神アグライアは満足そうな笑みを浮かべた。


 やるべきことをし終わったのだろう。


「それじゃあ、この子を頼むよ。もうこの子はカルナル教にとって忌子となってしまった。魔王とは異なるが忌子は忌子。今後はそれを隠しながら人間社会を生きていかなければならない。大変だけど、君たちがこの子をすこしだけでも支えて欲しい。今代の魔王は優しいから、大丈夫……そうだろう?」


 そう言い終えてから、スッと彼女の中から神アグライアが消えたような気がした。


 僕らはそれを静かに見守った。


『……チッ。まさか、神から頼みごとをされるとはな……おいハルキ、どうするよ』


「……取り敢えずそこにいる三人を解放してここに捨てて行こう。そして──」







「──この子を城で働かせる」



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