第5話 愛されたこども
「俺は次代魔王として担ぎ上げられ、親類が信奉者を集め決起、そして粛清された」
「………」
「城に詰めていた魔族が大勢犠牲になった。俺のせいで……」
馬車から見た青い肌の子供を思い出す。
彼はこの国の国民から見ればテロリストの首魁だったのだ。
「俺は……継承など望んでいなかった。この国が好きだし陛下を敬愛していた」
「その。しおういんっていうのは絶対に王様にしか出ないものなんですか?」
「君の故郷ではもしかしたら普通にあるのかもしれないが、ここでは後天的に瞳の色が変わることは殆ど無い」
「それは……私がいた世界でも滅多にありませんでした……怪我や病気で色が抜けた人がいたのは聞いたことがありますけど……。だってハーストさんの瞳は赤に近いじゃないですか?」
「今は魔法と枷で封じてある。見たいからほらと見せてやることは叶わないが事実だ」
「印が出るのはひとりだけなんですか……?」
「候補が複数現れることはあるが、代替わりは例え候補がひとりでも選定石という石が決めるらしい。俺は生まれてからずっと今の陛下の治世だから見たことはないが選定の儀式が行われた話も聞かない」
「……」
石が次代を指名するのはとてもファンタジーな光景なのかもしれないが、それが即ち誰かの不幸かもしれないと思うと幸は何ともいえない気持ちになった。
「それに俺の処刑は陛下の御前で行われる予定だ。久方ぶりの公開処刑。ご健在だろう」
ハーストが生かされている理由。見せしめ。粛清。
幸の顔色はどんどん青ざめていく。
「もう、余計ないざこざはごめんだ。こんな事、この国の者には話せないから……きっと、本当は誰かにずっと聞いてもらいたかったんだ。その……ありがとう」
「ううん……、じゃない。こちらこそ話していただいて、ありがとうございます。確かにこれはポチくんには話せませんね……」
「だろう?ポチは優しすぎるから、俺が親族に利用されて嵌められた完全な被害者と信じているんだ……」
ハーストは困ったように少し笑った。
「それは……」
幸もハーストは被害者だと思う。それでも彼が内紛の強烈な火付け剤になってしまうのもわかってしまう。
「妹さんも……お亡くなりに?」
「ああ、皆本当に……おかしくなってしまった」
「おかしく?」
「まだ幼かった妹が、花束に爆薬を仕込んだものを持って陛下へ融和を乞う謁見に臨んだ」
「…………」
自爆テロ
「俺は本当に、愚かだった……無理にでも扉を破れたはずなのに……出来ることはもっとあったはずなのに」
「……まおう、さまは……」
「お怪我をされたそうだが幸い側仕えや黒騎士殿が陛下をお守りして軽傷だったと聞く。だが、皆を止められなかった俺の罪は重い。だから、いいんだ。きっと俺も皆とおなじところに行ける。怖くはない」
幸は息ができないような苦しさを感じていた。なにか言葉をかけなければいけない。でも出てこない。
「私は…………それでも、ハーストさんが死んでしまったら、悲しいですよ……」
「ありがとう。だから……というのもおかしいだろうが……残り時間はあまり長くはないが、君も自分を大切にしてくれ。もう、誰かを喪うのは嫌なんだ……」
幸の目から涙がこぼれた。幸の生きてきた日本でだって少年兵、自爆特攻、テロ、いくらだってニュースで聞いていた。歴史の授業でだって。それでも幼い妹が加害者として自爆テロで死んでしまった彼にかける言葉なんかわからない。きっと他の親類もむごいことになったのだろう。
「チェルシーは花の世話が好きでよく押し花の栞をくれた。優しい娘だったんだ。できれば、覚えていてやってほしい」
ハーストの手には小花の添えられた栞が握られていた。
この世界には写真はまだ無いようで、本の挿絵も全て手書きだしアルバムも無い。ひょっとしたら妹の容姿を覚えているのはもうハーストだけなのかもしれない。
「ハーストさんは……本当に、いいの?」
「俺が王座を簒奪したところで誰も幸せにできないし、誰も喜ばないんだよ」
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月の器 ね子だるま @pontaro-san
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