第4話 剣の冠を戴く国

魔王


 魔族の王。異形の王。

陛下は、昔は日よけをしたり、夜に限って市中を視察をしていたそうだが、お身体を崩されてからはもうずっと城で治世を行っていらっしゃるらしい。

 魔族という姿かたちのバラバラな存在を、陛下という象徴がまとめている。

もう何千何万年も、魔族達自身にもわからないほど昔から魔王は脈々と代変わりを続けてきた。

 陛下が代変わりしてからもう200年余、法政は整えられ、国は整備され、南の人間達と争うこともなく平和な時代が続いている。

黄金の剣を掲げたエンブレムは剣の魔王の象徴として城下のあちこちに掲げられている。

今代の陛下は文句のつけようもない名君だ。


 ハーストはポルチェアと同じく騎士団に見習いから入り、陛下とこの平和な国を守る為職務と研鑽に明け暮れていた。

愛する家族、気のいい同僚、ハーストによく懐いた妖精たち。

世界は輝きに満ちていた。


 その日、ハーストは少し遅れた妹の誕生日祝いの為隊舎から実家に帰っていた。

 姉のマリアベルが花を活け、母が妹とケーキに仕上げの飾りつけをしていた。

 父は政務官の仕事があったため午前中は皆で用意を、とハーストもテーブルを運んだり氷の飾りを作ったりしていた。

 祖父は足を痛めていたため揺り椅子で転寝をしていた。

 両親もハーストもマリアベルも、もう毎年誕生日を祝ったりはしないが、末の妹のチェルシーの誕生日だけは皆で集まって祝うことにしていた。

 バタークリームで手をべたべたにしたチェルシーが母にたしなめられながらクリームを絞る。料理の準備を終えた使用人と妖精たちが小さな輝きを散らしながらそれを見つめていた。

「痛……」

突然、ハーストの両眼に激しい痛みが奔った。

「どうしたの?ハースト」

「お兄さま?」

顔を上げる。

ハーストの顔を見た家族の、使用人達の表情が変わる。

「どうした、んだ……?皆……」

 それから皆、おかしくなった。

 帰宅した父もまた、青ざめた顔でハーストを見つめた。

チェルシーの誕生日祝いのはずなのに、皆部屋を片付け、執拗に屋敷中に鍵をかけた。

「母さん、俺、そろそろ隊舎に戻らないと」

「絶対に駄目です。団長にはわたしが連絡します。ハーストは部屋に戻りなさい。マリアベル」

「はい」

マリアベルがハーストの手を引き、部屋に押し込めると外から鍵をかけた。

「マリアベル。姉さん、どうしてこんなことを」

「ハースト、今は我慢して。あたしたちがなんとかしてみせるから」

ハーストは鏡を見る。見慣れた暗い色の両眼は、赤葡萄より鮮烈な紫に染まっていた。


紫王印


 陛下が亡くなると、次代の魔王が選ばれる。

次代の形質として現れる後天的両眼の変色。

この国では誰もが知っている。

誰もがかしずく存在の色。


「そんな……」

 陛下が崩御されたなどという話は聞かない。

もし不幸があったならば国葬の為に真っ先に騎士団に招集がかかるはずだ。

普段通りに休みが取れるはずもない。

緊急連絡も無い。

「俺が……次代?そんな馬鹿な」

 ハーストは窓辺に近づく。窓は魔法で強固に施錠され開く気配もない。歪んだガラス越しに大量の通信用の小鳥が飛び交うのが見えた。


 瞳がじくじくと痛み疼く。

 生きたまま手足が腐り落ちるとしたらこんな感触かもしれないと思いながらハーストはベッドにもぐりこむ。

 紫王印が出たからといってハーストの体が突然変化したりすごい力が目覚めることはなかった。姉と両親に封じ込められた部屋から出ることもできず、毎日こうしてベッドで眼の痛みに耐えるしかできない。

 部屋で稽古に使えそうなものは燭台くらいしかないが、半日振ったところでこんなことをしても役に立たないだろうと諦めた。

 ただし、腹が減らなくなった。

姉が毎日食事を差し入れてくれたが完食できたのは初日だけだった。

食は男にしては細い方ではあったが騎士団で体を鍛えていたし、人並みには食べられていたのに、パンを一つ食べればもういいかと感じるようになった。

 稽古をさぼっても筋力も落ちなくなった。

本来であれば数日も怠ければ体の動きが悪くなるものだが腕立てや燭台で思い出したように素振りをしても感覚は全く変わらない。

 姉に体調の変化を問われ、上記を答えると彼女はとても喜んでいた。

ハーストには良く分からなかった。

姉たちが、何を考えていたのかも含めて。



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