カルテ5 不完全型

TS病は大部分は完全に性別が変わるが全体の10%ほど、完全に性別が

変わない不完全型というものがある。

不完全型はステージIIで変化が止まる事であるが、変化する速度は

個人差があるが、大体は1年、かかっても2年から2年6か月で性別が変わる。

そのため、2年経ってもステージIIの中期より変化しないと不完全型を疑い

2年6か月が経っても変化が進まない場合は不完全型と診断される。


 不完全型は男女両方の外性器と性腺が身体に残る事。

ステージII中期になると、精子も卵子も作られなくなるが

ホルモンの分泌はされるので、ホルモンバランスが不安定になる。

ある程度経つと委縮してはいるが、性腺が両方あるのは体調の不調の他に

精神面でも影響を与える上に、癌のリスクもあるので元の性の

性腺は切除する事が望ましいが、本来ある場所にあるのでがんのリスクは

通常と変わらないという説もあり、データーでもそれを示してる。

しかし、精巣がんに関しては男性と比べると30%高いデーターもあるので、

中々意見がまとまらず、現状では患者の状態を見て判断するとなっている。

癌が発見された場合は切除するのが標準となってはいる。


 私の患者の中で、この不完全型疑われる患者が1人いる。

名前は倉田 了19歳。 発症は16歳7か月に発病し、19歳2か月になっても

ステージII中期と後期の中間あたりで変化が変わらない。

初潮は17歳5か月で来て、外見も声も完全に女性になっているが

男性器の委縮と尿道位置の変化が17歳5か月から、現在まで変わっていない。

なので、不完全型の診断基準になったが、今回の診察でも変化が

無かったら確定診断となる。


「先生どうですか?」


不安そうに了君が聞いてくるが、残念ながら女性の位置に尿道は出来ていなかった。


「残念だけど、女性の位置に尿道が出来てないわ」

「そうですか……」

「陰茎のサイズも変わってないので、これで不完全型と確定ね」

「そうですか……」


了君はうなだれるが、ここまで変わって女性になれないのはショックである。


「選択肢としては2つで、手術をして女性になるか、外科的処置はせず

内科的処置でホルモンバランスなどを安定させるかになるわ」

「外科的と言う事は手術ですよね?」

「ええ、そうよ。陰茎を陰核にして、尿道を女性の位置にして、残っている精巣を切除するわ」

「なんか聞いただけで痛そうです……」


了君はこれを聞いて震え上がるが、場所が場所だけに気持ちはわかる。

TS女性が陰核縮小術受けない理由は場所が場所だからである。

ただ、不完全型だと名前の変更はできるが性別の変更が出来ない。

TS女性が増えたので、陰核が大きい女性でも問題はないが

了君のサイズは弛緩時7㎝と以前よりは小さくなったが、TS女性と言うには

大きすぎる上に尿道の位置が男性の位置なので戸籍の変更もできない。

戸籍の変更をしなくてもTS病と記録されるので、問題はないが了君は

戸籍も女性にしたいと望んでいるので問題だ。


「了君は戸籍も女性にしたいと望んでいるけど、ステージII後期になり

尿道口が女性の位置にならないと手続きが出来ないの」

「それはわかっています……」

「だから、選択肢として手術しかないけど、手術も失敗のリスクは0でない上

手術後の陰核の感覚の低下や無くなるリスクもあるけど、これも以前よりは

減ったけどやはり0にできないの」

「今判断しないとだめですか?」

「今すぐでなくてもいいわ。不完全型の診断は発病から2年6か月経ても

ステージIIで変化が止まる事が基準だけど、診断後でも変化が進んだ

場合もあることはあるわ。

ただ、これは稀な例なので手術をするかしないかを判断しないとならないの」

「そうですか、考えておきます」

「難しいけど、手術を受ける受けないどちらを選んでも了君の判断を尊重するわ」

「わかりました……」


了君は気が重い状態であるが、薬の処方と時価の予約をして診察室を出ていった。


「何度説明しても、気が重いわね……」


医者として一番気が重いのは、悪い結果を言う事。

TSは死亡率は低く自分がTS科医師になってからTS病が直接原因で

死亡した患者はいないし、不完全型も自分の担当した患者では了君が10人目。

今までの不完全型の患者は1人を除いて8人は性別適合手術を行っている。

了君は初潮もきているので、手術をして女性になった方が良いと思ってはいる、


「今日の診察はこれで終わりね」


最後の患者のカルテを記入して、外来診療は終わる。

終わった後も、入院患者の病状を見るが担当は1人でTS科自体の入院患者も

20室20床あるうちのベッドも、5床だけで他の病院からの転院の話も今はない。


 外来が終わって休憩室で休憩するが、ため息が出る。

私としては手術を薦めたいが、あえて私の意見は言わなかった。

診察室の状況から、判断するのは無理であったが19歳で自分の事を決めるのも難しいだろう。

法的には成人であるので、選択は尊重するけど難しい問題である。


「ため息なんてついてどうしたんです」

「大川先生……いい所に」

「相談したい事があるんですね」


TS科科長の大川正美まさみが偶然休憩室に来たが、大川科長は名前からは

分かりにくいが元男性の女性であるが名前は男性の時のままだそうだ。


「不完全型の患者がいるのですが、本人は戸籍も女性にしたいのですが

手術するかは決めかねています」

「手術の説明は何時したんだ?」

「今日の外来でしましたが、判断は持ち帰ってもらいました」

「年齢は?」

「19歳です」

「19歳か……難しいな」

「そうなんです」


19歳は成人であるので自分で判断できるが、ご両親への説明も必要。

了君のご両親も女性になる事を受け入れているので、手術に関しても

理解を示してくれるとは思うもの、まずは本人が決断しないとならない。


「花巻くんとしてはどうしたいのかな?」

「本人も家族も女性になる事を望んでいますので手術を

受けた方が良いと思います」

「患者にはその事を伝えたのかな?」

「いえ、今日は伝えていません。次回の外来時に伝えるつもりです」

「そう。花巻くんの判断なのでわたくしはなにもいいません。

ステージIIのどの段階で止まっていますか?」


私は了君の状態を説明する。


「ここまで進んだのならば、本人が女性になりたいと望んでいますので

手術をしても良いとわたくしも思いますね」

「そうですか、ありがとうございます」

「あとはうちの病院で対応できるかですが、陰核縮小術でなく性別適合手術になりますので

対応出来ない事はないのですが、転院も考えないといけないかもしれませんね」

「そうですね」


とよやま病院では陰核縮小術の経験は全国でもトップになるが

性別適合手術の件は年に10件と数が少ない。

陰核縮小術は陰核だけを小さくするが、感覚が鈍るか場合によっては感じなく

リスクはもちろんある上、手術自体のリスクもある。


 性別適合手術は男性から女性への手術と基本的には一緒であるが

TS病の場合、既に膣があるのでそれを傷つけずに尿道の位置を

変えないとならないので、リスクがさらに増す、

さらに、出来た尿道の狭窄や憩室が出来ることもあのでケアは大変である。


「特に問題となる体質はないので、対応はできるとは思いますが

外科の方と相談してみます」

「そうですね。患者さんに念入りに説明して、納得させてくださいね」

「わかりました。

ところで、大川先生はなんで陰核縮小術を受けなかったのですが?」


大川先生は陰核縮小術を受けてないが、手術を受けてない自体はよくあるので

気にしないが、大川先生の陰核は男性の時からサイズが変わっていない珍しい例。

陰茎のサイズは個人差があるが、弛緩時で平均で10㎝であるが

大川先生は弛緩時で8㎝とやや小さいが男性のサイズの範囲である。


 しかし、尿道が通っていないので陰核となている。

さらに性的興奮をした時は男性も全く同じサイズらしい。

大川先生は既婚者であるが、お相手は女性であるが戸籍上は女性なので同性婚。


「なんでといいますが、結婚前に妻に言われたからですよ」

「奥さんにですか?」

「花巻先生には話していませんが、妻は幼馴染なんです。

わたくしが女性になった事も受け入れてくたばかりか、女性としての振る舞いを

教えてくれたのも妻です」

「そうなんですね」

「わたくしとしては男性サイズの陰核があるのは嫌だったのですが

妻が『正美ちゃんのこれが好きだかから、このままにして』と言われて

結局手術をしなかったのです」

「えーと、それってもしかして……」

「まぁ、そう言う事です……」


大川先生は年甲斐なく照れるが、つまり性的な意味だ。

陰核縮小術を受けない理由は場所が場所なのもあるが、大体は

パートナーとの関係で、いわば女性同士でもそう言う事が出来るからだ。

相手が男性であっても女性が攻める側になるためもあるけど。


「女性の身体にそのサイズの物があると邪魔ではないですか?」

「慣れてますので、大丈夫です。それに男性と同様、上向きになりますので」

「そうなんですか」

「ま、この話はここまでにしましょ」

「そうですね。大川先生、ありがとございました」

「いえいえ、お話を聞くのがわたくしの役目ですので」

「私は外科の方にも話をしてきます」


私はお礼を言って、休憩室を出て外科の先生と話をする。

対応は可能であるとの事あるが、術前の検査結果を見てから

はっきりした返事をするが、今の所は転院の必要はないだろうと

言ってはもらえたのであった。

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