第21話 乾杯


 都パン屋の長女

 それが私だった。


「奏、宿題は済んだの?」

「今からやろうと思ったの!」

「そんなこと言って何時も寝る前にやる羽目になるじゃないの! 今からやっちゃいなさい!」

「えぇ……」

「えぇ、じゃないの!」


 普通の子だった。


「奏さん今回のテスト頑張ったわね、80点ですよ」

「えへへ、ありがとうございます」

「貴方は99点よ! 凄いじゃない!」

「うー悔しい! 満点とれないなんて……ちゃんと復習しておかなきゃ!」

(す、すごい……99点で悔しがるなんて……わ、私なんてこんな点数で喜んでるのに……)


 平凡な子だった。

 でもそんな私にも夢があった。


「ハートクラウスアタック!!!」

「ぎゃああああああ!!」


「わぁ、ガンバレ! アリサちゃん!」

「アリサちゃんが本当に好きよねぇ奏は」

「うん! わ、私も何時かはアリサちゃんみたいなヒーローになる!」


 画面の向こうに居る少女に私は夢を見ていた。

 魔法少女アリサ、困っている人を決して見捨てず護る、そんな彼女みたいになりたい、そう本気で思ってた。


「私の夢は父さんみたいな立派な警察になることです!」

「私の夢はモデルになることです!」

「私の夢はお笑い芸人!」

「わ、私の夢は……」


 口ごもって言えなかった。私以外の子は全員はしっかりと現実を見て夢を追っていて、でも私は……叶う訳がない子供みたいな夢を追っていてバカみたいに思えて、魔法専門学校に行けるほど強い魔力がある訳でもないのに……

 捨てようと思った。しっかりとした夢を持とうと思った。でもそんな時だった。


「君に魔法少女になってほしいカル!!」

「わ、私……? 私で本当にいいの?」

「君にしか出来ないんだカル!」

「私にしか出来ない……そうか、うん! なるよ! 魔法少女に!!」


 こんな私でも特別になれるんだ! そう思えた。これで私も……


「どこに行くつもりカル?」

「ジョギングに行こうと思って! 魔法少女は身体が資本! でしょ?」

「おぉ! 奏、やる気まんまんカル! 僕もいくカル!」

「うん! よーし! 今日もがんばろーおー!」

「おーカル!」


 ヒーローになれると思ったんだけどなぁ……



 太平洋に沈む太陽をベンチに座りながら見て居た奏の目から涙が零れる


「ホラ」


 ベンチに座る奏とカルフォンに落合は先程自販機で買ってきた温かいお茶のペットボトルを差し出した。

 しかしペットボトルを受け取れる余裕は二人にはなかった。

 落合は二つのペットボトルを下げ

 奏とカルフォンの隣に座る


「夢だったんです。ヒーローになる事が……だから魔法少女になれた時は舞い上がっちゃって……でもバカでした。私って平凡でなんの努力もしてないのに特別になれるだなんて思い込んで意気込んで、なにしてたんだろ……私」


 落合は奏の言葉を黙って聞く


「あの人が言ってた通り私の人生は平凡で退屈な人生でした。今、思い出せました。私なんてその程度だって、私の平凡で退屈な人生を変えてくれたんだからあの人には感謝しないといけなかったのかもしれません」

「奏……」


 カルフォンが奏の人差し指を握る


「ごめんね、カルフォン、1番辛いのはカルフォンなのにね……」

「乾杯しよう」


 と落合が言う


「え……?」

「3人でな」

「乾杯って……こんなときに……」


 落合が立ち上がりペットボトルを前に出す。


「お前達が他人に造られた道筋の上に立っていたんだとしても奏、お前はニナを助ける為に命を懸けたカルフォン、お前は故郷の為に未知の世界に足を踏み入れ故郷の為にと邁進した。そのお前達2人の勇気と心意義を俺が嘘とは言わせない」

「……」

「だから乾杯しようお前達のその心とその平凡で退屈な人生に」

「なに言ってるのか分からないです! わ、私は……私は――」


 転移は突然に

 奏はいつの間にかに見覚えのあるパン屋の前に立っていた。辺りはもう暗く街灯の灯りが奏を照らしていた。

 パン屋には多くの人集りが出来ており警察の制服を着ている者もいた。

 その中にはモチロン奏の両親も居た。両親は街灯の灯りに照らされた奏を見るやいなや飛びついてきた。


「バカ!! アンタ今まで何処行ってたの!? 心配したんだから……!!」

「ごめんなさい、お母さん……ごめんなさい……お父さん……」


 彼女は平凡で退屈な両親の温かい腕の中で泣いた。

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