第2話 同居人


 演習場での事件から一時間が経った。

 まだその時の事件の動揺が生徒達からとれていないそんな時が今である

 演習の授業は変更され、今は自習という名目で生徒達は教室に放置されている

 落合もその放置された生徒の一人である、隣の席の花梨はずっとそわそわして落ち着かない様子でいる


(笠松の記憶によればあの子は幼馴染みだったな、まぁ落ち着かないのも無理はない、笠松の件は問題ないだろうアイツが操られていたという事は教師の連中や生徒達も分かってるだろうしな、罪に問われる事はない)


「ご、ごめんね落合くん……初日からこんなことになって」


 と健気にも落合に声をかける花梨


「笠松くん、大丈夫だといいっすね……」

「大丈夫だよ、うん……大丈夫」


 と自分に言い聞かせる様に言葉を繰り返す花梨


(それとあの事件に遭う前に俺が”調整”を施したあの娘……精神系の魔法を使う綾野、とか呼ばれてたか? あの娘の調整の仕様を変えてみるか、今のままずっと魔法が使えないのも不便だろうしな)


 落合は机に置いてあったノートを開く


(今はただ魔力を最小限まで制限し魔法を強制的に使えなくしてるだけだが、これに教育の要素も付け加えてみよう、そうだな……あの娘が自分で自分の魔力を制御出来る様にならなきゃ意味がない、毎晩、夢で彼女に魔力制御の方法をレクチャーするか……俺そのままの声だと素直に言う事を聞いてくれると思えないから近しい人物の声でレクチャーをする、そして毎晩変な夢を見ると教師に相談されても面倒だから目を覚ましたらその夢を見た記憶は消し、レクチャーした魔力制御の方法の記憶だけを残す。覚えが良ければ一日で制御できる様になるだろうがまぁ大きな期待はしない方がいいだろう、一週間程度はかかると思った方がいい……術式はこんな感じでいいか)


 とノートにペンで術式を書き込む落合 


(クククッこんなもん使うのなんて何時ぶりだ? たまにはこんなアナログなやり方も悪くないな)


「落合くん、なんの勉強をしてるの? ん? 蛇? もぉダメだよちゃんと勉強しなきゃ! 自習で先生がいないとはいえサボっていい訳じゃないんだから」


(はは、自分がそれどころではないというのに俺に構うとは噂どおりのお節介ぶりだな、まぁこういうのもワルかねぇか、それにしたって宇宙最強の魔術師の術式を蛇呼ばわりとはね、まぁそう見えない事もないが)


 落合はノートを閉じ窓から外の風景を眺める


(それじゃ笠松を使って何をするつもりだったのか……教えて貰ってもかまわないかな?)

《だ、だれ……だ》

(俺の美声を忘れちまうとは痛みで記憶力がどうにかしちまったのか? 名も忘れられた神様よ)

《ナナシ、だ》

(クククッなんでもいい、俺が知りたいのはお前の目的、ただ一つだ。教えてくれたらその地獄を終わらせてやってもいい)

《お前ほどの使い手なら俺の記憶を覗けばすぐわかる、だろう……》

(そらそうだが、他人の記憶なんざ出来るだけ覗きたくないもんでね、出来ればお前のその口から直接聞きたい)

《教える、気は無い、どうせ俺を解放する気なんざ1ミリもないんだろ……?》

(なんだ。案外、鋭い所もあるじゃないか、あぁそうだお前に使ったその魔法について教えてやろう、それは俺が尋問用に開発した魔法でな、効果は単純、対象に極上の肉体的な痛みと精神的な苦痛を与える、痛覚がなかったり精神的な苦痛を味わう事が出来る程の自意識というモノが存在しない生き物だったとしてもこちらで強制的に痛覚や自意識を生み出し苦しんで貰う、痛覚なんざ存在する訳ないアンタが痛みを感じたのはそれが理由さ)

《悪趣味な、男だ》

(ハハハ、そらお互い様だろ、まぁこれからも仲良くしようじゃないか趣味が合うモノ同士よ)

《……》


 落合はナナシとの念話をやめると丁度授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、担任の柊が教室へ入って来てホームルームが始まり、下校となった。

 下校の挨拶のあとに柊に呼ばれる落合


「真くん、どうだったかな? 今日は」


 とこの学校に対してどんな印象を持ったのか柊はそれを内心ドキドキしながら聞く


「楽しかったですよ、とても」


 それを聞いてほっとした顔をする柊


「えへへ、よかったぁ……ちょっと不安だったんだよね……演習場のこともあったからもしかしていやな印象持っちゃったんじゃないのかなぁ……て」

「そ、そんなことありませんよ、そ、それより笠松くんは大丈夫なんですか?」

「うん! もう意識も戻ったってこれから取り調べとか精密検査はあるみたいだけどそれが終わったら解放されると思うよ、優しいね真くん、笠松くんとは今日会ったばかりなんでしょ?」

「笠松くんには色々優しくして貰ったんで……」

「笠松くんってあぁ見えてすっごく優しい子だからこれからも仲良くしてあげてね」

「へへへぇ、はいぃ」

「それと真くんの部屋の準備が出来たらしいから早速寮に行ってみようか」

「はいぃ、お願いしますぅ……」


 その寮は本校とはそう離れて居らず歩いて数分で辿り着く


「寮は男性寮と女性寮で別れてて男性寮はこの左にある建物がそうだから、間違えないようにね、間違えて入っちゃうとこわーい寮長さんが真くんをとって食べちゃうから」

「ははは……」


 落合と柊が男性寮の玄関に入ると一人の女性が両手を組み二人を出迎えた。


「私はここで寮長をやってる無々節(ななふし)飛鳥(あすか)ってんだ。よろしくな、新人さん」


 と落合の手をがっしりとつかみハツラツとした態度と声で落合を出迎えた。


「後は私がやっとくからアンタは戻っていいよ、霞」

「はい、じゃあ真くんをよろしくお願いしますね、また明日ね真くん」


 と手を振りながら柊は立ち去った。

 

「よし! じゃあついてきな、アンタの部屋まで連れてってやるからさ」


 無々節に案内され二階にある自分のために用意された部屋まで向かう落合

 209

 と書かれたプレートが貼り付けられた木造の扉の前で無々節は止まる


「此処が今日からアンタの部屋になる、入ってみな」


 部屋に入ると広めの空間にベッドが二つ置かれていた。


「あぁ、あとこの学校の寮は基本的に相部屋でね、アンタの他にアダム・ランスっていう子もこの部屋を使うから仲良く使うんだよ、アダムは外国人だけど日本語もちゃんと話せるから安心しな」


 無々節が言った通り先客がいたらしき痕跡が部屋のあちこちにある


「あの野郎、一人部屋だったのを良いことに好き勝手に部屋を使いやがって……私からもアイツには言って置くけどもしアダムが迷惑かける様な事をしたら遠慮せず私にいいなよ」

「は、はいぃ……」

「それと風呂やトイレは共同でここへ来る途中で通ったから分かると思うけど食堂は一階のあそこね、朝メシは七時から夕飯は十八時から、学校へは八時までに着いておくこと! うん、それぐらいか教えることはあと分からない事があったら一回にある私の部屋まで来なよ、玄関のすぐ横にあるからね、そんじゃ喧しいおばさんはこの変で退散するから今日はゆっくり休みな、食堂は九時まで開いてるから、それまでに来れば大丈夫だからね」


 そう言って無々節は消え、落合は部屋の中へ

 明宮から貰った制服やジャージをベッドの上に置き、落合は相部屋のアダムのベッドや机を眺める

 アダムのベッドが置かれてる側の壁に大きな魔方陣が書かれている


「魔除けの術式……なんでこんなもんをアダムくんは書いたんだ? 何かに狙われてるのか、精神を病んでるのか……」


 落合はその魔方陣を更に詳しく分析しはじめる


「……見た感じだと大した恩恵は受けられそうもないな、気休め程度の効果しか発揮しない術式だ。それよりも術式そのものよりこのブレブレの線が気になるアダムくんはコレを酒か薬でも身体に入れながら書いたのか? だとしたら俺の学校生活に一気に暗雲が立ち込めてきた様な気がするが……」


 魔方陣をマジマジと見詰めながらそんな事を一人ブツブツと唱えていると部屋のドアを誰かがノックした。


「笠松だ。落合いるか?」

「ど、どうぞぉ……」


 笠松が菓子パンを持って部屋に入ってきた。

 

「悪いな夜分に、先生から聞いたよ、心配してくれたんだって? ありがとな」

「笠松くん、大丈夫そうですね」

「あぁ、あの件に関してはお咎めなしだとよ、暫くの間は診療所に通わなくちゃならなくなったが……めんどくせぇがまぁ仕方ない、もう一度あんな事が起こっちゃ困るしな」

「よ、よかったです」

「……それと、ほい」


 と言って笠松は菓子パンを落合に差し出す。


「心配してくれた礼だ。受け取ってくれ」

「いやいや貰えませんよぉ」

「いいんだいいんだ。貰ってくれた方がこちらの気持ちも晴れるんだ。俺を助けるつもりで受け取ってくれよ」

「は、はいぃ……」


 仕方なく菓子パンを受け取る笠松


「たかがジャムパンかと思うかもしれないがこの学校のジャムパン結構人気でな、なかなかのレア品なんだぜ、味は人気あるだけあってかなりイケてる」 

「ありがとう御座いますぅ……」

「本当に……ありがとな、落合……」


 と言いながらなにやら浮かぬ顔をしている笠松


「どうかしたのですか?」

「ん? い、いいや……大丈夫だ。わりぃ今日はもう休みたいよな、また明日話そうぜ、落合、またな」


(俺の顔を見てずっと何かに引っかかっている様な顔をしていたな、もしかして記憶が断片的に残ってたのか? ……ありえない話じゃないが、まぁ完全に記憶が残ってる訳じゃないなら問題ない)


 その後部屋を訪問してくる者も居らず一人静かに部屋で佇んでいる落合、気が付けば深夜の十二時を過ぎていた。


「同居人が帰ってこないが……大丈夫なのか? あの術式や私物を見る限り素行良好には見えないが……学生がこんな時間までウロチョロするのはこの時代じゃ当たり前って訳じゃないよな?」




 落合の同居人であるアダム・ランスは人気のない真っ暗な道を走っていた。

 理由はアダムの後ろを二つの影が追ってきているからである

 アダムは道の段差に引っかかりそのまま地面へ転がる、迫る影


「近寄るな!!」


 悲鳴にも近い声を上げながらアダムは影の方へと右手を翳す。 

 アダムの右手から鋭い光が飛び出し影の方へと向かう、しかしその光は軽々と影に避けられてしまった。


「……っ!」


 対抗手段はもうない、死の一文字がアダムの頭の中を埋め尽くす。


(し、死にたくない! 死にたくない死にたくない……助けて助けて……リカルド……!)


「この世界の生き物じゃないな、お前ら」

「!?」


 声がする、影達の向こう側から


「知性はないな、親玉に操られてるだけの哀れな生き物って所か、まぁ取り敢えず――」


 

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