第26話 はかりごと

 午後11時過ぎ。俺は寝支度を済ませて、ベッドで横になっていた。しばらく病室で寝ていたせいか、改めて自室のベッドの硬さがどうにも気になってしまう。

 まあいずれ慣れるだろうと目を瞑ったところで、なにやら部屋の前で話し声が聞こえてきた。


 義妹たちの声だろうか。さすがに詳細は聞こえなかったが、何かを言い争っているようにも聞こえる。こんな時間に部屋の前に立たれているのだ、嫌な予感がしてならない。

だが、俺は軽くため息を吐きつつ、二人が何を企んでいるのかを探るために重い腰を上げたのだった。



「……二人とも、こんなとこで何やってんだよ」


「わっ、兄さん!?」


「あーあ、起きちゃったじゃん……」



 ドアを開けると、案の定そこにはパジャマ姿の姉妹が立っていた。玲華は俺を見るなり驚いて後退りをしたが、一方の冬華は腕を組んでその場に佇んでいる。

玲華の腕には自分の物であろう枕が握られており、この状況ではおおよその察しがついてしまう……。



「ダメだ。自分の部屋で寝てくれ」


「まだ何も言ってないですよ!?」


「じゃあなんの用だよ。こんな時間にさ」


「それは、えーっと……。たまには添い寝でもどーかなーって……」



 玲華は指をもじもじとさせて、上目遣いでこちらを覗き込んでくる。俺は頭を抱えてため息を吐いた。



「あのなぁ……。お互いもう子供じゃないんだから、一緒には寝られねぇよ。部屋に戻ってくれ」


「んぅ……そ、そうですよね。この歳にもなって急に添い寝してほしいとか、変でしたよね……」



 玲華は目を伏せて、寂しげな表情を浮かべた。まるで雨に濡れたダンボール箱の仔犬のような仕草に、俺は思わず傘を立てて家に連れ帰りたくなってしまう。だが、奥歯を噛んでぐっと堪える。



「……いやダメだ。俺寝相悪いし、前みたいに事故が起こらないとは限らないだろ」


「……/// そ、そんなこともありましたね。あはは……」


「事故?なんのこと?」



 腕を組んで訝しみつつ首を傾げる冬華。玲華は前回一緒に寝た時のことを思い出したのか、頬を指でかきながら顔を熱くしている。



「別になんでもねーよ。ていうか、冬華まで一緒に寝るつもりなのか?」


「そんなわけないじゃん。勘違いすんな」


「じゃあなんでここに居るんだよ……」


「それは……。お姉があんたの部屋の前で悩ましそうにうにうろうろしてたから、夜這いさせないように引き留めてただけだもん」


「よ、夜這いなんてしませんよっ!?冬華ってば、変なこと言わないでください……」



 玲華は顔を真っ赤にして、冬華に抗議をする。だが、冬華はその訴えをひらりと躱すようにして俺の前へと躍り出た。



「でもまあ、お兄がどーしてもっていうなら……。一緒に寝てあげてもいいけど……?」


「えぇ……」


「ず、ずるいです!私の方が先だったのに、兄さんを誘惑しないでくださいっ!」


「別に誘惑なんかしてないもん。お姉こそ、添い寝したいとか嘘ついて、既成事実でも作ろうとしてるんじゃないの?ほんっとあざといよね」


「なっ、そんなつもりじゃ……」


「じゃあどういうつもり?言ってみなよ」


「うぅ……。そ、そういう冬華だって、兄さんとお風呂で、先に変なことしようとしたくせに……」


「はぁ……?何が言いたいわけ?モノははっきり言いなよ、はっきりとさぁ」


「ちょ、お前ら落ち着けって……」



 俺はヒートアップする義妹たちを仲裁しようと、2人の肩に手をかけて制止しようとする。しかし、その手は冬華に睨みつけられて軽くあしらわれてしまった。


「なに、お兄はどっちの味方なの」


「別にどっちの味方とかねぇけどさ……」


「じゃあ止めないでよ。どっちにも与しない奴に、諌める権利なんかないから」



 冬華はそう言って、怯える玲華の両肩に掴みかかった。肩をぷるぷると震わせながら今にも泣き出しそうな玲華の姿に辛抱ならず、俺は二人の要求に折れることしたのだった……。



「ああもう、分かった!一緒に寝るから!冬華も一緒に寝て、変な事しないか監視できれぱ文句ないだろ?だから落ち着けって……」



「……ふーん。いい妥協案じゃん。どう?お姉」


「うんっ。さすが兄さんです!」


「……はい?」



 あまりにも突然の出来事に、頭が困惑している。

 先程まで喧嘩をしていたはずの二人は、何事も無かったかのように向かい合って笑みを浮かべている。

それどころか、泣き出しそうな顔をしていた玲華に至っては隠し持っていたスマホを突き出して、先程録音したであろう音声を流してくる始末だ。



「えへへ、言質とっちゃいました!」


「お、お前ら……さては謀ったな!?」


「騙されるお兄が悪いし」


「ふふっ。慌ててる兄さんも可愛いですっ」



 玲華は悪戯っぽく笑い、冬華は勝ち誇ったような表情をしている。恐らく、事前にふたりで計画して俺を陥れるつもりだったのだろう。

彼女たちがあの名門進学校でそれぞれ学年首位争いをしている秀才であるということを度々忘れてしまうが、完全にハメられた今となっては二人が末恐ろしく感じる……。


 結局俺は二人の策略にはまってしまい、今夜は同じベッドで寝ることになったのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る