第27話 思い出作り

「ねえ、狭いんだけど。もう少し詰められないの?」


「無茶言うなよ……。これでも詰めてる方だって」



 人の寝床に入り込んでおきながら文句を垂れる冬華につられて、俺は反対側の玲華と距離を詰めた。多少横幅のある設計とはいえ、シングルベッドに3人で寝るのは流石に窮屈だ。

だが、なぜか同衾を望む義妹たちはそれでも満足そうな表情をして、両サイドから俺の身体にぴったりと密着してくる……。



「兄さん、もう少しこっちに寄ってもいいんですよ?」


「その気持ちは嬉しいんだけど……。これ以上くっつく訳にもいかないしな」


「ふふ、遠慮しないでください。私は全然気にしませんから!」


「俺が気にするんだって!?」



 俺は小さくため息を吐いた。だが、それでも玲華は嬉しそうに身体を密着させてくる。わざとではないと信じたいが、先程からやけに彼女の豊満な胸が腕に押し付けられている……。


綺麗にまとめられた髪から漂う甘い香りも相俟って、相手が義妹でなければ、とっくに俺の理性は弾け飛んでいたことだろう。



「あーあ、こんなことになるならあたしも枕持ってくればよかったな」


「なんだよ冬華。寝苦しいなら枕貸そうか?」


「やだ。お兄の枕とか絶対変な匂いするし」


「いちいち辛辣だなぁ……。じゃあ自分の枕でも取りに行けよ。てか自分の部屋で寝て欲しいんだが」


「動くのめんどいから嫌だし。お兄、腕枕してよ」


「おまっ、本気か……?」


「本気だけど。てかお兄に拒否権とか無いから」



 冬華はそう言うと、俺の二の腕を強引に枕代わりにした。冬華の艶やかな黒髪が肌に当たり、少しくすぐったい。



「うーん……。なんか、想像してたよりゴツゴツしてて寝辛いかも」


「お前なぁ、勝手にやっといて文句言うなよ」


「いいなぁ……。兄さん、私にも腕枕して欲しいです!」


「えぇ……」


「むう、露骨に嫌そうな顔しないでくださいっ」



 玲華は頬を膨らませて抗議し、さらに密着してきた。冬華にだけ腕枕をするなんて不公平だ、と言いたいのはわかるが……別に冬華にも許可した覚えはないのである。

だがこうなってしまった玲華は意外と頑固なので、俺は諦めて彼女にも腕を差し出したのだった……。



「ほら、これでいいのか」


「え、本当にいいんですか……?あの、腕が痛くて上がらないなら無理しなくても……」


「今さらなに言ってんだよ。このくらい平気だし、このままじゃ冬華だけ贔屓してるみたいだからな」


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」



 玲華は恐る恐る近付き、俺の腕に頭を埋めた。両腕を枕にされているこの状況はなんだか滑稽で恥ずかしさが込み上げてくる……。



「ふへぇ……♡兄さんの上腕二頭筋、硬くてたまらないです……♡」


「感想が変態っぽいな……」


「むう、変態じゃないですもん……」



 玲華は俺の二の腕に顔を埋めて、恍惚とした様子で軽く頬ずりをしてくる。どうやらお気に召したようだが……こちらとしてはかなり気まずい。

ただでさえ女の子らしい感触と香りに包まれているというのに、両腕に寝ている美少女を抱えるこの状況はあまりにも毒である……。



「えへへ。こうしてるとカップルみたいで、なんだかドキドキしちゃいますね……♡」


「お前なぁ……。こっちはおかげで寝られねーよ」


「お兄ってば、もしかしてこのくらいでドキドキしてるの?」


「そりゃまあ、否定はしないけど……」


「ふふっ、そうなんだ。ふーん?」



 冬華は浮ついた声でそう呟くと、さらに身体を密着させてきた。玲華と比べてかなりスレンダーな体型をしている彼女だが、ここまで密着されると小さな膨らみを感じてしまい、悔しいが意識せざるを得ない……。



「むむ……。冬華ってば、兄さんにくっつきすぎじゃないですか?」


「お姉の方こそ胸押し付けてるじゃんか」


「お、押し付けてないですもん。狭いから少し当たってるだけで、わざとじゃ……」


「はいはい。巨乳で良かったね」


「お前ら、俺を挟んで喧嘩すんなって……」



 両サイドによる口論を聞かされながらも、俺は目を瞑って平静を装うことに専念した。やがて2人の言い合いが終わって静かになった頃、今度は玲華が小声で話しかけてきた。


「兄さん、もう寝ちゃいましたか?」


「起きてるよ。今度は何の用だ?」


「ええと、本当は夕飯の時に話したかったんですけど……。兄さん、今週末はなにか予定入ってたりします?」


「週末かー。バイトはこの怪我でしばらく休むことになったし、とりあえず予定は無いけど」


「そうですか。ふふ、じゃあ好都合です。兄さん、週末は私たち3人で温泉旅行にでも行きませんか?」



 玲華は嬉しそうな声でそう告げると、スマホの画面を見せてきた。そこには伊香保にある旅館のパンフレットが載っており、源泉かけ流しの露天風呂や温泉街の名物などが紹介されている。



「見てくださいっ。ここの温泉、湯治の効能が凄いみたいですよ?兄さんの怪我だって、きっと早く治ると思います!」


「温泉かあ……。提案は嬉しいけど、流石に2人と温泉旅行に行くのは問題があるような……」


「なに想像してんの。変態」


「なっ、そりゃ考えるだろ。健一郎さんにだって怪しまれるだろうし」


「あいつには内緒にすればいいじゃん。ていうか、家族旅行くらい子供の頃に何回もしたでしょ」


「そうは言ってもなぁ……。てか、冬華は昔から家族旅行とか嫌がってたろ。そんなお前が乗り気だなんて、どういう風の吹き回しなんだ?」


「べ、別に乗り切ってわけじゃないし。旅行はそんなに好きじゃないけど、お姉がどーしてもって言うから仕方なく付き合ってあげてるだけで……」


「そうかよ……。にしても、ここ結構値段が張る旅館じゃないのか?テレビで観たことあるし、そんな金持ってねぇんだけど……」



 玲華のスマホに表示されていた旅館は、伊香保でも特に有名な温泉旅館だった。宿泊代だけでも手痛い出費になりそうだが、交通費や食事代などの旅費を含めると、とても大学生と高校生だけで払える額じゃ済まないだろう。



「ふっふっふ、それなら安心してください!お父さんのお知り合いがそこのオーナーさんで、この間1泊2日の家族旅行券を頂いたんです!しかも友達と来れるようにって3人分!」



 玲華は嬉しそうに語り出し、チケットの写真を見せてくれた。どうやら本当の話らしく、相変わらず義父の人脈と人望の深さには驚かされる……。



「……一応聞くけど、同部屋なのか?」


「もちろんですっ。あくまで家族旅行券ですから」


「だよなー……」


 俺はがっくりと項垂れた。家族旅行とはいうが、実際のところは血の繋がってない若い男女が同じ部屋で寝食を共にするのだ。いや、別にそれは今までと何も変わらないのだが……いつもと違って受付や仲居さん、配膳係の目がある分、とても気まずい……。


「やっぱり、嫌でしたか……?今日一緒に寝られたら、お泊まりのハードルは下がるかなって思ったんですけど……」


「いいや、別に嫌ってわけじゃ……。ただ、世間体が気になるというかさ」


「そうですよね……。私ってば、兄さんと一緒にいられるうちに最後の思い出作りがしたいなって、勝手に舞い上がっちゃってたかもです……」



玲華はしゅんとした様子で俯くと、俺の服を摘まんで寂しそうに呟いた。こんな反応をされたら断ろうにも断れない……。それに、最後の思い出作り、という言葉にも共感する部分があるのは確かだった。


俺は小さく息を吐くと、彼女の頭に手を置いた。



「分かった、行こうか」


「……!いいんですか!?」


「ああ。二人が実家に帰る前に、最後の思い出作りがしたいのは俺も同じだからさ」


「兄さん……。えへへ、嬉しいですっ」



 玲華は安堵したような表情を浮かべた。一方の冬華は背中を向けて素知らぬ振りをしていたが、ほっと一息ついて毛布にくるまった。相変わらず読めないようで、その実分かりやすい奴だ。




「ふふ……伊香保、たのしみれす……。湯の花まんじゅう、水沢うどん……。あぁ……玉こんにゃくも捨てがたいなぁ……♡」


「玲華、寝ぼけてんのか……?寝言のクセ強いな……」


「むにゃ……にいひゃんの、たくましい僧帽筋……。腹直筋もこんなに……ふへへぇ……♡♡」


「ちょ、玲華ヨダレ垂れてるって……!?」


「んぅ……すぅ、むぅ……。おにぃ……」


「な、なんだ。冬華も寝ぼけてんのか」


「……おにぃ、下着……盗むなぁ……。ばか、へんたい……顔だけのくせに……」


「姉妹揃ってどんな夢見てんだよ……」



 両脇に抱えた義妹たちのとんでもない寝言にツッコミつつ、俺はやっと帰ってきた我が家で目を閉じた。まさか二人と一緒に寝るとは思わなかったが、これでも退院したての俺を義妹たちなりに気遣ってくれているつもりなのかもしれない。そう思うと、なんだか胸の奥がじんと暖かくなる気がした。


 そんなことを考えながら彼女たちの寝息を聞いているうちに、俺の意識もゆっくりと薄れていくのであった……。

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