第24話 一難去ってまた


 風呂場でのハプニングからしばらく経って、冷静になった俺たちは3人で食卓を囲んだ。久しぶりの我が家での食事は、玲華が退院祝いだからといっていつも以上に腕を振るってくれており、煌びやかな料理が並べられている。

 ……だが、リビングでは依然として気まずい空気が流れている。一瞬の事故とはいえ、俺たち3人は互いの裸を目撃してしまったのだ。幼い頃は一緒に風呂に入れど何も感じなかったが、成長した今ではその限りではない。重苦しい空気の中、玲華がそっと口を開いた。


「……あの、えと……。さっきは入浴中に押しかけちゃってごめんなさい。病み上がりなのに、迷惑かけちゃいました……」

「ああいや、謝るのはこっちの方だよ。二人とも……その、ごめんな。変なの見せちまって……」


 俺の言葉に、玲華は何かを思い出したように顔を赤くしてぶんぶんと首を振る。冬華はというと、相変わらず不機嫌そうな顔でそっぽを向いている。


「……一応聞くけど、お兄っていつもあんな感じなの?」

「え、なんのことだよ」

「だから、その……。いっつもあんなに、お兄の……元気なのかって聞いてんの……」

「元気……?さっきからなんの話してるんだ?」

「はぁ?分かってるくせに、とぼけんなバカっ」


 冬華は何故か頬を赤くしてジト目で俺を睨みつつ、机の下で足を伸ばして脛を蹴ってきた。


「ぐおっ……!?お、おいやめ……」

「わわ、喧嘩はだめですよっ!ほら、温かいうちにご飯にしませんか?」

「ふん……。ま、こないだは助けてもらったし?このくらいにしといてあげるけどさ」

「なんだ、珍しくしおらしいじゃないか。冬華らしくないな」

「……2回もあたしの裸見たわけだし、今からケーサツに通報したっていいんだけど?」

「あ、はは……。いやぁ、本当に面目ない……」


 俺はため息をついて、手を合わせて食事を始める。玲華はというと、そんな俺たちの様子をどこか微笑ましそうに眺めていた。

 それにしても、玲華の料理の腕には毎度の事ながら驚かされる。入院中も小分けにした料理を持ってきては振舞ってくれていたが、やはり我が家で食べる彼女の手料理には敵わない。大皿に盛られた料理を取り分け、箸を進めた。


「ん、この肉じゃがすげー美味いな。なんつーか、懐かしい味がするような……」

「えへへ、気付きましたか?実はこれ、純子さ……お義母さんの実家に伝わるレシピなんですよっ」

「そっか、通りで懐かしい味が……って、いつの間にこんなの教わったんだ?」

「この間病院で教わったんです。ほら、お父さん達がお見舞いに来てくれたときに」


 そういえばそんなこともあったな。あの時は義父と対面して胃がキリキリと痛くなったのを覚えている。ただでさえ心配をかけた上に、複雑な関係の義父とは久しぶりの再会だったのて気まずくてしょうがなかった……。


「ふふ、兄さんの実家では肉じゃがにウスターソースを入れるんですよね?レシピより少し砂糖の量を減らしてみたのですが、お口にあったみたいで良かったです」

「ああ。にしてもよく再現できてるなぁ。味が濃ゆすぎない分、こっちの方が好きかも」

「えへへ、作った甲斐がありました。冬華も遠慮なく食べてくださいね。取り分けましょうか?」

「自分でやるからいい。てか、お姉基準で取り分けられたらあたし絶対食べきれないし……」


 冬華は呆れたように呟くが、料理については認めているようで小さな口へと箸を運んでいく。

 それにしても、懐かしい料理と久々に家に帰ってきた安心感も相俟って、昔のことを少しだけ思い出せた気がする。


 まだ幼い頃、俺は母方の実家に預けられていた。母さんがパートから帰ってきて、ばあちゃんと俺との3人で夕飯を囲んでいたのをよく覚えている。味の濃ゆすぎる肉じゃが。ひのき風呂の香り。少しだけ埃臭さの残る布団。それに、血と動物が焼けたようなあの匂い……。


「ごほッ、お゛ぇ……っ……!」

「ちょ、お兄大丈夫……!?」

「ふぇ!?だ、ただ大丈夫ですかっ!?」


 俺は思わず咳き込み、その場に座り込んで口を押さえた。二人が心配そうに俺の顔を覗き込むが、大丈夫、と手で制する。

 ……ずっと心の奥に閉まっていた、嫌な思い出が蘇った。


「は、はは……。悪い、ちょっとむせただけだ。もう大丈夫だから……」

「本当に?お兄、なんか顔色悪いけど……」

「いやいや、大丈夫だって」


 心配そうな表情を浮かべる冬華にそう答え、俺は席を立つ。

「ごめんな、ちょっとトイレ行ってくる」

「あ……はい、ごゆっくり……」


 俺はリビングを出て、廊下を歩いてすぐのところにあるトイレへと駆け込んだのだった……。

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