第23話 浴室でハプニングが起こらないわけがない。
「ん……そろそろいいかな。じゃあ次まえ向いて」
「ま、前はいいって言ったろ!約束と違うじゃねぇか」
彼女の言葉を聞いて咄嗟に下半身を隠し、前身を見られないように前かがみになる。しかし冬華の興味は尽きないようで、前に回り込んで上体を起こそうとしてきた。
「別にいいじゃんか。見られて困るようなものないでしょ」
「あるわっ!これ以上は兄としての威厳に関わる!」
「妹の事女として見てた癖に、いつまで兄貴ヅラしてんの?そーいうのいいから、はやく腕どけてよ」
冬華は俺の両腕を掴み、無理やり引き剥がそうとしてきた。俺は必死に抵抗するも、入院生活で低下しきった筋力ではとても敵わずに腕を持ち上げられてしまった……。
「ひぃっ……!?」
顕になった元気の有り余る下半身を見てか、冬華は聞いた事のない悲鳴を上げた。俺は恥ずかしさのあまり、前傾姿勢に戻ってその場で縮こまる。
「だ、だから見るなって言っただろ……。てか、そんなに怯えられると流石にショックなんだが……」
「……お、怯えてなんかないしっ。子供の頃に見たやつと全然違ったから、驚いただけっていうか……」
冬華はもごもごと口を吃らせつつも、何事も無かったかのように今度は俺の腕を洗い始めた。だがその手つきは微かに震えており、明らかに様子がおかしい。
「冬華、大丈夫か?あんま無理すんなよ、元から頼んでねーけど……」
「このくらい全然余裕だもん……。お兄相手なら平気だから、黙ってじっとしててよね」
冬華は強がりつつも、丁寧に俺の腕から肩にかけてを洗っていく。その間も彼女は無言で、代わりに切迫した心音だけが聞こえてくる。それはやはり何かに怯えているような、そんな雰囲気を感じた。
「なあ、やっぱ変だぞ。どうかしたのか?」
「どうもしてないし。ただ、やっぱ体とかゴツゴツしてるっていうか……お兄も男なんだなーって思っただけで……」
「……もしかして、男の体が怖いのか?」
「っ……」
その言葉は核心をついたようで、冬華は図星をつかれたかのように息を詰まらせた。暴漢に襲われた時に出来た外傷は治癒できても、心の傷までは治せるものじゃない。強がってはいるが、まだ幼い彼女にとってあの経験は"男"に対するトラウマを植え付けるには十分すぎたのだろう。
「なあ冬華。やっぱり少し俺とは距離を置いた方がいいんじゃないか。介助してくれる気持ちは嬉しいけど、お前の心の方が心配だ」
「こ、これはお兄の為じゃなくて、あたしのリハビリの為だもん!確かに男はまだ怖いし、学校とかも無理だけど……。お兄は、他の男とは違うから……」
冬華はそう言いながら、俺の腕を洗い続ける。その手つきは先程よりも弱々しく、震えていた。最近学校に行けてないのも、この調子だと仕方がないように思える。
「そっか……。すまん、俺がもっと頼りがいのあるお兄ちゃんだったら、お前に辛い思いをさせずに済んだのにな」
「ううん。あれはお兄のせいじゃないし、もう十分助けられてるから。謝らないでいい」
「ああ。でも自分だけで解決しようとすんなよ?カウンセリングにも通うべきだと思うし、それが怖いなら俺も一緒に付き添うからさ」
「うん……ありがと。それも考えてみる」
冬華は俺の腕をさするように撫でながら、潤んだ声色で応えてくれた。目隠しをされたままなので表情こそ読み取れなかったが、どことなく安堵しているようにも感じられたのだった。
「じゃ、今度こそ前洗うから。大人しく背筋伸ばして」
「なんでそうなるんだよ……」
「あたしのリハビリに付き合ってくれるんでしょ?じゃあ、大人しく協力してよね」
「はあ……。じゃあせめて下半身だけ隠させてくれ。バスタオル持ってないか?」
「仕方ないなぁ。ほら、これ使ってよ」
冬華から差し出されたバスタオルを受け取り、俺は腰に巻いて下半身を隠した。冬華の男性恐怖症を克服するための手伝いだと自身に言い聞かせ、背筋を伸ばして前を洗ってもらうことにした。
「わ、こっちもすご……。じゃあ、洗うから……」
彼女が恐る恐る胸板に手を伸ばしたところで、大きな足音と共に浴室の扉が勢いよく開いた音がした。
「っ……!?ちょ、冬華!なにしてるんですかっ!」
「あ、お姉。おかえり、早かったね」
「早かったね、じゃないですっ!2人とも裸で、こんなとこで何してるんですかっ……!?」
息を切らしながら怒った様子を見せる玲華を宥めようと、俺は慌てて弁明をしようとする。
「ちょ、落ち着けって!これには訳が……」
「お兄が一人で身体洗えないから、手伝ってあげてるだけだもん。ね?」
「いや、俺は頼んだ覚えないんだけど……」
「言い訳無用ですっ!兄さんが退院するからって早く帰ってきたのに、二人で隠れてこんなことしてたなんて……許せないです!かくなる上は、私も……」
「え、ちょ……。なに脱いでんの……?」
脱衣所から布が擦れる音がして、足音が近付いてくる。そして背中に柔らかい感触が伝わったかと思えば、耳元で玲華が囁いてきた。
「冬華だけ抜け駆けなんてずるいです。私も一緒に洗いますっ」
「ええ……。いや、マジで勘弁してくれって……」
「むぅ、冬華はよくて私は洗っちゃダメなんですか?そんなの不公平ですよ!」
「そ、そうかもだけどさあ……」
俺の抵抗も虚しく、玲華は背中に密着したまま胸を押し付けてきた。そして冬華はと言うと、今度は俺の足に泡をつけて手のひらで広げている始末だ……。
「お兄、動かないでよね。洗えないじゃんか」
「ふふ、私たちに任せてください!兄さんのこと、隅々まで綺麗にしてあげますからねっ」
「んなこと頼んでねーよ!?」
彼女たちとの押問答は続いたが、結局俺は抵抗するのを諦めて、されるがままに洗われることにした。もうどうにでもなれと諦めの境地に至りながら、二人の妹による奉仕に身を任せる。
「ふふ……兄さんの腹筋、硬くてすごいです……。えっへへ……」
「お姉、そこはさっき洗ったってば。洗うなら別のとこにしなよ」
「こ、ここは入念に洗わないとだめなんです!」
「はいはい、筋肉フェチな変態お姉ちゃんの好きにしたら?」
「うぅ、へんたいじゃないもんっ。冬華のいじわる……」
身体を洗いながら、二人は俺を挟んで会話をしている。俺はというと、視界を塞がれているためかより先鋭的に感じる二人の柔らかい手や肌の感触にどぎまぎしつつも、必死に耐えていた。
「ねえ冬華。兄さんの……えーっと、その……か、下腹部あたりは……まだ洗ってないですよね……?」
「当たり前じゃん……。まさか、そこも洗うつもりなの?」
「え、いや、そういうつもりじゃなくてっ!ただ、兄さんがどうしてもと言うなら、その……」
「そこは流石に自分で洗うからな!?」
「で、ですよね!あはは……」
「はぁ……。てかもう満足したろ。洗い流すのは自分でやるから、はやくここから出てってくれよ」
「えー、最後までさせてよ。シャワーで流すくらいいいじゃんか」
「だめだ、もう限界なんだよ。これ以上はもういいから早く戻れって」
「やだ。ここで終わるとか中途半端だもん。そーいうの気持ち悪いから、最後までさせてってば……」
俺と冬華はシャワーヘッドに手をかけると、浴室で奪い合いになった。目隠しをしている分こちらが不利なのは承知していたが、それでもこれ以上彼女たちに譲るわけにはいかなかった。
「ちょ、おにいってば……いいから離しなよっ」
「駄目だ、そもそも洗うのは背中だけって約束だっただろ」
「お兄だってすぐ約束破るじゃん。自分だけ棚に上げないでよね」
「ぐっ……。あのなぁ、いい加減に……」
「わわ、危ないですよっ。そんなに取り合っちゃ……ひゃわっ!?」
男の意地でシャワーヘッドを奪い取ったのもつかの間、俺は体勢を崩して背後に転倒してしまった。幸いなことに玲華が機転を利かせて尻もちをつきながら頭部を支えてくれたが、その衝撃で頭と腰に巻いていたバスタオルが外れてしまった……。
「だ、大丈夫ですか……?兄さん……って、ひゃあっ!?」
「きゃあっ!?ちょ、変なの見せんなっ……!てかこっち見んなばかぁ!!」
「うぐ……。す、すまん……」
俺は慌てて股間を手で隠しながら謝罪の言葉を口にするが、時すでに遅しだった。冬華は耳まで真っ赤にして俺のバスタオルを奪い取り、裸体を隠しながら顔を背けた。玲華に至っては胸を腕で隠しつつも、顔を覆った指の間から俺の股間へと視線を向けてくる……。
「おにいのばかっ!へんたいっ……!」
「あぅ……。兄さん、ごめんなさい!失礼しますっ……!」
二人はそう言い残して、浴室から逃げるように出て行った。一人取り残された俺は、まだ泡の残る身体をシャワーで洗い流しつつため息をつく。
「はぁ……。一体俺が何したってんだよ……」
濡れた髪をタオルで拭きながら、嵐が去った後のような静けさに包まれた浴室で俺はしばらく座り込んだのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます