第22話 背中で感じる微熱
目が覚めて1週間が経ったある日のこと。ようやく経過観察を終えて退院許可が出た俺は、松葉杖を片脇に抱えバスを乗り継ぎ我がアパートに帰ってきた。それにしても、1週間ほど戻らなかっただけなのにやけに懐かしく感じてしまう。俺は玄関のドアを開け、部屋の空気に触れて形式的な挨拶を済ませた。
「ふぅ。ただいまーっと」
「あ、おかえり」
「なんで居るんだよ冬華……。今日は平日だろ、学校はどうしたんだ?」
「ん……めんどくさいから行ってないだけ。それよりお兄、大丈夫だった?迎えに行っても良かったんだけど……」
リビングのドアを開けると、ソファに寝転んで優雅にくつろいでいた冬華と目が合った。心配をしてくれているのか、不安げに包帯の巻かれた俺の腕を見つめている。
そういえば3人のグループチャットで退院する旨を伝えた時、迎えに行きたいと二人から連絡があったが却下したのだった。
「俺の迎えよりも学校を優先してくれって言っただろ。もう普通に歩けるし、特に問題もないからさ」
「ふーん、じゃあそこまで心配しなくてもよさそうだね。なんかつまんないかも」
「なんだよその言い方……」
「ふふん。ま、あたしにも手伝って欲しいことがあったら言ってよ。スケベなお願いとかは無理だけど」
「はいはい。その気は無いから心配すんな。でも気つかってくれてありがとな」
「っ……」
何気なく冬華の頭を撫でようとすると、彼女は一瞬怯えたような顔をして俺の手をひらりと躱した。
「急に触ろうとすんなってばっ」
「あ、悪い……。頭撫でられるの嫌だったっけ」
「ん……。前髪乱れるからやめてって言ってるじゃん。そーいうので女子が喜ぶと思ってるなら、アニメの見過ぎだから」
冬華はぶっきらぼうにそう言うと、そっぽを向いて自室へと戻って行った。
「やべ、帰って早々怒らせちまったかな……」
俺は軽く頭を掻きつつ行いを反省した。冬華が不快に感じるのであれば、姉である玲華もまた頭を撫でられるのを嫌に感じていたかもしれない。
それにしても、冬華が一瞬だけ見せた怯えたような顔が気になる。それほどまでに嫌だったのだろうか……。
「……考えてもしょうがない。風呂でも入るか」
俺は淀んだ思考と疲れた体をリフレッシュするため、風呂場へと向かったのだった。
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「はぁー、やっぱ届かねぇな……」
浴室の椅子に座り、泡立てたボディータオルで身体を洗おうとするもうまく腕があがらない。入院中は汗ふきシートで清潔度を保っていたが、流石に限界を感じていた。もし風呂に入らず冬華に体臭を指摘されでもしたら、それこそ俺のメンタルが崩れかけない。
「でもやっぱ風呂はまだ無理そうだな。仕方ない、しばらくの辛抱だ」
そう独り言を呟き、立ち上がろうとしたその時だった。急に浴室の扉が開き、背後から声を掛けられる。
「お兄、なにしてんの?」
「なっ……!冬華!?」
「ちょっ、振り返んな!いいから目瞑ってあっちむいてて」
冬華に諭され、俺は反射的に背を向ける。すると彼女は浴室の中に入り、俺の頭部にバスタオルを巻いて強引に目を覆ってきた。
「……ん、これでよし。もう目開けてもいいよ」
「開けても何も見えないんだが……。てかなんでここに居るんだよ。俺がシャワー浴びてるの分かんなかったのか?」
「そんなわけないじゃん。お兄がちゃんと体洗えてるか心配だったから、背中を流しに来たってわけ」
「なっ……んなこと頼んでねーよ。体洗うくらい1人で出来るから、早く帰ってくれ」
「ふーん?さっきは『やっぱ風呂は無理かー』とか独り言呟いてた癖に、1人で体洗えるんだ?」
「うっ、聞いてたのかよ……」
さっきの独り言を聞かれていた恥ずかしさに、俺は背中を曲げて縮こまった。正直、手の届かない箇所があるため入浴の介助をしてくれるのは非常にありがたい申し出だ。それはありがたいのだが……家族とはいえ、やはり気恥ずかしさが拭えない。
「で、どうすんの?寒いから早く決めてよね」
「……分かったよ。じゃあ背中だけ頼む」
「ん、よろしい。あたしが責任もって洗ったげる」
「いや責任とかいいから……」
結局俺は冬華の押しに負けてしまい、背中だけ洗ってもらうことにした。融通が効くような相手ではないので、ここは俺が折れて満足して帰ってもらった方が都合がいい。
「じゃ、洗うから。じっとしてて」
ボトルのプッシュ音と、液体を泡立てる音が背後から聞こえてくる。そして数秒後、背中に柔らかい感触が伝わってきた。おそらく手で直接洗われているのだろう。掌から伝わる彼女の微熱に、不覚にも己の顔が熱くなるのを感じる……。
「ん……。お兄の背中、おっきいよね。洗うの意外と大変かも」
「手で洗ってりゃそうなるだろ……。てか、なんでわざわざ目隠しさせたんだよ」
「それはだって、お兄に裸見せるのは嫌だもん」
「は、はだか!?」
「うわ、反応きも……。お湯掛かるのに服着てるわけないじゃん。ばかなの?」
「そ、そうだよな。悪い……」
俺は冬華の何気ない一言に動揺してしまったが、確かに服を来たまま風呂に入るわけがない。だが改めて言われると意識してしまうものだ。背中越しに裸の冬華が居ることを……。俺は煩悩を振り払うように首を横に振り、無心で刺激に耐え続けた。
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