第2話 寝起きがスムーズなわけがない。
「わ、悪い!まさか入ってるとは思わなくて……」
「ばかっ!こっち見んな、へんたい!しねっ!」
冬華は大事な部分を手で隠したまま罵倒してくる。俺は急いで扉を閉めて脱衣所を出た。
「はあ、びっくりしたな……」
「ど、どうしました?兄さん」
「ああ、脱衣所で冬華に出くわしてな……」
「あちゃー、タイミング悪かったですね……」
玲華は苦笑いを浮かべて同情してくれた。だが、俺も先程のことを思い出して顔が熱くなる。
「で、その……見たんですか?」
「え?な、なんの話だよ……」
「ですから、その……冬華の裸です」
「み、見てない」
嘘である。だが、ここで正直に言ってしまうと冬華と同様に変態扱いされかねないだろう。
「そうですか?ならよかったです。安心しました」
「なんで玲華が安心してんだよ……」
「だってあの子、私にすら裸見せるの嫌がるんですよ?もし異性である兄さんに見られたら今頃どうなってたか……」
「そ、そうなのか。はは、あぶなかったな……」
俺は乾いた笑みで答える。まあ確かに、あんなに恥ずかしがり屋の冬華が姉にすら見せたくないものを、ましてや恋人でもない男に見られてしまったのだと思うと末恐ろしい。これはしばらく近づかない方がよさそうだ……。
「はあ、これで更に嫌われたかもな」
「そんな、わざとじゃなければ分かってもらえると思います。元はと言えば、私がランニングに行ってるかもなんて話したせいですし……」
「それは違うぞ。つい一人暮らしの癖でノックもせずに脱衣所を開けた俺が悪い。これからは3人で暮らすんだし、気を付けるよ」
いくら家族とはいえ、血の繋がってない他人なのだ。プライベートな空間は必要だし、女子であれば尚のこと配慮もしなければならない。
「そうですか……。でも、兄さんが気に病む必要はないですよっ。冬華との仲は私が取り持つので、安心して欲しいです」
「本当か?確かにそれは玲華にしかできない事だな。ありがとう、助かるよ」
玲華は本当に頼りになるなと思いながら、無意識に頭を撫でてしまった。すると彼女の顔がみるみる赤くなっていき、俺は慌てて手を引き離した。
「わ、悪い。昔を思い出しちまってだな……」
「……ううん。全然平気です。むしろ、兄さんに撫でられると安心するというか……嫌じゃないです」
彼女はモジモジしつつも、嬉しそうにはにかんでくれた。その柔らかそうな身体を抱き締めたくなる気持ちを必死に堪え、俺は咳払いをして目を逸らした。
「あのっ、どうかしましたか?」
「いいや何でもない。そうだ、冬華が風呂上がったら先に入ってくれ。今日は引越しで疲れたろ」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えますね。冬華には私が事情を説明しておくので、兄さんは気にせずいつも通り過ごしてくださいね」
「ああ、ありがとな。それじゃ部屋に戻るよ」
「はいっ。おやすみなさい」
俺はリビングを出て自室に戻った。そして、ベッドに寝転んで天井を見上げる。玲華はいつも通り過ごして欲しいと言ったが、流石にそれは厳しいだろう。少し前まで何とも思わなかった義妹達の事を少なからず意識してしまっている自分が嫌になる。
「くそ……あいつらが可愛いすぎるのがいけないんだ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いてから、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。そして、瞼がどんどん重たくなっていく感覚を捉えつつ、俺は眠りについたのだった。
「あのー、兄さん。朝ですよ、起きてください」
「ん……?」
誰かに揺すられて目が覚める。まだ眠いのに誰だと思いながらも、重い目蓋を開ける。そこには制服姿の玲華がいた。
「起きたんですね。おはようございます、兄さん」
「あ、ああ……玲華か……。って、なんでここにいるんだ!?」
「あっ、勝手に部屋に入ってしまってごめんなさい!目覚まし時計が鳴ったのに起きてこなかったので、心配でつい……。出過ぎた真似をしちゃいましたね」
「そうだったのか。なら礼を言うべきだったな。起こしてくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして。朝ご飯の用意も出来てるので、温かいうちに食べちゃってください」
玲華はそう言って、俺に微笑みかけてくれた。それにしても、朝起こしてくれてご飯まで作ってくれる可愛い妹とひとつ屋根の下で生活できるなんて夢のようだ。彼女の可愛らしいルックスから所作、一挙手一投足すべてに癒されてしまう。ああ、まだ都合の良い夢を見てると考えた方が辻褄が合う気さえしてきた。
「だよな……。これは夢なんだ……」
「ちょっ、兄さん?なんでまた寝るんですかっ!」
「はぁ……。どうせ夢なんだし、一緒に寝たっていいよな……」
「ふぇ!?ひ、引っ張らないでくださいよぅ……。あっ、ひゃう……!」
俺はベッドの中に玲華を半ば強引に引き摺り込み、抱き枕を扱うが如く抱きしめてやった。彼女の温もりや匂い、柔らかな肉体を感じるたびに、まるで現実かのような感触に興奮が高まっていくのを感じる……。
「兄さんっ、だめですっ……。こういうのは、その……もう少し段階を踏んでからぁ……」
「はぁ……柔らけぇ……。リアルみたいだ……」
「んひゃっ!?そこはっ……、もう、兄さんのばか!いい加減起きてくださいっ!」
玲華は声を荒げて、手の甲を思い切りつねってきた。鋭い痛さに俺は飛び起きる。そして、ようやくこれが現実のものだと理解したのだった。
「いててっ……。す、すまん!調子に乗った!本当にすみませんでした!!」
「はぁ、はぁ……。もう、びっくりしたじゃないですかぁ……。心臓が飛び出るかと思いました」
「ほ、本当にごめんな。完全に寝ぼけてた……」
「んぅ、わざとじゃないなら大目に見てあげますけど……」
玲華は頬を膨らませながら、恥ずかしげな表情を浮かべている。寝ぼけていたのでよく覚えていないが、よっぽどの事をしてしまったのだろう……。
「とにかく、朝ご飯は用意してますので食べてください。ベッドにいたら、また2度寝しちゃいますよ?」
「ああ、わかったよ」
俺は戒めの為に両手で頬を叩いて、リビングへと向かった。
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