第3話 余計なことを言うわけがない。
「ん……」
「お、おはよう冬華。昨日はよく眠れたか?」
「……」
「おいおい、無視かよ……」
リビングに入ると、パンをくわえた状態の冬華とすぐに目が合った。昨晩のことを気にしているのだろうか、俺の挨拶を無視してそっぽを向かれる。それにしても、制服姿の冬華はかなり目を引く。やはり美少女はなにを着てても可愛い。
「えーっと……、昨晩は本当にすまなかった。いつもの癖で確認もせずにドアを開けた俺が悪い。でもわざとじゃないんだ」
「……それはもうお姉から聞いたし」
「そうなのか……」
「事故なのは分かったけど、すぐ閉めずにあたしの身体じろじろ見てたのはなんでなの?」
「うっ、それはだな……」
冬華はジト目でこちらを見つめてくる。確かに、すぐに閉めなかったのは完全に俺の落ち度であり、言い逃れのしようもない。
「いや、その……あまりにも綺麗だったからさ……」
「はぁ……?なにそれ、きも……」
「ち、違うんだ!今のは間違いだ、本当は見惚れてたというか、ああいやこれも違くて……」
「もういいから。つまり、あたしのこと女として見てたって事なんでしょ」
「いや、それはちが……」
「取り繕わなくていいから、正直に話して」
「はい……。すみません、エロい目で見てました……」
否定しようとしたのだが、結局正直に答えてしまった。土下座をする俺を彼女は軽蔑するような視線を送ってくるが、それも仕方ないだろう。俺だって逆の立場なら気持ち悪いと思うに違いない。
「はあ……。義理とはいえ、妹のこと性的な目で見てるとかありえないんだけど」
「す、すまん……。でも、魔が差したのはあの時一瞬だけなんだ。今じゃ冬華のこと、間違っても女として見てないからさ。あはは……」
耳を掻きながらそう答えると、冬華は更にむっとした表情で睨みつけてきた。余計なことを言ってしまったと思ったのも束の間、彼女は立ち上がって俺の腹部をおもいっきり蹴り上げてきた。
「ごふっ……!ちょ、待っ……!」
「ほんっと最低!しねっ、このばか……!」
「あわわっ、冬華!?なにしてるんですかっ!?」
冬華の強烈なキックに悶絶する中、玲華が慌てて止めに入ってくれた。すると冬華は姉に制止されて次第に落ち着きを取り戻し、顔や脇腹に数発蹴りを入れたところで我に返った……。
「も、もうっ!喧嘩はダメです!やめてください!」
「お姉は黙ってて!全部こいつが悪いんだから!」
「ぐはっ、痛ってえな……。顔面は無しだろ……」
「大丈夫ですか兄さん!?きゅ、救急車呼びますかっ!?」
「いや、そこまではしなくていいぞ……」
玲華は本気で心配してくれているようだったが、俺はなんとか平静を保ちつつ立ち上がった。しかし、まだ痛みが残っているようで額や腹部をさすり続ける。
そんな俺を見てか、冬華は若干申し訳なさそうな顔を浮かべたが、朝食を食べ残したまま鞄を持って玄関に出ようとした。
「お、おい冬華、待ってくれ……。まだ謝りたいことがあるんだ……」
「……知らないし。もう話しかけてくんな。ばか」
冬華は吐き捨てるように言うと、勢いよく扉を開けて出ていってしまった。俺はどうすることも出来ずに立ち尽くしていると、玲華が隣に来て背中を優しく摩ってくれた。
「兄さん、本当に大丈夫ですか……?蹴られたとこ、隠さないでちゃんと見せてください」
「はは……。大したことないよ、心配すんなって」
「っ!?血、血が出てるじゃないですか!はやく止血しなきゃ、えっと……!」
どうやら額から出血してしまっているらしい。自分では程度がよく分からないが、彼女の慌てようからして軽めの切り傷ではないようだ。俺は膝枕をされながら横になり、その場で応急処置を受けた。
「ごめんなさい兄さん。私が仲を取り持つなんて言ったそばからこんなことに……」
「いや、元はと言えば俺が悪かったんだ。それに、こんなの大したことないから」
「んぅ……。兄さんはひとりで抱え過ぎです……。高校生になって都会で一人暮らしを始めた時だって、なんの相談もなかったじゃないですか」
玲華は少し涙目になっていた。今回のことを気に病んでいるのではなく、俺自身の心配をしてくれているのだろう。そんな彼女を安心させようと、膝枕の状態から起き上がって頭を優しく撫でてやった。
「確かに、一人で抱え込んでたかもな。あの時は玲華も小さかったとはいえ、相談もなくお別れして悪かったよ」
「まったくですよ……。私がどれだけ寂しい思いをしたか、分かってるんですかっ」
秘めた想いがあったのだろうか、彼女は泣きながら俺の胸へと飛び込み、感情をぶつけてきた。俺は冬華に約束を破ったことを謝ることばかり考えていたが、玲華にも同じ寂しさを与えていたのであればまず先に彼女に謝るべきだった。
「ごめんな。玲華にも寂しい思いさせちまって」
「……私だって、あの頃みたいに子供じゃないんです。相談もなしにひとりで抱え込むのは、もうしないでください」
「ああ、もうしないから。約束する」
「ぜったい、約束ですからね……?」
「そんなに釘を刺さなくても分かってるよ。頼りにしてるから、もう泣かないでくれよ」
そう言ってティッシュを差し出すと、彼女はそれを受け取って瞼を拭った。そして、玲華が泣き止むまで俺はそっと背中を擦り続けた……。
「あのー……玲華さん?そろそろ離れないと、ヤバいんじゃないかな……」
「んーっ……まだです。5年間も待ったんですから、もう少しだけこのままでいさせてください……」
「俺だって応えてあげたいのは山々なんだが、時間がだな……」
ふと時計を見ると、8時を過ぎてしまっていた。玲華の学校は徒歩で通える距離ではなく、電車のタイミングを1本でも逃せば遅刻しかねない。というのは建前で、そろそろ離れてくれなければ美少女に抱きつかれている俺の理性が保てそうになかった……。
「えっ、もうそんな時間ですかっ!?ど、どうしましょう……遅刻したことないのに……」
「玲華、電車の時間はもう間に合わなそうか?」
「はい……。いまから徒歩だと、もう間に合わないです」
「そっか。じゃあ学校まで車で送ってくよ。俺の手当てで遅刻させちまったワケだしな」
「ふぇ、そんな……。でも、兄さんも大学があるんじゃ……」
「俺のはどう頑張っても遅刻確定だからいいんだよ。ほら、お互いに頼り合うってさっき約束したろ?」
「うんっ……。では、お願いします!」
玲華は頬を少しだけ赤らめつつも、嬉しそうな表情を浮かべて車に乗り込んだのだった。
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