あの女・4

「ねェ慎さん、あたしにも大事な絵が有るのサ」


若紫は懐から一枚の紙を取り出して、旦那に見せる。


「これは……師匠が描いた俺の絵だ!」


そこには旦那にそッくりな絵姿が有った。

額の蝶々みたいな痣、弱腰だけど器量の悪くない顔。


「あぁ、矢張り旦那なんだねぇ。昔、東風とうふう先生が呉れた絵なんだ。でも、昔に描かれた絵姿と今の慎さんがそっくりなのは何でなんだい?」


「それは拾幾年か前に東風師匠が、俺の大人に成ったのを予想して描いた絵だからだ。ほんの戯れだったが、とても善く描けたと言っていたのだが、真逆まさか其方そなたの手にあるとは」


「はァ! ようやく合点がいったよ!」


全ての辻褄が合ったと言わんばかりに若紫が晴れやかな顔になる。

旦那はその顔を見て、目を細めた。


「善いな、その顔」


筆を走らせて描く。

只管ひたすらに全てを写し取ろうとする様に、幾枚も幾枚も描くうち時間はどんどん過ぎていった。


「いやぁ、善い絵が描けた心持ちがする。其方そなたには何か礼をしたい。昼間の事といい、絵の事といい」


何でも云ってくれと言うと、若紫はっと旦那を見てから耳元に顔を寄せて囁いた。


「ならば一晩、今夜だけ……抱いておくんなし」


「なっ……なななっ……!」


女郎屋に来て女抱くなぞ当たり前の事なのだが、この野暮天と来たら絵を描く事しか頭に無かったようで、大層狼狽えた。


「慎さん……後生だよ。今夜だけ、アンタの誠が欲しいんだ」


酷く切ない声で若紫が言うと、何か事情があると踏んだのか旦那も大人しくなる。


「俺はその……」


「善いの、あたしが全部してあげる。慎さんは身を任せて呉れれば其れだけで……」


す……と次の間の襖を開けて、若紫が旦那を連れて行く。

敷いてある布団が見えて、暫く後に睦み合う声が聴こえた。


猫だって寝子ねこだって、遣る事ァさして変わらない。

盛りが付けば同じさね。

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