1-4 聖女召喚 4

 ファベルと呼ばれたメイドに案内されて、二人は部屋に案内された。部屋は二つ用意されているようで、龍樹と小鳥のそれぞれに部屋を案内する。


「差し出がましいことではあるとは思いますが、それぞれ一部屋ずつ使っていただいても構いませんし、一部屋を二人で使用していただいても構いません。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。夕食時にはまたお呼びに上がります」


 ファベルは淡々と話しているが、その声は落ち着いているのに耳にすっと入ってくる声で彼女が自分たちに気を遣ってそう言ってくれているのがわかった。彼らはファベルに断って、一つの部屋を二人で使うことにした。部屋をそれぞれがのぞいた時に、明らかに一人で使える大きさを超えているのだ。現代の庶民である彼らはそんな大きな部屋に通されても、一人で過ごすには持て余してしまうだろう。口には出さないが、小鳥は一人でそんな部屋で過ごすというのはさみしいと感じたのだ。実際に、現代にいるとときもそこまで広くない部屋を二人で使っていた。一人で寝るのが寂しいという理由で彼の布団に入って寝たことも数多くあり、つい最近もそうやって眠っていた。


「私以外にも侍従はおりますので、何か御用があるときはご質問ください」


 彼女はそう言いながら、エプロンのポケットから小さなベルを取り出した。


「これを鳴らしていただければ、私が駆け付けますので、どうぞご利用ください」


 それを渡された二人はベルを軽く振るって、ベルを鳴らした。明らかに廊下には聞こえていないであろう音量だ。それを聞きつけて、彼女が来るというのはなかなか不可思議であった。だが、魔法がある世界でそんなことを気にしても仕方ないと、彼らはその疑問を頭から追い出した。彼女にお礼を言って、二人は部屋に入っていく。


 部屋の中は映像の中でしか見たことがないくらいに、高級そうな部屋だ。豪華絢爛ではなく、ブラウンで肌触りがよさそうなマットが床に敷かれていて、椅子や机もシックな見た目で赤や金ではなくてもそれがいいものだとわかる。キャビネットも似たような様相だ。


(こういうのが瀟洒な部屋っていうのかもしれないな)


 ベッドなども二人で寝ても全く狭さを感じないであろう広さをしている。さらに天蓋もついていて、瀟洒な見た目であるが、高そうなものだと、二人の目からもすぐにわかった。


「おにいちゃん。ベッドダイブしてもいい?」


「あー、いや、ダイブして壊したりしたら大変だぞ。たぶん」


 彼女は聞き分けよくそっかとだけ言って、ベッドから興味を失ったようだ。ダイブはしなかったが、彼女はベッドのへりに座り、息を吐きだした。今の今まで緊張していたのだろう。女子が相手でも彼女はあまり会話というのが好きではない。一人で本を読んでいる方が落ち着くのだ。唯一、気の置けない人が義兄というわけだ。そんな彼は、小鳥の隣に座り、彼女の頭に手を置いた。それを優しく前後させて、彼女の頭を撫でた。彼女は気持ちよさそうに目を細めている。


「あ、そういえば、私、聖女だってことだよね。何かできるのかな」


「さぁ、魔法はこの世界では普通に誰でも使えるみたいだし、なんでも治せるとかそういうんじゃないのか? 元の世界の話じゃそういう感じだったろ?」


「あー、でもなんか、特別な感じはしないよ。おにいちゃんみたいに魔法もパッと使えそうもないし……」


 少し気落ちした様子で彼女がうつむいた。どうやら、龍樹が思っている以上に彼女にストレスがかかっていたらしい。龍樹は彼女の体を抱きしめた。彼女はされるがままで、じっと目をつむっていた。


「大丈夫。俺が小鳥を傷つけさせない。誰にも、何にも。心配しなくていい」


「うん……」


 小鳥の気が少し晴れたのか、彼女の体を離すとニコリと笑っていた。それだけで、義兄とっては十分だった。




 それから、しばらく、適当に部屋の中を物色していた。部屋の中にもいくつか扉があり、そこを開けると、部屋にはシャワーやトイレも併設されているようで、ホテルのような作りになっているようだった。シャンプーやボディソープなどもそこにあり、それを使っていいということなのだろう。物色している最中に、この世界の言葉を勝手に元の世界の物に変換していることに気が付いた。この世界が日本語であるとは思えないのに、全ての文字が日本語で書かれていように見えるのだ。しかし、時々全く読めない文字が出てくるため、勝手に変換しているという解釈が一番正しいのだろう。つまりは、相手の話す言葉や書いた言葉はわかるが、自分たちの文字は全く読めないということだろう。書く前に話すだろうから、特に問題にはならないだろうが、それらの教えてもらった方がいいのかもしれない。特に、一部の意味の分からない文字があるのが気持ち悪い。龍樹は後で、王様にそれも頼もうと考えている間に夕食ができたとファベルが呼びに来ていた。

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