1-3  聖女召喚 3

 部屋に通された龍樹と小鳥は、王が手を差し出したソファへと座った。現代でいつも座っていたソファよりも数段柔らかく、いいものだとすぐにわかるほどに高級だと主張してくる。さらに、部屋の中に長いスカートの藍色と白いエプロンをつけたメイドが入ってきた。彼女はからからと台を押してきて、そこに乗っている茶器を使って、紅茶を淹れているようだった。それらを綺麗な動作でカップに注ぎ、テーブルの上に無音で置くと、メイドは一礼して、部屋を去っていた。最初にカップに口をつけたのは王様だ。彼は紅茶の中に毒が入っていないのを証明するために、先に紅茶に口をつけたのだが、龍樹も小鳥もそんなことはまず考えていない。用心深そうに見えるが、彼らはただの男子高校生と女子中学生だ。


「小鳥、熱いけど、飲めるか?」


 小鳥はカップとソーサーを彼から受け取り、液面に息を吹きかけて紅茶を冷ましている。龍樹はそんなことせずに、紅茶に口をつけた。


「お、上手い。さすがにメイドさんなだけあるってことか」


 彼が飲んだ紅茶にそんな感想をつけたせいか、まだ冷めていない紅茶に彼女は口をつけて、恐る恐る紅茶をすする。あまり行儀がいいとは言えないが、龍樹も王様も彼女を怒るどころか、微笑ましい様子で彼女を見ている。彼女が紅茶をすすると、あちっと呟いていたが、すぐに紅茶を啜り直していた。舌に熱が触れて慣れたのか、彼女はそのまま少しずつ紅茶を飲み進めて、カップから口を離すとほっとした様子で、おいしいと呟いた。そのまま彼女は自らテーブルに紅茶を置いて、彼に寄り添ったまま王様の方を見た。その視線は王の肩のあたりを見ているが、彼女はそもそも兄の顔以外は直視することはほとんどない。義父の顔でさえも視線を合わせることはないのだ。男性の考えていることが理解できなくて怖いというが一番の理由で、義兄だけが目を合わせられるのは、彼が義妹に対して世話を焼き続けてきたからだった。彼女にとっては、義兄だけが安心できる男性なのだ。それでも、彼女は話すときなどはできる限り、視線を上げようとはしていた。だが、やはり男性相手だと肩の辺りを見るのが精一杯だった。


「まずは、改めて、謝罪を。いきなり、この世界に連れてきてしまってすまなかった。先ほど言った通り、君たちは私が一生保護することを約束する。一応、我々が使っている日用品や家具などを揃えてはあるが、必要なものがあった時には遠慮なくいってほしい」


「オーケー、わかった。とりあえずは、世話になる。この世界の常識もわからないままじゃ、何もできないしな。しばらくは厄介になることにするよ。よろしく頼む」


「……ふむ。少し気になったんだが、君はなぜそこまで冷静でいられるんだ? 呼んだ方が訊くことではないとは思うのだが、もう少し興奮していたり、不安があったりするものではないのか?」


「ああ、それは簡単だ。俺がこんな状況を想定していたからだな。俺たち義兄妹がいた世界にはこういう異世界に召喚される話がいくつもある。俺も義妹もその物語を沢山読んでいたからな。それに俺はこうなるかもしれないと妄想していただけだ。まさか、現実になるとは思わなかったが。ただ、小鳥一人がこの世界に呼び出されなくてよかったとは思っているけど」


 王様には龍樹の言っていることは半分くらいしかわからなかった。異世界に召喚される物語が沢山あったとしても、物語が現実になるわけがないとは思っていなかったということなのだろうか。物語の世界が現実になる可能性を彼は考えていたことになる。そんな奇異な人物を呼んでしまったということになる。そして、あの召喚の儀式の際に見せた魔法。彼は召喚直後で魔法を使っていたことになる。改めて、彼を敵にしないことを決意した。


「ああ、そうだ。王様、この世界には魔法があるよな。それの使い方を教えてほしいんだが、可能か?」


「ああ、そうだな。この国には欠かせないものだから、すぐに教師を手配するよ」


「ありがとう。本当にしばらくは迷惑をかけることになるが、小鳥ともども、よろしく頼む」


 彼がソファに座りながらでも、膝に手をついて、深々と頭を下げた。小鳥もそれを見て、彼の真似をするように深々と頭を下げて、よろしくお願いしますと言っていた。


「ああ、こちらこそ、よろしくお願い申し上げるよ。今日は容易した部屋で休んでほしい。今から、侍従に案内させよう」


 彼がメイドを呼ぶと、すぐに部屋の中に先ほどと同じ人が入ってきた。彼女は手を前で重ねて、しずしずと礼をした。


「彼らの案内を頼む。私は愚息に説教をしてこようか。ファベル、君なら心配はないとは思うが、くれぐれも失礼のないようにな」


「はい」


 彼女は淡々と返事をすると、二人の前に立ち、手を前に出して、こちらですといった。

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