1-2 聖女召喚 2

 逃げ出せる状況ではないが、諦めた様子はなく、その男子はこの場所から逃げるための算段を立てていた。


 格式高いマントを男が彼にゆっくりと近づいていく。男子の前で彼は止まり、片膝をついて、彼と目線を合わせた。


「私の愚息が、不躾ですまなかった。いきなり、この場所に呼び出してしまったことも重ねて、お詫び申し上げる。だが、私は君たちの力を借りたかったのだ」


 彼は男の態度に戸惑っているが、油断はしていない。彼は男に攻撃されれば、すぐにでも反撃するような殺気を放っていた。


「私は、この国、フィアキンフォグの現王。サンティアン・オルテンベルグだ。君たちをここに呼んだ責任は私にある。恨むなら私を恨んでほしい。そして、ずっときみ立を保護させてもらいたいのだが、いいだろうか」


 王様と聞いて、男の瞳が大きく見開かれた。


「わかった」


 男子は王のいうことに頷いて、ゆっくりと立ち上がる。王もそれに合わせて立ち上がった。


「聖女って言っていたな。そこの男が。つまりは、俺はオマケで義妹が聖女ってわけだな」


 今度は王が目を大きく開く番だった。たった一瞬のことであるはずなのに、愚息の言葉を聞き逃していなかったのだ。通常、聖女の召喚の儀式を行って召喚された人たちは、一人でないことの方が多い。そして、一人でなくとも、戸惑いと恐怖で周りを認識できるはずなどないのだ。そして、そのせいで、召喚したときの王の言いなりになることがほとんどだ。王はもし今回もそうだとしても、召喚された人たちにはこの国の現状を公平に見てもらい、力を貸すかどうするかは彼らにゆだねようと考えていた。だが、そうする必要はもしかしたらないのかもしれない。


「そうか、王宮内ってことか。だから、こんな豪華なんだな。……小鳥、大丈夫?」


 その男子は聖女を小鳥と呼んで、彼女に手を差し伸べた。先ほどまでの敵意と殺意を向けていた人とは同一人物には見えないくらいに優しい声色で、彼女を立たせた。小鳥と呼ばれた少女は立った後にすぐに男子にしがみつくようにして、彼の体を縦にして、王様をチラ見していた。男子はそんな彼女の頭に手を置いて、優しく撫でた。


「不躾ですまないが、名前を教えてもらえないだろうか。これから君たちをどう呼んだらいいだろう?」


「俺は月村つきむら龍樹たつき。この子は小鳥ことり。俺とこの子は義兄妹きょうだいだ。いきなり、小鳥に手を出そうとしたときは焦ったが、王様は悪い人じゃなさそうだな」


 龍樹の言葉には嫌味が入っていた。その言葉に王は笑っていた。


「本当にすまないね。普段はあんな失礼なことはしないはずなんだが、聖女を呼ぶことを知ってから、張り切ってしまっていてね。本当、すまなかった」


 王様は龍樹にだけでなく、小鳥にも頭を下げた。龍樹は嫌味を言ったことが、少し恥ずかしく、ばつが悪くなったため、口を閉じた。


 それから、王宮の廊下を歩く。龍樹が突き飛ばした人は王子で、名前をベルシャインというらしい。龍樹の知っている英単語でいえば、キラキラしているベルを想像してしまうが、おそらく、そういう意味ではないだろう。しかし、あの男に興味があるわけではないので、彼は王子についての話は特に掘り下げなかった。少なくとも、表面上は王様は友好的で、この世界の右も左もわからないうちは利用してやろうと考えていた。そして、彼は相手が自分たちを利用しようとしていると考えている。そもそも、聖女召喚なんてことをやったのだから、利用しようと思っていない方がおかしいのだ。


 王宮の中の一室に二人は通された。その間、しゃべっているのは男二人で、小鳥は会話に参加することなく、あたりを見回していた。


 王様は改めて、二人を見た。この世界の人とは全く違う格好をしている。


 龍樹は明るい茶髪で切れ長の目をしている。その瞳は髪と同じ色で、鼻が高く、先ほどの王子に引けを取らないイケメンだ。見た目は細く、筋肉がないように見えるが、先ほどの王子を吹っ飛ばした後に見せた動きには、何らかの訓練や運動をしているとわかるものだった。身長はドアより二回りほど低いが、聖女の召喚と共に現れた男性たちと比べても背の高い方だろう。この世界に来て、一瞬で魔法を使っていたこともあり、味方になるなら心強い。


 小鳥と呼ばれている少女は、黒髪を後ろで二つに結んでいるツインテール。王からはあまり見えていないが、前髪が目の上のあたりで綺麗に切りそろえられている。黒い瞳は大きいが、その目は半分閉じていて、どことなく眠そうな雰囲気を漂わせている。鼻や口、顔が全体的に丸くて小さいため、かなりの子供に見えるが、聖女の召喚で呼び出す条件の中には十二歳以上の女性という条件がある以上、彼女は十二歳より上なのだろう。聖女の召喚で呼び出した女性は実年齢よりも見た目が若いことの方が多い。彼女の体は義兄に比べて、かなり細い。体つきも子供のようだ。義兄の背丈と比べると、より小さく見えるが、テーブルを二つ重ねた高さよりは高い。


 二人は似たような恰好をしていて、紺色のベストに白いシャツ。龍樹はスラックスで、小鳥はスカートを履いている。その柄はどちらも薄い緑のチェック柄。他に違うのは首元にしているのがネクタイか、リボンかの違いくらいだろう。

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