聖女

・聖女アルフィーナ

「今晩の付き添いは、私です」

リカルド様に病人食を召し上がって頂いたあと、そう告げた。

「ミーアは?」

「ミーアは丸三日もリカルド様の看護をしていました。休ませてあげてください」

リカルド様は戸惑っています。

「いや、もう大丈夫だ。足の傷は大したことない。それにフィーナも疲れてるだろう。一人で大丈夫だ」

往生際が悪い。


「でしたら私もここで休ませてもらいます。毛布は持ってきました。問題ありません」

リカルド様は”うだうだ”言っていたが、押し切った。



月が出た。リカルド様をベッドに寝かせ、わたしも毛布に包まった。


「リカルド様。聞いていただけませんでしょうか?」

「・・・そうだな。色々あったな。聞かせてくれ」

「私、考えてしまったのです。あの戦場のことを。私が救護に向かったとき、伝令があったのです」

「伝令?」

「はい。着飾った兵でした。嫌な感じがしました」

「それで?」

「伝令は、第二王子様が負傷されたので、すぐに救護に向かえと!」

「!」

「私は、ここにいた傷ついた兵士たちを見捨てることが、できませんでした。ですので、嫌だといいました」

リカルド様は黙って聞いている。

「伝令は言いました。『お前の仕事は貴族の治癒である』と。私は思わず『”神はすべての人に平等である”といいます。治させたいなら、連れてきなさい』と言ってしまいました」

「!」

「正しいことを言った。そして皆を守った。そう思っていました。でも違ったのです。」

「どう違った?」

「伝令が、もし、”あなた様が負傷したら”と言ってきたとしたら・・・」

私は話しながら、泣いてしまいました。

「リカルド様には、私の治癒の力が届きません。兵士たちを見捨てたって、きっと、あなたに何もできませんでした。だけど。だけど・・・」

「・・・」

「そして、怪我をしたといったのが、メイティール様だったら。私そのとき如何しただろうと。考え出すと、恐ろしくてたまりません」

リカルド様は黙って聞いてくださっています。

「私は、罪深い人です。神の言葉を使い、私がしたいことをした。ただそれだけでした」

私はもう、顔を上げていられず、膝を抱えてうずくまり、泣くことしか、できなくなりました。




・リカルド

アルフィーナが泣いている。第二王子の治癒は後回し。そんなことを言ってしまったのか。

この子は、その危険性を分かっていない。俺が倒れてもう何日も経つ。人の口は止められまい。


「アルフィーナ。友人と兵士、平等に扱わなければならないと思っているのか?」

「わかりません。どうしたら良いのか?」


アルフィーナ。

小さな美しい聖女。神の言葉を信じ、正しくあろうとする。

清く、正しく、・・・そして愚かな女・・・


「アルフィーナ。もう少し想像してほしい。怪我をしたのが、君の子供だったら?」

なぜだ。俺は怒りを覚えている。俺は自分を抑え、できるだけ優しい声をだして聞いた。

「私の子供?」

「そうだ。君の子供だ。君の助けなくては生きていけない、君の護りだけを必要とし、弱々しい君の子供」

「行きます!助けに行きます!なにを置いても助けに行きます!」

「そうだ。それが正しい。わかったか?」

「はい。わかりました」

「人には優先があってよい。皆に平等でなくとも仕方がない」

「・・・」

「極限の中。どんな判断をしても誰も責められぬ。私と皆を比べたとして、皆を選んでも責めたりしない」

「自らの責務を優先するのも立派なことだ。親しい人を先に救っても構わない。その場にいなかった人が、一体、何を言わんや」

アルフィーナは涙でぬれた、そのままの顔で、でも強い意志を持った目で俺を見た。

「辛かったな。アルフィーナ」

「はい・・・」

俺は、アルフィーナの頭を撫でた。アルフィーナは顔を伏せ、小さく泣いている。


・・・


アルフィーナは膝を抱えたまま、寝てしまった。これまで、たくさんあって疲れたのだ。

毛布をかけて、アルフィーナのことを考える。


俺は、こんなことでは悩まない。

正しくあろうとする?

清くあろうとする?

教会の説法に頭を悩まして、自分を責める?

馬鹿な奴だ。


虚空を見上げる。


こいつの”正しさ”は人を傷つける。


そうだ。飢えて泥棒をしてしまう孤児に、”盗みはダメですよ”というような。

親に愛されなかった子供に向かって、先祖を敬えとか、親孝行しろだとか、親を恨んではいけないだとか、いつか分かり合えるだとか。

そんな教えを守ろうとする。


神に愛され、皆に愛され、悪意にさらされたことがない”幸せ”な奴。

そうだ。悪意にさらされてみろ。


美しければ汚して、清ければ穢して、そうして神を恨むようにしてやろう。

泣き叫ぶ聖女を犯しつくし、その胸に消えぬ歯型をつけてやろう。

そうすれば神のことなど考えまい。俺のことしか考えられぬ。

白い聖女の柔肌を想像し、アルフィーナを見た。


月明りに照らされて、小さな少女が涙を流しながら眠っている。

「!」

そうだ。こいつは地獄を見てきたのだ。

血だまりの中、辛い決断をしながら戦った。

そして、多くの人を救った。


俺は?

俺は人に爆弾を投げつけた。

多くの人を殺した。

俺が、俺があの地獄を作ったのだ・・・


・・・


生贄の”聖女”が今ここに捧げられている。

それにも関わらず、”俺”は手出しできなかった。






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