続・学校に職場の上司がいる日常2
「どうだった?」
俺が最後の一文字まで目を通したタイミングで、倉持さんは感想をねだってきた。
「おもしろいけど、いつもとテイストが違うな」
物語の序盤で事件が発生して、主人公とそのバディーは謎を追っていくことになるのだが、情報が集まってきていざ事件解決というタイミングでプツリと文字が切れてしまっている。
「そう今回は趣向を変えて推理小説を書いてみたんだ。今渡したのはその解決編までのお話だよ」
「解決編はもう書いてあるのか?」
「頭の中に構想はあるけど、まだ文字には書き起こしてないかな」
最近セイラさんのもとで探偵の真似事のような仕事をやっていたため、謎を解き明かしてみたいという欲が俺の中で湧いてきた。
「推理に必要な情報は全て出ているのか?」
「いちおう書いたつもりだよ。ただ経験が浅くてクオリティーは低いかもしれないけど」
内容を思い返してよく考える。
一見無関係に思える情報をひとまとめにして、そこに突き刺せるような一本の鍵を総当りで探っていく。
時間の流れすら意識しなくなった頃、理屈のある回答が思い浮かんだ。
「もしかして犯人は――」
「すごいよ。本当に分かるとは思わなかった」
考えたことを伝えると、倉持さんから手放しで称賛された。
「いや、倉持さんの物語の組み立て方がよかったから推理できたんだ。すごいのはそっちの方だ」
うまい具合に誘導されていたと思う。最後の最後でそれがミスリードであると気づくことができ、結果的に真相に至ることができた。
「やっぱり黒崎くんは才能があると思うよ。せっかく文芸部にいるんだし、短くてもいいから一つ話を考えみない?」
「思い浮かんだら、書いてみてもいいかもな」
あいにく、俺は何かを生み出すことは苦手であると、小学生の内から実感している。作品が完成する可能性は限りなく低いだろう。
と、そこまで考えた俺の頭に先ほどの出来事が浮かんできた。
「ちょっといいか」
「ん? もう書く気になったの?」
「当たらずも雖も遠からずだ。実はさっきとある事件があったんだ」
いずれこの話は学校中に広まっていくはずだ。
彼女がやたらめったら言いふらすとも思えない。
俺はセイラさんが俺たちに告げた事件について、判明している限りのことを伝えた。
◯
「ふ~ん。そんな面白そうなことがあったんだ」
案の定、倉持さんは俺が話したことに興味を示した。
そこに慌てて付け足してくる。
「別に面白いって、嘲笑っているわけじゃないからねっ。ただ純粋に出来事の内容が興味深いっていう意味だから!!」
当然俺は理解している。そして揚げ足をとるような人物はここにはいない。そもそもこの場所には俺と彼女しかいない。
「誰かと考えることで解決に繋がればいいと思ったんだけど、どうだ? 思いついたことはないか?」
倉持さんはシンキングタイムを設けたあと、ぽつりと語りだした。
「小説的に考えてみると5W1Hをはっきりさせるのが一番だね」
指を折りながら言葉を続ける。
「まず『いつ』『どこで』『だれが』『なにを』『なぜ』『どのように』この中で確かなことは2つだけあるね」
「『どこで』の俺の教室と、『なにを』のデザイン案だな」
倉持さんは首を縦に振った。
「『いつ』については今週の水曜日であるとは分かっているけど、具体的にどの時間帯になくなったかははっきりしていない、でいいんだよね」
「ああ。少なくともセ、いや教育実習生の先生はそれしか言わなかった」
「せ……? まあいいや。次に『だれが』はこの場においては盗んだ人物がいると仮定して話すことにするよ。そうじゃないと進まないからね」
何か特別な事情があって手中に収めたのだとしても、対外的にみたらそれは盗んだのと変わりがない。
また、仮に画鋲で固定されていた紙が人為的要因以外で外れたとしても、それが勝手に消えたとは考えづらい。悪意の有無に関せず、別の場所に移動させた人物がいるとみて間違いないだろう。
「『どのようには』後で考えて、私は最初に『だれが』と『なぜ』を一緒に考えたようがいいと思うんだ」
「どうしてだ?」
「なぜデザイン案を盗んだのか、いわばそれは『動機』に繋がるからね。動機が見えてくれば自然と犯人像も浮かんでくる」
犯行と動機は密に繋がっている。動機がなければ犯行は起きないし、犯行が起こったのならそこには動機があるはずだ。
「愉快犯の可能性は考えられないか?」
「だとしたら、犯人ひいてはデザイン案のありかを判明するのは無理だろうね。あまりに情報が少なすぎるもん」
現状、物的証拠と呼べるものは何一つ残っていない。
ある程度の可能性は除外する必要がある。
「ようは推理ゲームってことだな」
倉持さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「えっ!? それ黒崎くんが言っちゃうの!? まあ私もワクワクしてきたから人のこと言えないんだけど」
「俺たちは警察でも探偵でもなんでもないんだ。完璧に言い当てる必要もない。いくら俺たちが真面目に考えたところで、本職の人たちからしたらそれこそお遊びのようなものだろう」
最終的にはセイラさんが何とかしてくれる。
ゆえに俺は事態を深刻に捉えていなかった。
無論、彼女に指示されたことは雇われとしてしっかりこなすつもりだ。
「それもそうだね。じゃあ動機を考えよっか。思いつくことはある?」
俺はホームルーム中のクラスメイトの発言を思い出した。
「俺たちのクラスにはとても絵の上手い生徒がいて、体育祭のデザイン賞が確実視されていたんだ。こうしてデザイン案が紛失した以上、新たに設計したとしてもクオリティーの低下は避けられない。相対的な評価が上がると考えたら、他クラスの生徒なら一応メリットがあることになるな」
「しかもその制作者が欠席しているんだよね。狙ったのか偶然なのかは分からないけど、とにかく運が悪かったとしか言いようがないよ」
「もともと体が弱かったらしく休みがちだったから、利用されたと考えた方がいいだろうな」
欠席まで仕組まれたものだったとしたら、超常的な能力を疑った方がまだ現実みがある。
「私も一つ思いついたんだけどいいかな?」
上目遣いで聞いてきたので、相槌を打つ。
「クラスメイトによる犯行の可能性もあると思ったんだ。最初の制作者が欠席しているなら、ひとまず代役を立てる必要があるよね。本当は密かにデザイン制作を狙っていたけどとても立候補できるような空気じゃなくて、デザイン案がなくなってしまえば自分に話が回ってくると考えたんじゃないかな」
ホームルーム中に代役を求めるような声が上がっていた。しかし、手を上げれば英雄になれるような場面でもそのような人物は現れなかった。結局、横澤さんが無理をしてクラスメイトをまとめ上げることになった。
俺はそのことは倉持さんに伝えた。
「そっかー。やっぱり他のクラスの人がやっと考えるのが自然かー」
倉持さんは腕を組みながら唸る。
「だとしたら犯人を当てるのは難しいね。とりあえず『だれが』は他クラスの生徒であるとして、『どのように』を考えよう。それによって犯人の候補が絞られるかもしれないし」
「『いつ』も合わせた方が推測しやすいんじゃないか?」
「たしかに! アリバイを考えるときに犯行時刻を絞るのはとても大事だよ」
水曜の朝から放課後までのどこかで盗まれたのは分かっているのだが、現状では範囲が広すぎる。
「せめて何限から何限までの間かまで分かればいいんだけど……黒崎くん覚えてない?」
水曜日はどうだったと聞かれても寝ていた記憶しかない。
かろうじて、授業に遅れそうだったところをあさひに起こされた記憶は残っているが。
……あさひか。彼女にはまだ話を聞いていない。
「クラスメイトに聞いてみるか」
「本当? 覚えてくれてたら嬉しいね」
一覧表からあさひとのトーク欄を選択して、デザイン案を最後に見たのは何時かと送る。
すぐに既読がついて、少し待つと返信がきた。
『もしかして調べてくれてるんですか? 情報提供というなら当然協力します。わたしの覚えている限りでは、昼休みまではあったと思います。ですがすいません、翌日なくなっていたことは気づいていたんですけど、まさか紛失していたとは思ってもみませんでした。直接手助けはできないのですが、どうか頑張ってください! 璃子ちゃんのためにも』
あさひは友人が責任を負わされるのを恐れているのだろう。そんな一文を最後に添えてきた。
「というか、黒崎くんクラスメイトに友達いたんだね。いつの間に!?」
「あーバイト先が同じ人がいたんだ」
友達が少ないのは事実だが、そこまで驚くことだろうか。
「へ、へぇ~。その人とは仲いいの?」
「クラスメイトだと気づいたのがついこの前で、あまり学校で話したことはないな」
「そっか。なら……」
「何か言ったか?」
「ううん。なんでもないよ」
倉持さんは体の前で両手を振った。
「えっと、昼休みまではあったんだよね。ということは5限から7限の間に犯行が起こったっていうことでいいよね」
「そういうことになるな」
結果的あさひに聞いたのは正解だった。
これで犯行時刻がだいぶ絞られる。
「5限から7限の授業は何があったの?」
「数学と国語、あと体育だな。順番通りだ」
数学と国語は自教室で受ける授業だ。
となると、候補はあと一つしかない。
「やっぱり体育の時間が怪しいね。授業中にやるのは無謀だし、休み時間でも怪しまれる。体育で教室を空けたタイミングで犯行に及んだと考えるのが自然だよ」
「お手洗いに行くとでも言えば教室を抜け出すのは容易いか」
あとは誰もいない教室に忍び込んで、デザイン案を手に入れたら懐にしまい込んでしまえばいい。
「これまでの話を総括すると、水曜日の7限に、体育の授業で無人になっている教室へ忍び込んだ生徒が、Tシャツのデザイン案を、体育祭における連合の評価を下げるために、盗んで使えなくした。こんなところかな」
続けて、倉持さんは言いにくそうに口を開いた。
「私気づいちゃったんだけど。今の推測が正しいとしたら、デザイン案を取り戻すのは難しいかもね。犯人からしたらわざわざ処分しないでおく理由がないもん」
「良心の呵責に苛まれて、捨てずに保管してあることを期待するぐらいか」
俺たちの推理ゲームは、なんとも暗い結末を迎えてしまったようだ。
「まあ、全部ただの推理だからね。明日にはひょこっと見つかったりするよ」
落ち込んだ空気を弾き飛ばすように、倉持さんは明るい可能性を口にする。
「こんなところで、何をしているのかしら」
突如として、俺ものでも倉持さんのものでもない、第三者の声が響いた。
この世のものではないものを見てしまったかのような表情で、倉持さんは俺の後方に目が釘付けになっている。
おそるおそる振り向くと、目を細めたセイラさんが腕を組んで立っていた。
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