学校に職場の上司がいる日常3
激甘ドリンクを堪能する古賀さんを横目に、俺は入店時から行っていたことを継続していた。
俺たちの入店以降にやってきた学生の観察である。
犯人の候補をここで絞ろうと画策していたのだが、失敗だったと思い始めている。
「なんでこうも若い人が多いんだ?」
思ったよりも入ってくる高校生の数が大く、早くも脳のメモリの限界がきている。
また学生は誰も彼もが複数人で訪れていた。ストーカーを複数人で行っているとは考えづらく、これといった人物はやってこない。犯人もそれを警戒して、外で待機しているのかもしれない。
「ん~わたしの場合はやっぱりみんなが行くからですかね」
友達付き合いでふらっと訪れるには最適な場所らしい。
「もう一つ聞いてもいいか?」
「いいですよ」
声を潜めて話す。
「なんか結構見られてないか?」
これがもう一つ失敗だったと感じている理由だ。
そのせいで入り口の監視しておくことすらままならない。
「こホッ」
むせた。古賀さんは口を抑えて、顔を赤くさせる。
「大丈夫か?」
「だい、じょうぶ」
ややあって、喉を落ち着かせた古賀さんは先ほどの言葉を意識してか、ボリュームを下げて言った。
「注目されるのは仕方ない部分がありますが、少しは遠慮して欲しいですよね。きっと彼らは自分が見られる側になったときのことは微塵も想像してないんですよ」
仕方ない部分があると彼女は言うが、この場には俺たち意外にも男女のペアは複数ある。注目を浴びる原因は彼女の方に大きくあるように思えてならない。
ん? 今重要なワードが出てこなかったか?
――きっと彼らは自分が見られる側になったときのことは微塵も想像していないんですよ
これだ。
セイラさんが問題なく参加できた場合、第三者の目線を得ることができた。今も俺たちを見ているであろう犯人を、その更に外側から眺めることがこの作戦の優位点だった。
それだけじゃない。何のために俺が囮役をやっているのか。それは対象の分散だ。
今俺が陥っている状況と同じだ。見なければいけないものが増えるにつれて、より多くの集中力を要し、ミスへと繋がる。
今さら第三者を用意することはできない。
ならば俺という監視対象が増えたことを利用してなにかできることがないか?
「……黒崎さん?」
「ひとつ案を思いついた。飲み終わったら外にでて、歩きながら話すぞ」
それから俺はフェイクの雑談を交えながら、思いついた作戦を彼女に伝えた。
いくつかの決め事を共有し、いよいよ実行に移すことにする。
商業施設内に入った俺は足を止めて言った。
「お手洗いに行ってくるからここで待っててくれないか?」
これは聞こえても構わない、むしろ聞いていてくれた方が都合がいいため、不自然ではない程度に声を張る。
「うん分かった。ここで待っているね」
古賀さんと別れ、横の通路を進み――俺は男子トイレの入り口をスルーした。
ここからはスピードが肝心だ。
俺は早足で移動を開始した。
〇
「くそっ。何で俺がやつ手下みないなことを……」
壁に背中を預けて一人の男子高校生は愚痴を吐いた。
仲間内の賭けに負けたのが事の発端だった。罰ゲームとして彼のグループのリーダー格にこう告げられたのだ。
『古賀あさひの情報を仕入れてこい。手段は問わない。あの娘天然そうに見えてカードが固くてさぁ。何かひとつ弱みでも掴めればいけるタイプだと思うんだよな』
「しかもあいつ彼女いるくせに、懲りねえのかよ」
スマホを弄って、もう一人が戻ってくるのを待っている美少女。
彼は横目で彼女の様子を盗み見る。
彼の認識によれば、リーダー格の現在の彼女は目の前の少女の友達のはずだ。最低なことしやがると、彼は心の中で唾棄する。
「まあ、案外楽しいもんだがなこれ」
最初こそ罰ゲームへの不満で一回で切り上げてやろうと息巻いていたが、いざ実際にやってみるといつの間にか夢中になってしまっていた。
そもそも女としての素材は最高級にいい。
不意に見れる無防備な仕草がたまらなく彼の精神を刺激する。
何度が危ない場面があったが、急激に進歩した尾行技術で切り抜けてきた。今の彼には尾行対象が親しい人物でなければ絶対に悟らせない自信があった。
そんな調子で罰ゲームをすっかり楽しんでいた彼だったが、今日新たな出来事が発覚した。
古賀あさひに男ができていたという疑惑だ。
まだリーダー格には伝えていないが、大きな成果が得られるか、切り上げる理由ができるまでそのまま続ける心積もりだった。
「しかしあの男戻ってくるのが遅いな。何して――」
彼の顔に影がかかる。
頭を上げれば、目の前にいつの間にか人が立っていた。
◯
一仕事終えた俺と古賀さんは、近くのカラオケに入った。
完全個室。これなら気兼ねなく結果報告ができる。
再びポッケが震える。
――ごめん 報告書書くのまだで遅くなるから二人で話をまとめておいて
セイラさんから返信がきた。
ひとまず犯人の顔と名前が判明したとは連絡したが、どうやら今日中に会うことは不可能のようだ。
そのことを古賀さんに伝える。
少し驚いた顔をした彼女はおもむろに口を開いた。
「結果を詳しく聞く前に、ひとつ聞きたいんだけど……紫月先生と黒崎くんてどういう関係なんですか?」
これは昨日も聞いた質問だ。その時ははぐらかし気味になってしまい、その後も詳しく説明できる機会がなかった。
「昨日セイラさんから聞かなかったのか?」
「うん。黒崎くんに悪いと思って」
あの時俺はコンビニで客と店員の関係を通して知り合った仲だと答えた。
嘘はついていないが、その後のセイラさんに対する俺の態度は知り合いの範疇を超えている。言葉通り受け取っていたなら、疑問を覚えたのは想像に難くない。
「めんどくさいことになるのが嫌だったんだ。話が変に広がる恐れがないなら、隠すつもりはない」
「教えてくれるんですか?」
「聞きたいなら別にいいぞ」
俺は彼女に雇われるまでの流れを簡単に説明する。
古賀さんは静かに耳を傾けていた。
「へぇ~どうりで二人が親しいわけです」
一通り話終えたあと古賀さんはそんな感想を漏らした。
「そう見えるか?」
「うん。初めは恋人なのかと思いましたもん」
冗談を言っているのかと思ったが大真面目な顔をしている。
「毎回嫌そうな態度を取っているけど、本心ではそんなに思ってないでしょ。わたしなんとなく分かるんだ」
「そうか」
これ以上この話を続けられるのは都合が悪い。
俺は半ば強引に本題へと話題を動かす。
「そろそろ本題に入ってもいいか?」
「そうだったね。すっかり忘れてた!」
当事者だというのに他人事のような態度を取っている。事態が進展したことに安堵を感じているのか。はたまたあえてそういう態度を取ることで気を紛らしているのか。
俺はゆっくりと得られた情報を口に出していく。
「――それで、ストーカーの正体は簡潔に言えば、同じ学校の生徒だった」
「やっぱりそうだったんだ」
古賀さんは淡泊な反応を返した。
俺と犯人が話している間、古賀さんには離れた位置で待機してもうことにしていた。これは彼女の安全面を考慮したためだ。万が一犯人が自暴自棄になって攻撃してこないとも限らない。
「山田久志という名前らしい。知り合いか?」
古賀さんから依頼を受けた昨日の帰宅途中、校門の前で遭遇した古賀さんについて大声で語り合っていた男子グループの面々の中に見かけた顔と一致しており、もしやと思い声をかけたのだが、すぐに顔を青白くさせたため犯人だと断定することができた。
「知り合いといえば知り合いかな。私の友達の彼氏のグループの一人って感じ」
反応から見るに、仲が良いわけではないらしい。
あくまで顔を合わせる機会が何度かあったというだけ。
古賀さんの証言で少し気になる部分があった。
「もしかして友達の彼氏っていうのは貴島海斗という名前か?」
「そうだよ。でもどうしてそれを?」
俺はこの先を言うか悩んだ。
今誤魔化してもいずれは彼女の耳に入るだろう。
「貴島が山田に命令してストーカー行為をさせていたらしい」
「え」
それがどういうことなのか彼女は遅れて理解していく。
ストーカーの犯人を告げられても変化しなかった表情が大きく崩れる。
「そんな……璃子ちゃんつもあんなに幸せそうに話しているのに……」
山田から聞くことができた話によれば、古賀さんの想像は間違っていない。
ようは貴島は古賀さんが目当てだったのだ。
璃子ちゃんと呼ぶ子と付き合ったのも、大目でみたら古賀あさひに近づくためだったと考えられる。
それは友達同士である彼女にとってとても信じがたい事実だった。
「許せない! そんなの酷いよ!!」
ひとしきり涙を流したあと古賀さんは激情を口にした。
「直接会って話す。なんでそんなに酷いことするのか問い詰める。そうじゃないとわたし……」
「いいんじゃないか。俺は止めない」
俺は思ったことを素直に口にした。
「……本当?」
涙を湛えた瞳がこちらを向く。
「友達のこと好きなんだろう?」
引きずったままではいい結果にはならない。運が悪いと、古賀さんと友達の間に修復不可能な溝が生まれるかもしれない。
言って訴えれば、最低限の結果は得られる。
「ありがとう。勇気出して話してみる」
――明日の朝早く、学校で会いませんか
古賀さんはその一文を貴島に送るとスマホの電源を切って机に置いた。
目をつぶって深呼吸をして。
覚悟を決めた目が力強く開かれた。
「最後にもうひとつだけお願いをしてもいいですか?」
告げられたお願いの中身に俺はわずかに逡巡したのち、潤んだ目で訴える彼女に折れて首を縦に振った。
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