7 side サラリーマン(と猫)
猫が一匹近づいてきた。
首輪が付いている。
こんな時間に外をウロウロしている飼い猫なんているのか。
そのような事を思いながら、視線を下に落とすと、俺を公園に誘った忌まわしきビニール袋が目に入った。
「あいつ、惣菜食べるかな」
猫はこちらに警戒する訳でもなく、スタスタと歩いてくる。が、その歩みは俺の座っているベンチから少し外れた場所に向かっているようだ。
_____今日の俺は、何をするにも正しい判断は出来ていないのだろうな。
スーパーの袋から、買った惣菜の一部を取り出し、地面に置いた。
すると、先程までベンチを掠めるような機動だった猫の歩みが、こちらに向きを変えた。
「反応した?」
少し様子を伺っているようだ。
こっちに来るか?
それほど時間の経たないうちに、その猫はこちらに向かってきた。俺の前に座るなり、あたかもお礼をするかのように鳴き、惣菜にありつき始めた。よほど腹が減っていたのか、パックに盛られた惣菜はあっという間に無くなった。
「……まだ食べるのか?」
そう言うなり、再び袋から惣菜を取り出し、地面に置く。
やはり猫は、鳴き声をあげてから食事を開始した。
(しっかりしつけられてんのかなぁ)
感情に身を任せてしまった昼間の自分と、目の前で食事にありつく猫を比べて、恥かしくなってしまった。
俺は自分のシツケすらまともに出来ていない。冷静であったならば、あの言葉は出てこなかったはずだ。
_____いや違うな。
あの時、俺は電話で報告を受けた段階で、周りの人を認識できなくなっていたんだ。
事の大きさだけに目が行ってしまい、トラブルを切り抜けるには「自分」がどう行動するか、しか考えられていなかったんだ。
確かに、こういったトラブルの経験はあまりなかったにはなかったのだが、ひどく視野の狭い行動を取ってしまったものだ。
_____あの言葉は、必然的に出たものだ。
「…弱いもんだ。その場で整理もできやしないなんて」
猫がこちらを眺めている。心なしか、先程より少し目が垂れているようにみえる。
惣菜は少し残っていた。
「大丈夫だぞ、残しても。ちょっと量が多かったしな」
言葉が伝わったのだろうか。猫の表情は初めのそれに戻っている。
残された惣菜は、その場に置いていくわけにも行かないので、パックにもう一度入れて袋に戻した。
「ありがとうな」
伝わるか定かではないが、猫にお礼を言い、その場を立ち去った。
後ろから猫の鳴き声が聞こえた。
「まずはしっかりと謝って、それから……」
足取りは先程までより幾ばくか軽い。
月が夜道を照らしていた。
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