第14話「けんか、だめ」
「せいちゃん、みうこれたべる……!」
風見さんの部屋に行くと、机の上にあったプリンを美海ちゃんが渡してきた。
これは昨日俺が買ってあげたやつだ。
昨日美海ちゃんと風見さんがひとつずつ食べていたので、余っていた分だろう。
わざわざ俺に渡してきたということは、俺に食べさせてほしいようだ。
「座っていいかな?」
「もちろん、好きに座ってくれていいよ」
風見さんに確認をとると、俺はクッションの上に腰を下ろした。
「ここ座る?」
「んっ……!」
美海ちゃんに向けて膝の上を叩くと、美海ちゃんは笑顔で座ってきた。
やっぱり、だいぶ懐かれているようだ。
「はい、あ~ん」
「あ~ん――ぱくっ」
前と同じで、美海ちゃんはスプーンが口に入るなり、勢いよく口を閉じる。
そしてモグモグと噛んで小さくすると、ゴクンッと飲みこんだ。
「えへへ」
相変わらず、幸せそうな笑みを浮かべている。
この笑顔を見るだけで、日ごろの疲れが癒された。
「誠司が来るって知ってたから、美海ったら誠司が来るまで食べないって、待ってたんだよ?」
美海ちゃんに食べさせていると、俺たちを見つめていた風見さんが仕方なさそうに笑みを浮かべた。
道理で、机の上に置かれていたわけだ。
「普段は風見さんが食べさせてるの?」
「美海が自分で食べるのがほとんどだよ。たまに私が食べさせてるけど」
たまに甘えたくなることがあるのだろう。
この子の甘えようから見ると、なんとなくわかる。
「美海ちゃんは今何歳なの?」
「んっ? よんさい……!」
美海ちゃんは食べているので風見さんに聞いたのだけど、自分が聞かれたと思ったようで、美海ちゃんが笑顔で指四本を立てた。
いちいち動きがかわいい。
「そっか、四歳なんだね」
ちゃんと答えられて偉い、という意味で美海ちゃんの頭を撫でながら俺は笑顔を向ける。
それで満足したらしく、美海ちゃんはかわいらしく笑うと、また口を開けた。
だから俺は、美海ちゃんのペースに合わせながら食べさせていく。
「意外と手慣れてるね? 妹か弟いたっけ?」
「いや、一人っ子だよ?」
「ふ~ん、じゃあ単純に子供の扱いがうまいんだね」
言うほどうまいのだろうか?
他の人が子供に接しているところなんてあまり見ないから、よくわからない。
あと、この子が人懐っこくて素直っていうのもあるだろうし。
「美海は優しいお兄ちゃんができてよかったね~?」
「んっ……! せいちゃん、やさしい……!」
風見さんが笑みを浮かべながら話しかけると、美海ちゃんが力強く頷いた。
勝手にお兄さんにされているが、悪い気はしない。
何より、こんなふうに小さい子から優しいと言ってもらえるのは嬉しかった。
思わず甘やかしたくなるほどだ。
「私にも、もっと優しくしてくれてもいいんだよ?」
流れでいけると思ったのか、小首を傾げながら上目遣いに風見さんが言ってきた。
彼女は美海ちゃんに対して俺のことを優しいと言っていたようだが、それでも足りないと思っているのだろう。
俺も、別に優しくしているつもりはないので、当然なのだが。
「からかうのをやめてくれたら、考えるよ」
「だから、私はからかってないってば」
「よく言うよ」
公衆の面前で平然と抱き着いてきたり、今日みたいにあ~んをさせようとしてきたり。
耳に息を吹きかけるなんてことをされたこともあった。
正直、彼女にかかされた恥は数知れずだ。
「私、誠司は一度、痛い目見たほうがいいと思う」
よほど俺の返事が気に入らなかったのか、頬をプクッと膨らませながらジト目を向けてきた。
こういうことを言われると、俺のことあまり好きじゃないのかなって思ってしまう。
「……?」
ちょっと不穏な会話をしていると、純粋な美海ちゃんがキョトンとした表情で俺と風見さんのことを見上げてきた。
純粋無垢な瞳に見られるとバツが悪くなり、俺たちは二人して目を逸らしてしまう。
「ねぇね、せいちゃんとけんかしてる?」
それによって、今度は言葉で確認をしてきた。
幼いのに結構鋭い子だ。
「喧嘩してるわけじゃないから、安心して」
「んっ、けんか、だめ」
風見さんの返事に、美海ちゃんは満足そうにウンウンと頷きながら、大人びたことを言ってくる。
幼女に注意された俺たちは、この子の前でだけは仲良くしておこうと心に誓うのだった。
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