第12話「いちゃいちゃ(?)の時間」

「なんで、グーを……?」

「ふ、ふふ……! 誠司だったら、私が最初に出しそうなのを絶対予想すると思ったから、その裏をかいたの……!」


 風見さんはほんのりと赤くした顔のまま、興奮したように笑みを浮かべる。

 実際、じゃんけんに勝ったことで興奮しているのだろう。


「まさか、風見さん相手に読み負ける日が来るなんて……!」

「ちょっと!? それ馬鹿にしてる!? してるよね!? いくらなんでも失礼だよ……!」

「いや、確かに今のは悪かったけど……」


 それでも、結構ショックだ。

 別に風見さんのことを馬鹿だとは思っていない。

 ただ、からかい好きなだけで、根は単純な子だと思っていたのに……まさか、読み負けるとは……。


「もう怒った……!」 


 プリプリと怒る風見さんは、俺の手から弁当箱を取り上げて、箸で玉子焼きを摘まんだ。


「はい、ちゃんと口開けて……!」

「強引すぎる……」

「じゃんけんで負けたのは誠司なんだから、おとなしくしなさい……!」


 そう言って、俺の口に玉子焼きが入れられる。

 冷めているにもかかわらず、玉子焼きはふわっとしていて、噛むと口の中に甘みが広がった。

 どうやら、砂糖で味付けがされているようだ。


 俺の家は玉子焼きといえば出汁巻き卵なので、この味は新鮮さを感じる。

 何より、甘みが効いているのに甘すぎない玉子焼きは、とてもおいしかった。


「おいしい……」

「ふふ、そうでしょそうでしょ。玉子焼きはよく焼くから、自信があるんだぁ」


 俺の感想が嬉しかったようで、先程まで怒っていた風見さんの表情が一瞬で和らいだ。

 ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、今度は白ご飯を箸で摘まむ。

 ちゃっかり、ハートの部分は避けていた。


「はい、あ~ん」

「あ、あ~ん……」


 俺は恥ずかしさを感じながらも、おとなしく箸を受け入れる。

 白ご飯もおいしいのはおいしいけれど、驚きがあるほどの違いはない。


 ――まぁ、ご飯だから当然なのだけど。


 ただ、容器のおかげで、まるで炊き立てのようにぬくぬくだった。


「次はどうしようかな? からあげがいい?」

「なんでもいいよ。結局は全部食べるんだし」

「ふふ、そうだね。それじゃあ、はいブロッコリー」


 おかしい。

 からあげと言っていたはずなのに、ブロッコリーを口元に突き付けられた。


「……からあげじゃなかったの?」

「野菜から食べたほうがいいんだよ? ちょっと遅いけど」

「ブロッコリー……」

「あれ、もしかしてブロッコリー苦手?」


 俺が口を閉じたからだろう。

 キョトンとした表情で風見さんが首を傾げる。


「いや、別に苦手じゃないよ?」


 噛んだ後に出る苦みというか、あの変わった味が合わないだけで。


「…………」


 なぜか突然、風見さんがジト目を向けてきた。

 物言いたげな様子に見えなくもないが、口元がにやけている。


「な、何……?」

「いやぁ? 誠司にも、苦手なものがあったんだなぁ~って」

「苦手じゃないって言ってるじゃないか」

「じゃあ、はい。あ~ん」


 風見さんは楽しそうな笑みを浮かべながら、ブロッコリーを俺に突き出してくる。

 ……意地が悪い。


「やっぱ自分で食べる……」

「だめで~す♪ 誠司は負けたんだから」

「くっ……」

「大丈夫だよ、そんな嫌そうな顔しなくても。美海でも食べられるくらいに、苦みを抑える調理をしてるから。ドレッシングもちゃんとかけてるしね?」


 美海ちゃんでも食べられる――そう言われてしまったら、食べないわけにはいかない。


 くっ、ここは騙されたと思って食べてみるか……。

 一応、風見さんが調理したもののようだし……。


 結果――。


「微妙に苦い……」

「それくらいは我慢しなさい」


 やっぱり、苦いものは苦かった。

 でも、食べられないほどではない。


「じゃあ、次はプチトマトね」

「ちょっと待ってよ……! 流れ的に、次はからあげとか、メインの料理にいくでしょ……!?」

「…………」

「な、何……?」


 再度ジト目を向けてきた風見さんに対し、俺は若干汗をかきながら尋ねる。


「誠司、もしかして野菜全般が苦手なの? だからいつも食堂で、カレーとか、うどんとか、かつ丼とかしか食べてないんだ?」

「……違うけど?」

「嘘つきなさい……! 誰がどう見ても、苦手でしょ……!」


 嘘ではない。

 俺はただ、カレーとかが好きなだけだ。

 決して野菜が苦手で、定食とかにしないわけじゃない。


「こら、こっち向きなさい……! ほら、口開けなさいよ……!」


 口を閉じてソッポを向くと、風見さんがグイッと顔を掴んできた。

 口には、プチトマトが押し付けられている。


 この子、毎回強引すぎるでしょ……!


「大丈夫よ、甘いから……! 酸っぱくないから、食べなさい……!」

「さっきそれで――あっ」


 言い返そうと口を開けたら、その隙間によってプチトマトを入れられてしまった。

 半ば反射的に噛んでしまうと、甘みではなく酸っぱさが口の中に広がる。


「やっぱり、酸っぱいじゃないか……」

「おかしいなぁ? 朝ご飯で食べた時は、酸っぱくなかったのになぁ?」


 ほんとかな……?

 口元がにやついてるんだけど……?


「ほら、口の中、酸っぱいんでしょ? 白ご飯食べなさい」

「……俺ばかりでなく、自分で食べなくていいの……?」


「いいよ、こっちのほうが楽しいから」

「それって面白がってるってことだよね!?」


 道理でニヤニヤしてるわけだ!


「そうじゃありませ~ん。まぁ私は、誠司が食べ終わったら食べるからいいの」

「くっ……」

「ほらほら、早く食べて食べて」


 この後も、俺は時々抵抗をするものの、結局風見さんに押し切られてしまった。

 ただ、まぁ――野菜以外はとてもおいしかったので、いい思いをしたとは思う。


 ……恥ずかしかったけど。

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