第8話「大人気ギャルが放してくれない」
「――せ~いじ♪」
朝登校していると、元気よく後ろから抱き着かれた。
温かくて柔らかいものが背中に押し付けられ、鼓動が高鳴る。
「き、君という奴は、また……!」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、後ろを振り返る。
すると、かなり近い距離に、ご機嫌な様子の風見さんの笑顔があった。
抱き着いてきているのだから、当然だ。
「そう怒らないでよ。昨日はありがとね」
「感謝してるなら、離れてくれるかな……!?」
「むしろ、これはお礼だよ」
そう言って、ギュッと抱きしめてくる。
当たってるって!
絶対わざとやってるでしょ、これ!
「恥ずかしいから、離れてってば……!」
「むぅ……誠司は、もっと素直になったほうがいいと思う」
風見さんは渋々という感じで、俺から離れていく。
十分正直なのだが。
「たくっ、ほんと君って子は……」
文句を言いたくなるけれど、とりあえず元気そうでよかった。
やはり、熱は昨日で引いたようだ。
「それだけ元気ってことは、風邪は治ったんだね?」
「うん、誠司のおかげでね!」
「だから、俺はたいしたことしてないって」
代わりに買い物に行って、美海ちゃんの遊び相手をしただけだ。
それだけで彼女の風邪が治ったと思うほど、
「ふふ、まぁいいけどね」
風見さんはそう言って笑みを浮かべながら、シレッと腕に抱き着いてくる。
うん、なぜだ!?
「そうやってからかってくるの、やめなよ……!」
「からかってないもん。誠司が勝手に、からかってるって決めつけてるだけじゃん……!」
じゃあなんで抱き着いてくるんだ、という話だ。
こんなことされると、恥ずかしくて仕方がないのに。
「人目もあるから、やめて……!」
「つまり、人目がなければいい?」
「そうじゃない……!」
人目があってもなくても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
何より、風見さん自身の目があるし。
「それはそうと――」
「話をするなら、せめて腕を解放してからにしてくれないかな……!?」
「美海がさ、『きょうもせいちゃんくる? あそぶ?』って聞いてたよ?」
風見さんは俺の腕に抱き着いたまま、小首を傾げて尋ねてくる。
完全に俺の言葉は流したようだ。
「君の自由具合を、美海ちゃんは見習ってるんだろうね……」
「それはつまり、馬鹿にしてる発言だった場合、美海のことも馬鹿にしてることになるけど?」
「いや、馬鹿にはしてないよ。幼い子は、わがままを言うのが仕事だろうし」
「そうやって、私にだけダメージを与えようとするのは酷いと思う」
どうやら、皮肉が通じたようだ。
「まぁでも、俺が遊びに行くと風見さんに迷惑でしょ?」
「……迷惑だと思う?」
風見さんはキョトンとした表情で、再度首を傾げる。
質問を質問で返されてしまった。
「まぁ……迷惑じゃないのかな……?」
彼女の態度を見ていれば、俺を拒絶するとは思えない。
もし拒絶するなら、自分から絡んでこないし、ましてや抱き着いてこないだろう。
「もちろん、誠司が来てくれるなら大歓迎だよ」
「う~ん……」
正直、美海ちゃんが遊びたがってくれているのは嬉しい。
しかし、昨日は風見さんが体調を崩していたから振り回されなかったけれど、元気になった今だと、彼女にからかわれて遊ばれる気がする。
果たして、天敵の本拠地に踏みこんでいいのだろうか?
「美海、楽しみにしてたなぁ?」
「いや、それはずるいでしょ……」
そんなこと言われたら、断れるわけないじゃないか。
もしそれで悲しい顔をさせることになったら、胸が痛くなるし。
「でも、事実だよ?」
「わかったわかった、行くよ。行けばいいんでしょ?」
「ふふ、お待ちしてま~す」
風見さんは嬉しそうに笑みを浮かべる。
まったく、変な弱味を握られたものだ……。
「ねね、帰りは美海を保育園に迎えに行くし、一緒に帰ろうね?」
「いつも一緒に帰ってるじゃないか……」
なんせ、教室を出ようとしたら彼女がついてくるわけだし。
今を見てもらったらわかる通り、断ったところで彼女は
「まぁ、それはそうなんだけど、保育園にも一緒に迎えに行こってこと。美海もそっちのほうが喜ぶし」
なるほど……。
確かに、昨日の美海ちゃんの態度を見ている限り、懐かれているようなので、俺が迎えに行ったら喜んでくれるかもしれない。
だけど――。
「とは言っても、そうなると俺は制服になるんだよね……」
「あっ、そっか。やっぱり一度家に帰ったほうがいい?」
制服のまま遊ぶことはためらわれる。
普通に考えて、一度私服に着替えてから遊びに行ったほうがいいだろう。
……制服をしわくちゃにして、母さんを怒らせると怖いし。
「ごめんね、一度家に帰ってから行くよ」
「んっ、仕方ないね。それじゃあ、家で待ってるから」
さすがに、ここでわがままを言うことはしないようだ。
そういえば、彼女がわがままを言う相手って、俺だけなんだよな。
見下されているのか?
「じゃあ、今日遊ぶってことで話がまとまったわけだけど――誠司って、いつもお昼は食堂だよね?」
「急にどうしたの? 毎回ついてくるから、知ってるよね?」
そう、昼休みでも彼女はついてくるのだ。
担任が誤解していた理由の中に、これも含まれているだろう。
「だよね~。ということで、昨日のお礼にお弁当を作ってきました~」
風見さんはそう言いながら、鞄から弁当箱を取り出し、笑顔で見せてくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます