第6話「姉妹は食べさせてほしい」

「せいちゃんせいちゃん、あ~んして?」


 おままごとを終えると、俺が今日買って冷蔵庫に入れていたプリンを、美海ちゃんが嬉しそうに持ってきた。

 部屋を出ていったからトイレにでも行ったのだと思っていたけれど、これを取りに行っていたらしい。

 そういえば、今日のおやつがどうのこうの言っていたな。


「いいよ、貸して」


 俺はプリンとスプーンを、美海ちゃんから受け取る。

 すると、美海ちゃんは何やら俺をジーッと見つめてきた。

 早くプリンを食べさせろ、と思っているのだろうか?


 そんな馬鹿なことを考えていると――。


「んっ……!」


 美海ちゃんは、突然俺の膝の上に座ってきた。


「えへへ」


 座れて満足したのだろう。

 とても嬉しそうな笑みを浮かべながら、美海ちゃんは俺の顔を見上げてきていた。

 楽しそうで何よりだ。


「……ずるい」


 そして、相変わらず風見さんは、物言いたげな目を俺に向けてきている。

 きっとまた、ロリコンだなんだと言っているのだろう。

 まったく、酷い誤解もあったものだ。


「はい、あ~ん」

「あ~ん!」


 プリンをスプーンですくって口元に近付けると、美海ちゃんは大きく口を開けた。

 スプーンが口の中に入ると、勢いよくパクッと口を閉じる。

 俺がスプーンを抜くと、モグモグとプリンを噛みしめ、満足そうに頬をゆるませた。


「おいしい?」

「んっ……!」


 美海ちゃんはプリンが好きなのだろう。

 買い物の時も、凄く物欲しそうにプリンを掴んでいたし。


 俺はそのまま、美海ちゃんに食べさせていく。

 プリンを口に含むたびに幸せそうな表情をしているので、見ていて心が和んだ。


「――んっ……ねんね……」


 お腹が膨れて眠たくなったのだろう。

 美海ちゃんは、体の向きを変えて俺に抱き着き、顔を押し付けてきた。

 だけど、食べてすぐに寝るのは体に悪い。


「もう少しだけ起きてようね?」

「…………」


 美海ちゃんの両手をとって動かしながら、頑張って寝させないようにする。

 眠たいだろうから怒られるかと思ったけれど、美海ちゃんは眠たそうにしながらも俺の好きにされていた。

 わがままばかり言うわけでもないようだ。


 そうして、三十分ほど経った後、俺の腕の中で美海ちゃんはスヤスヤと眠り始めた。


「風見さん、美海ちゃんっていつもどう寝ているの?」


 風見さんはベッドに横になったまま、俺たちのことをずっと見つめていたので、今も起きている。

 だから俺は声をかけたのだ。


「いつもは私と寝てるけど……」


 風見さんはそこで困ったように言葉を止める。

 さすがに、風邪を引いている彼女と一緒に寝させるわけにはいかないだろう。

 彼女も、それがわかっているから、言いよどんだのだ。


「他に布団ってないのかな?」

「お母さんやお父さんの部屋ならあるけど……」


 そうなると、目を離すことになってちょっと怖い。

 もう少し大きければいいけれど、こんな幼い子を一人別部屋に寝させるのは、やめておいたほうがいいだろう。

 さすがに、他の人の部屋に勝手に入るわけにもいかないし、美海ちゃんには可哀想だけど、クッションの上で寝てもらっておくか。


「誠司……」


 美海ちゃんを大きめのクッションの上に寝かせると、風見さんが名前を呼んできた。


「ん?」

「ありがとうね、美海と遊んでくれて……」

「いいよ、俺も楽しかったし」


 子供と遊ぶ機会なんてそうそうない。

 俺は一人っ子だし、今日は楽しい時間を過ごせたと思う。


「誠司って、結構面倒見がいいよね?」

「子供に優しくするのは当然でしょ?」

「それができない人も多いし……何より、誠司は買い物に行ってくれたり、美海の遊び相手をしてくれたから……」


 まぁ確かに、そこまでする人はなかなかいないのかもしれない。

 ただ、遊び相手はともかく、買い物に行ったのは俺のお節介でしかないので、面倒見がいいとは違うだろう。


「それよりも、体調はどう? 少しは良くなった?」

「うん……誠司が来る前よりは、だいぶ楽になったよ」


 聞けば風邪薬は飲んでいるということだし、このままゆっくりと休んでおけば、明日には熱が下がってそうだ。

 美海ちゃんはもう寝てしまっているし、起こさなければ大丈夫だろう。


「うどん食べる? 台所借りることにはなるけど、買ってきたやつを俺が作るよ?」


 楽になってきたとはいえ、まだ体調は優れていない。

 俺がいるうちに、彼女のご飯を作ったほうがいいと判断した。

 しかし――。


「それよりも、プリン食べたいかも……?」


 どうやら彼女は、うどんよりもプリンのほうがいいようだ。

 クラスの女子たちと話している時も、よくスイーツの話をしているようだし、美海ちゃん同様甘いものが好きなのだろう。


「わかった、プリンとスプーンを取ってくるよ」


 そう言って、俺は取りに行ったのだけど――。


「あ、あ~、ちょっと体がしんどくて、腕が持ち上がらないな~?」


 風見さんは、また下手な演技を始めた。

 なんだろう、俺に食べさせろってことかな?


「楽になったって言ってなかった……?」

「残念だけど、また悪化したみたいだね?」

「…………」


 しんどそうには全然見えないんだけど……?


「自分で食べなよ」

「美海には食べさせたくせに……!」

「幼い子とは話が別でしょ?」

「ロリコン」

「まだ言うの!?」


 どうやら彼女は、どうしても俺をロリコン扱いしたいらしい。


「ロリコンじゃないって言うなら、私にもしてくれたらいいと思う」

「意味が分からないんだけど……?」

「美海にしかしないってことは、ロリコンだから、幼女に甘いってことだよね?」

「暴論すぎる……」


 とはいえ、彼女が元気になってから、学校でロリコンと言い触らされても困る。

 彼女は他人を惹きつける容姿と性格により、友達が沢山いるのだ。

 学年に知れ渡るなど、半日もあれば十分だろう。


「ロリコン」

「わかったわかった。してあげるから、ロリコン扱いはやめて」


 こうして俺は、風見さんにもプリンを食べさせることになってしまった。


「はい、あ~ん」

「あ~ん」


 風見さんは、まるで美海ちゃんかのように、幸せそうにプリンを食べる。

 姉妹とはいえ、ここまで行動が似るものなのだろうか?

 

 しかし――俺は恥ずかしさが勝ってはいるが、幸せそうに食べている風見さんを見るのは、意外と悪くなかった。

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