第4話「縋るような目」
「――それじゃあ、帰ろうか?」
あらかた必要そうなものを買い終えた俺は、袋詰めを待ちながらこっちを見上げていた美海ちゃんに声をかける。
「だっこ……」
しかし、俺が右手に大き目な買い物袋を携えているのを見て、悲しそうにしていた。
抱っこをしてほしかったようだ。
「手を繋ぐ?」
「…………」
左手に買い物袋を持ちかえて、右手を差し出すと、美海ちゃんはジッと俺の手を見てきた。
そして、今度は俺の顔に視線を移し、次に左手にある買い物袋を見る。
いったい何を考えているのだろう?
「んっ……!」
考えがまとまったらしき美海ちゃんは、両手を俺に差し出してきた。
見た感じだと、抱っこを要求しているように見えるが……。
「ごめんね、買い物袋があるから……」
「みうが、もつ……!」
なるほど、自分が持てば俺の両手があき、抱っこをしてもらえると考えたようだ。
しかし――。
「これ、重たいから……」
買い物袋には、冷却シートだけでなく、スポーツドリンク数本と、簡単に作れるおうどん。
それから、美海ちゃんの要望で買った三つ入りのプリンや、お菓子が入っている。
俺が持つ分にはそこまで重たくないけれど、幼い美海ちゃんには重たいだろう。
「だいじょうぶ……!」
だけど、美海ちゃんは持つ気でいるようだ。
やらせてみたほうが早いか――と思い、俺は買い物袋を渡してみた。
すると――。
「んんんんん!!」
一生懸命持ち上げようとするものの、やっぱり持ち上がらなかった。
風見さんがいつ治るかわからないため、スポーツドリンクを多めに買っていたことが、災いしたようだ。
「せいちゃん……」
美海ちゃんは涙目で俺を見上げてくる。
完全に
さすがにこの表情を無視できるほど、俺の性格は腐っていない。
「ちょっとおいで」
俺は美海ちゃんから目を離しても大丈夫なように、手を繋いでからレジの店員さんのもとに向かう。
「すみません、レジ袋をもう一つください」
そして、お金を払ってレジ袋を再度買った。
これに、さっき買ったものを半分移して、両手にそれぞれかける。
「はい、美海ちゃん。いいよ」
両手があいたことで、美海ちゃんを抱っこしようと手を伸ばす。
それで美海ちゃんにも意図が伝わったのか、パァッと表情が輝いた。
「せいちゃん、やさしい……!」
「これくらいは当然だよ」
幼い子が望んでいることなら、なんでも聞いてあげたい。
それが年上としての役目だろう。
何より、この子は甘え上手というか、素直なのでかわいいのだ。
――俺たちは、そのまま仲良く雑談をしながら、美海ちゃんのお家に帰る。
鍵は預かってなかったので、インターフォンを鳴らして風見さんにドアを開けてもらったが――。
「誠司が、美海を甘やかしまくってる……」
俺たちの帰ってきた様子で、何があったかだいたい察したようだ。
「せいちゃん、やさしい……!」
美海ちゃんは先程と同じ言葉を、ドヤ顔で風見さんに言ってしまう。
それによって、風見さんは頭が痛そうだった。
「美海、私ならいいんだけど……他の人にわがままを言うのは、だめっていつも言ってるでしょ……?」
それはつまり、美海ちゃんがわがままで甘えん坊な幼女に育ったのは、風見さんのせいじゃ……?
ふと、そんなことを思ってしまった。
「みう、わがままいってない」
「どの口が……」
「風見さん、いいからもう中に入って休みなよ。これにスポーツドリンクとか入ってるから、飲んでゆっくりして」
このままだとまた二人の言い合いが始まりそうだったので、俺は買い物袋を渡すことにした。
「あっ、お金……」
「いや、いいよ。勝手に買ったものだしね」
頼まれたものではなく、勝手に買ったものでお金はもらえない。
俺は物欲がなくて普段ものをあまり買わないため、貯めている小遣いに大して痛手もなかったし、別にいいだろう。
「でも――」
「せいちゃん、みうのおうちにはいらないの……?」
風見さんが何かを言おうとしたが、美海ちゃんが悲しげな表情で言葉をさえぎってしまった。
これは……。
「みう、せいちゃんとあそびたい……」
やはり、家に上がって遊べということのようだ。
「だめだよ、私の風邪がうつっちゃうから……」
当然、風見さんは止めようとする。
俺も、女子の家に上がるというのは気が引けた。
しかし――。
「…………」
この、縋るような目での、無言の訴えなのだ。
これは断れない。
「風見さん、もしよかったらあがっても大丈夫かな?」
「――っ!? ど、どうしたの……? 誠司らしくない……」
そりゃあ普段の俺だったら、絶対に家にあがろうとしないだろう。
だけど今は、美海ちゃんがいるのだ。
この小動物のように縋ってくる子にはかなわない。
それに、風見さんの体調がやっぱり気になる。
親がいるなら何も問題はないが、美海ちゃんしかいないのなら、万が一体調が悪化した場合対処できないだろう。
せめて、親御さんが帰ってくる時間まではいようと思った。
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