第3話「幼女は抱っこをしてほしい」
「美海、だめだよ……? 誠司に迷惑だから……」
「やぁ……! みうもいくの……!」
俺から剝がそうと、風見さんが美海ちゃんを引っ張るが、美海ちゃんは一生懸命抵抗している。
ギュッと俺の足にしがみついているので、全然離れない。
風見さんは熱でしんどいだろうに……。
「いいよ、連れて行くから」
俺は美海ちゃんの体を抱き上げる。
風見さんの時は凄く抵抗していたのに、俺が手を伸ばすとあっさり足から離れてくれたので、意外と素直な子なのかもしれない。
「そんな、悪いよ……」
「幼い子くらいの面倒なら俺でも見れるから、風見さんはゆっくり寝ててよ」
熱で苦しんでいるのに、幼女の我が儘に付き合わせるのは可哀想だろう。
買い物に行くだけなんだし、連れて行ったほうがいい。
「でも……」
「ねぇねは、おるすばん……!」
美海ちゃんは頬を膨らませてふてくされた顔を、風見さんに向ける。
止められたことでいじけてしまったようだ。
風見さんも大変だなぁ。
「わがまま言うと、今日のおやつ抜きだよ……?」
「――っ!?」
普段から妹のお世話をしているのだろう。
美海ちゃんに効果的な言葉を選択したようで、美海ちゃんは『ガーン』とショックを受けた表情を浮かべた。
しかし――。
「せいちゃん、ねぇねがいじわるする……!」
普段とは違いこの場には俺がいるので、俺を味方につけることにしたようだ。
幼いのに賢いらしい。
「風見さん、さっきも言ったけど、買い物に連れていくよ。風見さんはゆっくり休んだほうがいい」
「誠司……」
美海ちゃんが縋りついてきたからってよりも、風見さんの体調が心配なので、この子を連れて行ったほうがいいと判断した。
そうしないと、俺が買い物に行っている間、この子が風見さんに文句を言ったり、駄々をこねたりしそうだから。
こうなってしまったのは俺に原因があるし、連れていったほうがいいだろう。
「それじゃあ、お願いするよ。ごめんね?」
「俺が勝手に決めたことだから、謝る必要はないよ。それじゃあ美海ちゃん、行こっか?」
俺は美海ちゃんに笑顔を向ける。
すると、美海ちゃんも満面の笑みを返してきた。
「んっ、いく……!」
こうして、元気いっぱいの幼女と買い物に出ることになった。
「じゃあ、おりよっか?」
「…………」
抱っこしたままなのもどうかと思ったので、地面に下ろそうとしたのだけど――なんだか、凄く悲しそうな目を向けられてしまった。
「……このままがいい?」
「んっ!」
つまり、下ろすなというわけだ。
まぁ小さいから軽いし、負担ってほどでもないからいっか。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「わがままばっかで、ごめん……」
「謝らなくていいってば。それよりも、ちゃんと休んでおいて」
俺はそれだけ言うと、風見さんに背を向けた。
俺がいる限り、彼女も休めないだろうから。
そうして、お店を目指して歩いていると――。
「……♪」
腕の中にいる美海ちゃんは、とてもご機嫌になっていた。
初対面の人間に抱っこされてもリラックスしているなんて、さすがあの風見さんの妹だ。
「美海ちゃんは買い物が好きなの?」
「んっ、ねぇねとよくいく……!」
「もしかして、料理はお姉さんがしてるのかな?」
「んっ……!」
なるほど。
つまり、家事は風見さんがしているのだろう。
だから食材とかを買いに行く時に、幼い美海ちゃんも連れていっているようだ。
「仲いいんだね?」
「んっ! みうとねぇね、なかよし!」
それなら、さっきは喧嘩をしないでほしかったけど……幼いから、そんな感情の制御はできないのだろう。
「お姉さんは優しい?」
「んっ……!」
学校では明るくて陽キャなギャルって感じだけど、家では面倒見がいいお姉さんのようだ。
少しわがままっぽいこの子が優しいと頷くくらいなのだから、本当に優しいのだろう。
「優しいのはいいことだね」
「せいちゃんも、やさしい」
笑顔を向けると、予想外の返しをされた。
「俺は優しくないよ」
「うぅん、やさしい。ねぇねも、せいちゃんのことやさしいっていってた」
風見さんが?
彼女こそ、俺のことを優しくないと思っていそうだけど……。
「俺のことって結構話すの?」
「んっ、ねぇねがよくいってる」
「ちなみに、どんなことを言ってるの?」
ちょっと気になったので、正直者な美海ちゃんに尋ねてみる。
「やさしいっていってる」
「他には何も言ってない感じかな?」
「ん~?」
美海ちゃんはかわいらしく小首を傾げながら、考え始める。
「あっ、すなおじゃないっていってた」
「へぇ……」
いったい何が素直じゃないのか。
俺はむしろ正直に言っているはずだけど、彼女が元気になったらしっかりと話す必要がありそうだ。
「でも、ねぇねは、せいちゃんたいせつ」
「えっ?」
どのタイミングで風見さんに切り出そうか考えていると、美海ちゃんが意外なことを言ってきた。
「ねぇねとせいちゃんも、なかよし……!」
よくわからないけど、俺と風見さんが仲良しだと言いたかったようだ。
そういうことはないのだけど……まぁ、幼い子が言っていることを間にウケても、仕方がないか。
「美海ちゃんたちのほうが仲良しだと思うよ」
俺はそう誤魔化し、美海ちゃんと一緒にスーパーに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます