第11話
次の日、俺はシャノンを連れ出してロンデルニウムの郊外までやってきた。まだ朝日すらも昇っていない早朝のことである。
眠たげに目を擦るシャノンの眼前に俺は昨晩用意しておいた彫像を置いた。
ずしんと大地が揺れる。その光景に眠気が吹っ飛んだのか、シャノンが訝しげな表情で尋ねてきた。
「なに……絵でも書くの……?」
「馬鹿が、そんなわけないだろう。これは信仰心を高めるための修行だ。」
やはり信仰を目覚めさせるにはこれに限る。俺はかつて金への真の愛に目覚めさせてくれた例の試練をシャノンにもさせてやることにした。
「いいか、簡単な話だ。この彫像をむこうにうっすらとみえる隣町まで運んでいく、それだけのことだからな。」
シャノンが理解できないというふうに小首を傾げる。
「でも……この彫像、重い……よね……?」
「そうだ、そうでなければ真の信仰は養われんからな。」
シャノンの疑問を俺が一蹴すると、ようやく俺が本気で言っていることが伝わってきたのかシャノンが一歩後ずさった。
「そんなの、無理……。」
「無理なものがあるか、俺なぞ昨晩のうちにこの彫像を聖イグラネウス修道院まで走って持ってきたのだぞ。」
「え、その修道院って……、三日ぐらいかけて……ようやくたどり着くところじゃ……?」
三つの山を走って越えるのはさしもの俺と言えどもかなり骨が折れた。だが、それでも金への信仰さえあれば問題ではない。
「わかったか、金への愛情こそが力なのだ。お前にはこれからそのことを徹底的に叩きこんでやろう。」
「……よろしくお願いします。」
シャノンがゆっくりと頷いた。
「ぜぇ……、はぁ……。」
当然というえば当然であるが、シャノンのやつはすぐに音をあげた。荒野のうえにばたりと倒れこんでゼイゼイと荒い息を吐いている。
ちょうどむこうから朝日が昇ってきた。さすがにもう戻らなければ授業を受けられんか。
「え”……? 神学校にもいかなきゃいけないの……?」
「当たり前だろうが。せめて聖書の『ラシリア人からの手紙』ぐらいは完璧にそらんじてもらわなければこれから聖職者として金儲けができんぞ。」
なぜか絶望の表情を浮かべているシャノンを引きずって俺は神学校へと戻る。講義室に足を踏み入れようとしたその時、むこうからサンティロンがやってきた。
シャノンが体を強張らせる。それにおかまいなしに俺はずんずんと直進した。
「おや、これはシャノンじゃないか。あいかわらずシロアリのように神学校に寄生して楽しいかい、商人生まれのくせにまだよくここにいられるね。」
先日指の骨を骨折してから虫の居所が悪いサンティロンは、ちょうどいいところにいたとばかりに嬉々としてシャノンに侮辱の言葉を投げかけ始める。
そんなサンティロンに俺は見せびらかすように指を丁寧に動かしながら憐みの視線をむけた。
「そういう君は指を折ってしまったんだろう? こんなところにいずにそのまま家で治療に専念したらどうだい、やっぱり君にはあの授業は荷が重かったんだよ。」
俺の言葉にサンティロンの頬にさっと朱がさしたかと思うと、俺のほうを睨みつけてくる。その目は屈辱の色が拭いきれていなかった。
「馬鹿力だけは強い君にはわからないかもしれないけれど、普通岩なんて素手で砕けるものじゃないんだよ。それこそ獣ぐらいじゃないかい、わからないかな?」
「いやいや、強がりはいいよ。みんなができることが自分だけできなくとも恥じる必要はないんだから。」
俺の言葉にサンティロンは歯をむき出しにして怒りをあらわにする。拳を構えて俺をあわや殴りそうになったところでぎりぎり腕をひっこめた。
もしかすると、俺が素手で岩を砕いていたことをすんでのところで思い出したのかもしれない。
「っ……! ならシャノンはどうなんだい! 君はみんな岩を砕くことなんてできるっていうけれど、でも僕にはシャノンが岩を砕けるとは思えないな!」
余裕をかなぐり捨ててサンティロンがシャノンのことを指さす。俺はそれに即答した。
「いや、シャノンは岩を粉砕するだなんてお茶の子さいさいだよ。ついさっき荒野に行ったときに見せてもらったんだ。」
『は!?』
サンティロンとシャノンの驚きの声が重なる。
見下している商人の娘と言葉が被ったことが苛立たしかったのかシャノンを睨みつけた後、サンティロンが猛然とおれにくってかかった。
「さすがに騙されんぞ、シャノン本人も驚いているじゃないか。言質はとったぞ、もしもできるというのなら実演してくれるんだろうな。」
「ああ、もちろん。来週のグロリヤ師の授業ででもみせてくれるだろうよ。」
「え、ちょっと……アドライト………!?」
突然のことに慌てているシャノンを無視してサンティロンと話をすすめる。
「じゃあできなかったらなんでもしてくれるんだろうな!」
「ああ、金貨十枚をかけてやる。もちろん勝ちは確定しているからな、安い賭けだ。」
「っ! その言葉忘れるなよ!」
サンティロンが捨て台詞を吐き捨てて後ろの席へと歩き去っていく。残された俺はそのまま近くの席へと腰をおろした。
「さて、シャノン。この授業で学ぶことになる『歴史書』についてだが……。」
「アドライト、どうしてあんなことを……?」
そんな俺にシャノンがダラダラと冷や汗を流しながら尋ねてくる。
理由だと、そんなものは愚問だ。俺がシャノンに金の信仰心を叩きこむといったのならそれは確定事項である。ならその途中で小遣い稼ぎぐらいしてもいいだろう。
「いいか、俺はお前を決して見捨ててやらんからな。泣き叫ぼうとなにをしようと俺はお前が金への愛に目覚めるまでそれを手伝ってやる。」
鼻を鳴らしてシャノンにそう告げる。シャノンは固まったまま言葉を発しなくなったので、俺はぱらぱらと教科書に目を通し始めた。
「ねぇ、アドライト。」
隣からふくれっ面のミレンが小声で話しかけてくる。
「なんだ?」
「言ってたよね、その女は別にどうでもよくて僕が一番大切なんだって。それなのにさっきの言葉はいったいどういうことなのさ。」
軽い口調とは裏腹にその瞳にはどろりとしたなにかが見え隠れしている。いったいなんだ、そんなに俺に殺されたいのか?
面倒くさい奴だな、俺はため息をついて教科書を閉じた。
「そんなに構ってほしいのか、ならいいだろう。また次の休日にでもロンデルニウムを二人で散策するか。」
「え、いいの!?」
俺の言葉にミレンの顔がぱあっと明るくなる。俺は心底嫌そうに顔をしかめるふりをしながら、内心で哄笑した。
馬鹿めが、俺の手のひらの上でまんまと踊らされたな。
ミレンのやつはなぜか俺がほかのやつと時間を過ごしているとそれに決まって文句を言い始めるのだ。
だからこそこうしてあえてミレンを放置することでこうして自然な形でロンデルニウムの街に繰り出させることに成功できた。
そう、例のドナテラとの約束である。これであとは当日にミレンを誘導してロンデルニウムの端の路地裏まで誘いこめばいい。
敵の習性を利用し、それをもって目的を達成する。俺はなんと賢いのだろうか。
俺は椅子に深々と座りこみながらこみ上げてくる笑いを必死にこらえた。時間がかかったがこれからの一週間でなにもかもが決する。
まずはミレンをドナテラと協力して抹殺、その後にシャノンに金の喜びを教えこんで俺の手駒とする、そうすれば俺の神学校での目標はすべて達成だ。
いろいろと紆余曲折あったが今までの準備が全て実っていっている。俺は俺自身の手際の良さを自画自賛せざるをえなかった。
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