第4話
「はい、お仲間さんですよ。すこし重たいので気をつけてください。」
グロリヤが近くにたつ男に手に持っていた生首を手渡す。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」
男は手に無理やり握らされた仲間の頭部を恐怖のあまり放り投げるとへっぴり腰で後ずさった。そのままグロリヤは奥で睨みつけてくるドナテラに微笑みかける。
「これはこれはドナテラ様ではありませんか。またこうして顔をあわせるのは数百年ぶりですね。」
純粋に再会を喜ぶかのようにニコニコと笑ったままのグロリヤに、一筋の汗がドナテラの額を伝っていった。
「お前がイグラネウス修道院にいると知った時、わしは仰天したよ。とっくのとうにくたばってると思っていたのじゃがな。」
「信仰に不可能はありませんから。おかげさまでまだまだ元気に求道を続けられています。」
先代の勇者が魔王を打ち倒すその場に居あわせていたドナテラは知っている。
優しげな老婆の姿をしたこの目の前の修道士は正真正銘の化け物だ。人間の域を超えた狂気の塊なのだ。
「死ねぇぇぇぇっ!」
背後から襲いかかった一人の男が斧をグロリヤに振り落とした。その巨躯から繰り出される怪力は容易にグロリヤの頭をかち割る。
「へっ、ドナテラ様はこいつのことを恐れてたみたいだが、大したことねぇじゃねえか。俺でも頭を真っ二つにできたぜ。」
半分に裂けたグロリヤの首を前に得意げに男があざ笑う。周りの男たちがあまりにあっけない終わりにどよめいた。
「いかん、そやつはその程度では……っ!」
だが、ドナテラだけは気がついていた。未だグロリヤの目が動いていることに。
「ああ、なんて甘美な痛みなのでしょう。これこそが神がわたしに下された試練なのですね。」
「は?」
断面からピュッピュッと血を噴きだしながらグロリヤが恍惚とした表情を浮かべる。驚いた表情の男にむかってグロリヤは微笑みかけた。
「善意には善意をもって返さなければなりません。あなたもこの法悦を味わうといいでしょう。」
自分の頭に突き刺さった斧を振りぬいたグロリヤがそのまま男を頭頂部から股間まで真っ二つに裂く。
すさまじい血しぶきをあげながら絶命する男にグロリヤは静かに祈りを捧げた。
「今、あなたにも神の愛が降り注がれました。この者は救いを得たのです。」
真っ二つに裂けた頭を手で押してくっつけながらグロリヤは男たちに向きなおる。先ほどまでと同じ柔らかな微笑が、今では男たちには全くの別物に見えていた。
「う、うわあああぁぁぁぁっ!」
一人の男が短剣を構えて飛び出す。恐怖に駆られたその男の刃はそのまままっすぐグロリヤの胸元に突き刺さった。
「おやおや、そんなに慌てなくとも。すぐにあなたにも神の恩寵があるでしょう。」
グロリヤがまるでわが子をかき抱く親のようにその男の背中に手を回す。しばらくしてビシリビシリと骨が砕ける音が地下水路中に響き渡った。
「アガ、アガガガガガガガッ!」
男が背中を走る絶え間ない激痛に絶叫する。そのまま泡を吹いて気を失った男の首をグロリヤはねじ切った。
「抱擁が欲しいのですか、なら遠慮はいりません。いつでもわたしはあなたたちに愛を注ぎますよ!」
胸元からどくどくと血を流しながら、グロリヤが両手を目いっぱいに広げる。
つい先ほど二人の人間の命を奪ったとは到底思えないほど清らかなその表情はまさしく聖職者と呼ぶにふさわしいものだった。
「あ、あああぁぁぁぁ……。」
恐怖に顔を青ざめさせて男たちが後ずさる。
ドナテラは唇をかむ。このままでは全員が全滅してしまう、それだけはなんとしてでも避けなければ……。
「わしらはここで別れようぞ、とにかく生きて逃げるのじゃ!」
悩んだ末にドナテラが選んだ道は散り散りになることだった。グロリヤとて体がいくつもあるわけではない、散らばれば生きる道もみえてくるだろう。
ドナテラの言葉に、男たちはいっせいに反応した。あるものは水路に飛びこみ、あるものは地上へと続く階段を半狂乱で登っていく。
「残念なことです、みなさんはほんとうに素直ではありませんね。ほんとうは心の中で無償の愛を願っているはずだというのに……。」
グロリヤが悲しげにため息をつく。
そして隣をすり抜けようとした男の目に指を突き刺した。そのまま頭の奥まで指をのばしていく。
「いいでしょう、自分の願いに素直になれないのでしたらわたしがお手伝いしてさしあげます。」
痙攣しながら死を迎えた男の死骸を丁寧に地面に横たわらせながら、グロリヤは呟いた。
そんなグロリヤの頭上からぬめぬめとした液体がかけられる。
「くらえ、俺たちの仲間を殺しやがった教会の犬め!」
一人の男が激情に身を任せたまま手に持っていた松明をグロリヤに投げつけた。炎が一気に燃え広がる。
「あの、馬鹿者がっ……!」
この世には手を出してはいけない類の者がいることを理解していない愚かな男に悪態をつきながらドナテラは地下水路に溶けこんでいった。
グロリヤは暴れることはせず、ただずっと静かにその場に立ち尽くしている。炎はグロリヤを体の芯まで焼き切り、真っ黒な炭に変えてしまった。
未だ地面に残った油が燃え盛る中、男がグロリヤの焼死体に慎重に近寄る。手に持った短剣でグロリヤの体をつついていたその時だった。
「グッ!」
いきなりのばされた真っ黒焦げの手が男の首を掴んだ。
男が暴れるも、万力のような怪力はすこしも緩むことはない。男の目の前でグロリヤはみるみるうちにもとの姿に戻っていった。
「貴様あぁぁぁぁっ!」
仲間を殺された憎悪が未だ残る男が怒声をあげる。それを目にしたグロリヤはにっこりと微笑んだ。
「生きたまま焼かれるのは久しぶりで、ますます神がわたしたちをお見捨てにならないことを強く確信いたしました。ほんとうにありがとうございます。」
男の首を掴んだまま、グロリヤは燃え盛る炎のほうへと近づいていく。グロリヤがいったいなにをしようとしているのか理解した男は顔を青ざめさせた。
「お前、ま、まさか!」
「お礼といってはなんですが、あなたにもこの素晴らしい体験を楽しんでいただきたいのです。ご一緒することをお許しいただければ嬉しいのですが……。」
炎に近づくたび男の抵抗が激しくなる。チロチロと揺らめく炎はあわれた男をあぶるのを今か今かと待ちわびていた。
「やめろ、やめてくれぇぇぇぇっ!」
「まぁ、いいのですか! でしたらせっかくですのでお隣失礼させていただきます。」
グロリヤが男ごと炎の中に飛びこんでいく。誰もいなくなった地下道の中を絶叫が反響していった。
はるか遠くから聞こえてくるかつての仲間の声にドナテラは悲痛げに顔を歪めた。
べつに彼らが善人であったわけではない。それどころか魔王の手先に落ちぶれるのも納得のゴロツキばかりだった。
だが、やつらとて酒を飲み、肉に食らいつき、下世話な話で盛り上がる人間だったはずだ。あんなふうに常人の域を超えた死を迎えていいはずがない。
自らの体を水に変えたドナテラは地下水路をがむしゃらに流れていった。
そんなドナテラの後を、いつの間にかゆっくりとした足音が追いかけてくる。明らかに歩いているはずなのにもかかわらず、その足音はゆっくりと近づいてきていた。
「ドナテラ様、こうも必死に逃げられるとわたしも傷ついてしまいますよ。」
不気味なほど柔らかな声が、地下水に紛れこんでいるはずのドナテラの背後から聞こえてきた。
「っ!」
直感のおもむくまま、ドナテラは自らの体を人間のそれに変え、脇の地下道に飛びこむ。背後でドナテラについてきていたらしい男の断末魔が聞こえてきた。
とにかく逃げなければ……!
ドナテラがなれない石畳の上を駆ける。だが、非情にもその地下道の前から何者かの足音が近づいてきていた。
引き返すべきか悩む暇もなく、前から黒と赤の祭服をまとったひとつの人影が現れる。
「ん? なんだ、お前はドナテラとやらか?」
アドライトがそこにたっていた。
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