第17話
「なんだ、ミレン。ここがどこか知っているのか?」
「うん、ここは先代の勇者の墓だよ。」
ミレンが呟く。その視線は目の前の遺跡にじっと注がれて離されることはなかった。
北の大地に現れた魔王を自らの命と引き換えに倒したという先代の勇者が旅の仲間とともに葬られているそうだ。
「ずっと探してたんだ。勇者が受け継ぐべき首飾り、それが隠されてるって。」
どうやらミレンが旅をしていたのは勇者の墓を探していたかららしい。聖剣を手に入れるだけでなく首飾りも身につけて初めて勇者としてふさわしいのだそうだ。
墓、墓か。俺は喜びで胸が膨らむのを感じた。いったいどのような宝と巡り会えるのだろうか。
先代の勇者が生きている頃の金貨といえばグラテマ金貨が有名だろう。かつての魔王の侵攻でそのほとんどが腐敗し、北の大地に消えたので大変貴重で高価である。
べつに金貨だけでなくともよい、北の街はその精巧な銀細工で名をはせていた。
勇者の墓ともなれば埋葬品は豪勢なものだろう。それならばその財宝のいくつか拝借しても問題はないはずだ。なにしろこっちには今代の勇者がいるのだし。
「アドライト、ミレン。いったいどうしたのだ?」
ビンタ女がやってくると、ミレンと同じように目の前の遺跡に目を丸くした。
「まさか、これはあの伝説の勇者の墓! こんなところで目にすることができるとは……。」
「おい、中にあさりにいくぞ。」
「……まさか貴様、この期に及んで財宝を狙っているのではないだろうな?」
「べつにいいだろう、ここにはミレンが……。いや、なんでもない。だが遺跡の宝はその発見者に権利があるはずだ。これはもう俺のものだぞ。」
一瞬ミレンが勇者であることを口にしかけて口ごもる。そういえば聖剣を探して旅をしているビンタ女にはミレンのことは伝えていないのだった。
俺のことを罰当たりだとでも思ったのか睨んでくるビンタ女だが、さすがに勇者の墓を見つけた興奮のほうが勝ったのかなにも言い返してこない。
それどころか焦ったように一番最初に地下に続く階段をくだっていった。
「おい、ビンタ女に遅れるぞ。なにぼーっと立っているんだ、ミレン。」
「……ん、そうだね。」
俺も固まったまま動かないミレンを急かして遺跡の中へと足を踏み入れる。ビンタ女にみつけた財宝をネコババされても困るからな。
長い階段をひたすら下っていくと、遺跡の地下には広い庭園が広がっていた。いったいどういう原理なのかわからないが、天井からは青白い光が降りてきている。
色とりどりの花々が静寂の中で輝くその光景は絶景と形容してもさしつかえなかった。
すばらしい。豪勢で巨大な庭園もいいが、こういったものなら将来俺の邸宅のそばに造っておいてもよいかもしれん。
俺が心の中の将来の夢の一覧に新しい項目をつけくわえている間にも、ビンタ女はずんずんと奥へ奥へとすすんでいった。
「おい、ビンタ女。どこまでいくつもりだ。」
呼びかけても返事がない。
それどころか周囲の庭園には目もくれずなにかにとりつかれたようにビンタ女は駆けている。俺はしかたなくその背中を追いかけることにした。
しばらくすると、小さな墓石が円を描いて並んでいるのを見つける。
ひとつひとつが青白い光を放つ不思議な石こそが、勇者とその仲間たちの墓なのだろう。
幻想的な遺跡にも惑わされることなくただひたすらに財宝を探していた俺の目がその墓たちの脇に鎮座する石でできた宝箱の存在に気がつく。
わずかに蓋がズレていて、その中に詰められている金貨のきらめきが俺の目を奪った。
「ミレン、あれを見ろ。」
「ん? ……はぁ、君は相変わらずだねぇ。」
ミレンにこの喜びを共有しようとするも呆れられたように首を横に振られる。なんだ、金貨を見つけたというのにその沈んだ表情は。
「ここのどこかにあの勇者の首飾りがあるはずなんだ。それは金貨なんかよりももっと危険で強力だから、それを守るためになにかしかけがあってもおかしくない。」
ミレンが周囲を警戒して見渡す。
勇者の首飾りごときが金貨より貴重だという考えには断固として賛成できないが、どうやらここは見かけほど安全な場所ではないらしい。
「というか、クリシェドはいったいどこにいったんだい?」
ミレンの問いかけにビンタ女の姿を探すと、ひとつの墓の前に跪いていた。
「おい、ビンタ女。なにをしている、遺跡は俺がみつけたのだから、ここのものは全て俺のものだぞ。」
「……『勇者ジョン、ここに眠る』。確かに文献に残されていた通りだ。ということは、これこそがあの勇者の首飾りだというのか?」
ビンタ女が震える指で墓にかかっている首飾りに手をのばす。
「クリシェド、それに触れてはいけない! 離れるんだ!」
ミレンの制止もむなしく、ビンタ女がなかば朽ち果てた首飾りに触れる。そのままそれを手にとろうとしたとき、冷たい風が吹いた。
「ごめんだけれど、君たちがそれを欲するのであればそれを持つに足るものか試す必要があるんだ。」
いつのまにか墓の後ろにボロ布をまとった一人の青年がたってビンタ女の手首を掴んでいた。
その体は透けていて、むかいの壁がうっすらとみえる。
「きっ、貴様は誰だ!?」
思わず首飾りを手放したビンタ女が飛びずさって距離をとる。その青年は首飾りをみずからの首もとにつけると、口を開いた。
「魔王を討ち大腐敗時代を終わらせた先代の勇者、ジョンさ。未来の人間たち。」
「ジョン、だと……?」
ビンタ女が唇をわななかせる。その目は信じられないとばかりに見開かれていた。
「まあ、厳密にはその残滓かな。この首飾りがふさわしくない人間の手に落ちることを防いでいる番人みたいなものさ。」
ジョンがにこにこと笑いながら首飾りを撫でている。その笑顔に俺はどこか見覚えがあった。
あれだ、巨大な岩を砕いた胡椒よりもこまかく粉砕するグロリヤ師が修行の時にみせる笑顔に似ている。圧倒的な強者特有の余裕の表情だ。
じわりと背筋に汗が流れるのを感じる。あのジョンとやら、そうとう強い。それこそミレンが赤ん坊に感じられるほどには。
「それで、そこの騎士さん。君がこの首飾りを欲しているのかい?」
「っ、ああそうだ! 聖領騎士団の誇り高き騎士としてその栄誉をわたしは」
「駄目だね。君にはこの首飾りを担う資格はない。死にたくないならすぐさま僕の墓の前から立ち去るがいいさ。」
冷たい目をしたジョンに切って捨てられたビンタ女が口をパクパクと動かす。まさかこいつ、本気でこの目の前の化け物のお眼鏡にかなうとでも思ったのか?
「次、そこの修道士の少年はどうかな? ……なかなか腕がたちそうだね、君は。教会が三百前から堕落していないようでよかったよ。どこの修道院かな?」
嘘をつけ、俺など片手間で倒せてしまうだろうに。そう内心悪態をつきながら俺は修道士としての正式な礼をした。
「聖イグラネウス修道院の福者、アドライトと申します。」
「また懐かしい名前を聞いたね。僕の旅の仲間も聖イグラネウス修道院の出身でね。いろいろとしごかれたものだよ。」
ジョンが目を細める。首飾りを撫でる手がとまり、吹き飛ばされそうなほどの殺意が俺を襲った。
「それで、君はこの首飾りが欲しいかい? 君ならもしかするということもあるかもしれないよ?」
首飾りか。俺はジョンの首にかかるぼろっちいそれを目にして考えた。あんなもの売っても金貨一枚すら手に入らないだろうな。
「いいえ、俺はそんなものよりも金貨が欲しいです。」
「はっ? 金貨?」
「ええ、金貨です。その首飾りは売っても高くなさそうなので。」
「……聖イグラネウス修道院の修道士がおうおうにして常識の埒外にいる風習も変わってなくて安心したよ。」
ジョンにどこか生温かい視線をむけられる。自分の思想が異端扱いされるのは理解できないが、大人しく黙っておくことにした。
「まあ、茶番はそのぐらいにして。この中で首飾りを欲し、なおかつその素養があるのは初めから決まりきっていたようなものだ。そうだろう、そこの旅人さん。」
ジョンの鋭い目がミレンにむく。
「それとも、今の聖剣の主。そうお呼びしようか?」
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