第15話
結局あれから俺は村人たち、とくにグローシュとマリアにおしきられ、別れる前の宴会につきあわされることになった。
小鬼たちは自らの食料や財産をすべて一緒に運んでいたのだが、それらがまるごと手に入って余裕があるのだ。
「えっ、修道士のおにいちゃんはコカトリスなんて倒したことがあるの! すっげえぇぇ!」
例の少年が俺から今までの話を聞き出そうとしがみついてくるのに心底うんざりする。何が悲しくて一銭の得にもならないのに武勇伝を口にしなければいけないのだ。
ちらりと視線をずらすと、遠くのほうでミレンが無数の子供に囲まれて剣術を披露していた。
子供が投げた小石を目にもとまらぬ速さで真っ二つにしていく。
そのたびに周囲から歓声があがっていて、ミレンもまんざらでもなさそうだった。そういえばあいつは故郷にいた時はよく年下の子供の世話をしていたらしいな。
「おい、お前。うざったいからミレンのほうにいってしまえ。あいつは旅人だったからもっと面白い話をしてくれるだろう。」
「え~~、嫌だ! おにいちゃんの話が聞きたいんだもん!」
少年をミレンに押しつけようとして失敗する。
俺が眉間にしわを寄せていると、ようやくその父親がやってきた。酒でも飲んだのか顔が赤らんだグローシュが隣に座ってくる。
「おい、グローシュ。息子をつれてどっかにいってしまえ。厄介でかなわん。」
「はは、おたわむれを。」
ニコニコと笑って息子を放任しているその姿に俺は軽い怒りすら覚えた。
「まさかあの高名な聖イグラネウス修道院の修道士様がこんな北の辺境にいらっしゃるとは、実に幸運なことでした。繰り返しになりますが感謝いたします。」
「礼などいらん。俺は金のためにしたまでだ。」
「それでもです、俺たちはあなた様のおかげで助かりましたから。」
グローシュが俺にむかってジョッキを差し出してくる。
「修道士様のお口にはあわないかもしれませぬが、うちの村自慢のエールです。小鬼に奪われていたこれを取り返してくださったのはアドライト様なのですよ。」
修道院や実家では度数の低いワインしか口にしたことはなかった。主に北のほうで飲まれているというエールは度数が高いことで有名だ。
見慣れない琥珀色の液体に一瞬躊躇するも、ええいままよと飲み干す。
とたん、喉に焼けるような感触が伝わってきた。初めて口にしたきつい酒に頭がぼーっとなってくる。
「アドライト様?」
心が多幸感につつまれ、視界がぼやけてきた。今まで騒がしいとしか感じられなかった酔っ払いたちの喧騒ががぜん楽しげに聞こえてきた。
「その、大丈夫ですか?」
まったく楽しくもない宴会につきあわされたことにむしゃくしゃしていたが、そんないらだちも吹っ飛んでいく。
ああ、気分がいい。俺はグローシュに懐の金貨を数枚なげやった。
「あ、アドライト様? これはいったいどういう……?」
「お前らの村は焼かれたのだろう、今後もいろいろと不安なはずだ。くれてやる。」
「なっ!? ですがこんな大金をいただくわけには……。」
金貨を受け取るのを渋るグローシュに俺は詰め寄る。その肩を掴んでぶんぶんと振り回しながら俺はすごんだ。
「なにぃ、俺の金が受け取れないのか! この無礼者めが!」
「……そこまでおっしゃるのなら、受け取らさせていただきます。このグローシュ、この御恩は一生忘れません。」
ぎこちないしぐさで金貨を懐にしまうグローシュに俺はふんすと鼻を鳴らした。そうだ、下民だというのならそうやって俺のいうことを聞いていればいいのだ。
ゆらめく焚火の炎がきらめいてみえる。俺はふらふらと闇夜の中をさまよいだした。
アドライトが近づいてくることにミレンが気づいたのは、周りにいた子供たちが寝ぼけ眼で眠り始めた後のことだった。
「修道士のおにいちゃん、だいじょうぶ?」
「う~、ひっく。俺が酒に飲まれているとでもいいたいのか、無礼な。」
顔を真っ赤にしたアドライトがあの少年に付き添われながらふらふらと歩いている。どうやらとてつもなく酔っぱらっているようだ。
あんな年端もいかない少年に酔っ払いの世話をまかせるわけにもいかない。
「アドライトの世話は僕がみておくよ。君はもう眠りなさい。」
少年から強引にアドライトを引き取ると、ミレンは宴会の中心から離れたところまで連れていく。
その間、アドライトは何度も足を滑らせかけていた。
「まったく、どれだけお酒を飲んだんだい? こんな悪酔いしてる君の姿を目にするのは初めてだよ。」
「まだまだ飲めるぞ、エールを二杯口にしただけだからな。」
エールを二杯。ミレンは目をしばたかせた。
ミレンも口にしたからわかるのだが、確かにこの村のエールは度数が厳しかった。だが、いくらなんでも二杯飲んだだけで前後不覚になるほど酔うことはないだろう。
「……もしかして君お酒に弱い?」
「にゃにをいうか! 俺は高貴な生まれだぞ、酒などへでもないに決まっているだろう!」
ああ、これは下戸だな。いきなり声を荒げ始めたアドライトにミレンは悟った。
そういえば、アドライトは修道院でも薄めたワインを口にしているだけだった。これほど強い酒を飲んだのは初めてだったのだろう。
「もっと酒をもってこい、いくらでも飲んでやる!」
「はいはい、ここで横になっておこうね。」
ただの酔っ払いとかしたアドライトの頭を膝の上にのせて横たわらせる。もうこのまま眠らせたほうが本人にとってもためになるだろう。
そう考えながら遠くで飛び交う歓声に耳を傾けていると、いきなり膝の上のアドライトが体を動かし始めた。
「どうしたんだい、いっとくけれどもうお酒はダメだよ。」
「いいや、よくみるとお前は美しいなと思ってな。」
予想外の言葉に一瞬思考が止まる。ミレンがばっと視線を下にずらすと、ぼんやりとした表情を浮かべたアドライトが手を上にのばしていた。
信じられない事態にミレンの体が固まっていることをいいことに、アドライトはその髪を弄びはじめる。
「お前の髪、美しい色だ。金貨と同じ黄金にきらきらと輝いている。」
あ、美的感覚の基準はやっぱりそこなんだ。羞恥心で頭に血が昇っているミレンはそんなどうでもいいことしか思い浮かばない。
「よし決めたぞ、俺が大司教となったその暁にはお前の髪と同じくらい美しい金貨を鋳造してやる。この俺の金貨の礎になれることを光栄に思うがいい。」
よくわからないことを口走りながらアドライトのまぶたがゆっくりと閉じていく。そのままアドライトは静かに寝息をたて始めた。
醜態をさらさずにすんだとミレンが胸をなでおろしていると、遠くからクリシェドがやってくる。ミレンの顔をみて不思議そうに首をかしげた。
「どうした、顔が真っ赤だぞ。酒を飲みすぎたのではないか?」
ミレンが頬に手をあてると頬が焼けるように熱い。
アドライトの言葉に自分で思っていたよりも心を揺さぶられていたと気がついて恥ずかしさで穴にでも潜りこみたくなる。
どうせアドライトは特になにも考えず僕の髪が金貨と同じような色をしていたからあんなことを口にしたんだろうな、そう考えるとミレンはムカッとした。
「なんだ、アドライトも酔っぱらってしまったのか。情けない奴だな。」
どこか嬉しそうな声色でクリシェドがしゃがみこむ。そのままアドライトの顔にのばそうとしたクリシェドの手をミレンは無意識にはらっていた。
「ミレン?」
ミレンの突然の行動にクリシェドがまた首をかしげる。自分でも思いもよらなかったことに、ミレンは鉛のように重い舌を必死に動かした。
「ほ、ほら、僕たち酔っ払いはここでのんびりしているからさ。クリシェドは宴をもっと楽しんでおいでよ。」
「む、それもそうだな。ここはミレンの言葉に甘えるとしよう。」
喜びを隠しきれていない足取りでクリシェドが再び宴会の輪に戻っていく。
その姿が十分遠ざかったことを悟ったミレンはへなへなと崩れ落ちた。夜空に吹く冷風にほてる体をさらす。
いつまでたってもこの熱は冷めそうになかった。
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