第14話

 あわてて逃げていく村人の様子を見つめながら、俺はため息をついた。


 あのグローシュとやらがあれほど無謀な反乱を企てていることを知ったときは愕然とした。


 確かにあれほどの大男なら素手で小鬼を数匹倒すことぐらいはできるかもしれないが、それでもその後に他の小鬼にボコボコにされることなど決まっている。


 そもそもよしんば小鬼を一時出し抜けたとして、その後に足手まといの村人をつれながら追手と戦うことなどできるものか。


 もしもこの小鬼の大群から逃げようというのなら村人を逃がした後に小鬼を一網打尽にできることが最低条件だろう。


「……おい、アドライトやら。お前、まさか裏切ったのか?」


「裏切るとは意味がわからんな、その言葉は人間と人間の間に成り立つ言葉だろう? お前は羽虫に忠義を誓うのか?」


「ガガガガガッ! ……お前ら、この不届きモノを殺してしまえ!」


 俺にむかって小鬼たちが飛びかかってくる。背後の村人たちは未だ橋を渡りきっていない以上、時間を稼ぐ必要があった。


「死ねぇぇぇっ!」


 一番最初の小鬼の頭を無造作な拳で粉砕する。


 その背後からつきだされてきた槍を掴んだ俺はそのままその小鬼を谷底まで放り投げた。


 悲鳴をあげて奈落に落ちていく小鬼を目にして他の小鬼たちが怯む。


「どうした、小鬼ども。散々ニンゲンを見下しておいて、いざ戦うとなれば逃げ出すのか? ……ああそうか、羽虫には記憶力がないのだったな?」


 だが、俺の挑発に顔を真っ赤にして文字通り四方八方から小鬼が襲いかかってくる。


 まずは正面から十匹単位で槍をつきだしてきた小鬼たち。掌底で槍を破壊しつつ、腹部への打撃で全員の内臓を破裂させる。


 口から血を吐きだしながら吹き飛んでくるのと入れ替えに、右から曲刀を掲げた小鬼が迫りくる。


 そんななまくらで俺の体を傷つけられるものか。腕を振り払った俺は斜面にその小鬼たちを叩きつけた。


 背後から忍び寄ってきた小鬼たちを迎え撃ち、心臓を抉りだす。


 手の中でどくどくと脈打つ心臓を握りつぶすと同時、首領が片手にこん棒をかまえて前に出てきた。


「お前、とてつもなく強いらしいな。」


「俺が強いのではない、お前らが弱すぎるだけだろう?」


「……お前だけはこの俺自ら殺してやる。おい、お前らは村人たちを襲え!」


 首領がこん棒を振り下ろしてくる。それを受け止めている俺の横を数十匹もの小鬼が通り過ぎていった。


「お前、俺たちを煽ってほかのニンゲンのもとにいかせないようにしたかったのだろう、残念だったな?」


 見抜かれたか、俺は舌打ちをする。あいつらはなにをしているんだ。


「ごめんごめん、遅れちゃったよ。」


「すまない、山越えに手間取った。」


 橋の上を村人たちにむかって駆けていく小鬼たちの前に飛び出してきたミレンとビンタ女がたちはだかる。


 次の瞬間、青い斬撃が駆け抜けた。


 ミレンにすっぱりと滑らかに切り伏せられた小鬼たちだったものの無残な破片があたりに飛び散る。それを目にした小鬼たちのもとに、騎士が吶喊した。


「おおおぉぉぉぉっ!」


 長大な槍が何匹もの小鬼を同時に串刺しにする。甲冑で身をつつんだビンタ女はその巨大な槍を振り回し、その周囲の小鬼を吹き飛ばした。




「お前、仲間がいたのか!?」


「切り札というのは最後までとっておくものだ、そうだろう?」


 首領が嵐のように振り回すこん棒を軽やかに避けながら、俺はニヤリと笑う。


 なんとか村人たちが橋の向かい側まで逃げることができたようだ。これでもう準備は完全に整っている。


 俺は怒り狂う首領とその背後の小鬼たちを橋の上まで誘い出していく。


「ガガガガガッ、押されているんじゃないか? さっきまでの威勢はどこにいったのだ、アドライトとやら?」


 俺の後退に気づいた小鬼の首領がようやく余裕を取り戻して笑みを浮かべる。


「うまく俺たちを出し抜けた気がしているかもしれないが、思い上がるなよ。この場を切り抜けたとしても俺たちは地の果てまで追いかけていく、どこまでもだ。」


ちょうど橋の真ん中までやってきていた俺も笑みを返した。


「そうだな、だからここで終わらせるか。」


 俺の言葉に小鬼の首領がきょとんとした表情をする。振るわれたこん棒を殴り返して距離をとると、深呼吸する。


「まさか……。」


 なにかに気がついたように小鬼の首領の顔が青ざめた。


「奈落の果てからでも追いかけてきてくれよ?」


 俺は足元の橋にむかって渾身の一撃を放つ。すさまじい力に晒された古びた橋には一瞬の間にひびが走り、崩落を始めた。


「じゃあな。」


「待てぇぇぇぇ!」


 小鬼の首領の怨嗟の怒号を背にして、俺は落ちていく橋の上を全速力で走り抜ける。


 背後では橋と運命を共にした小鬼たちがどんどん深い谷底まで落ちていく。


 凄まじい数の小鬼が絶望の表情を浮かべて死へと一直線にむかっていくその光景を目にして死の恐怖から解放された村人たちが歓声をあげた。


 ちょうど俺が橋を渡りきったところで、最後の橋脚が倒れていく。


「うん、考えを聞いた時はどうなるものやらと心配したけれどうまくいってよかったものだ。」


 ミレンがニコニコしながら飛びついてくる。それをあしらいながら俺はビンタ女に目をむけた。


「ビンタ女。」


「っ、なんだ?」


 俺が声をかけるとビンタ女が体をすくめて警戒してくる。


「お前もやればできるじゃないか。助かったぞ。」


「……うるさい。というかわたしはクリシェドだ。」


 ビンタ女の働きは意外だった。ミレンだけでは小鬼たちが通りすぎて村人まで辿り着かれるかもしれないと懸念していたがその必要はなかったようだ。


 それを口にするとビンタ女がなぜか頬を赤く染めてそっぽをむいている。変なやつだな、この俺がせっかく褒めてやったというのに。


「クリシェドだけずるいな~。僕も頑張ったのにな~。」


 ミレンが不満げに肩をもって揺さぶってくるのを無視していると、村人たちのほうがなにやら騒めいていた。


「アドライト、まさかお前初めからこのつもりで……。」


 グローシュが目を丸くしておどおどと歩き出してくる。その後ろのマリアもどこか申し訳なさげだ。


「グローシュか、ほんとうにお前には手を焼かされたぞ。なんだあのずさんな反乱は?」


「ぐっ、実は息子を失って自暴自棄になってしまっていてな……。」


「おとう!」


 なにやらぶつぶつと呟いているグローシュのもとへ、例の少年が駆け寄ってくる。


「小鬼と戦っている間は危ないからね、隠れてもらっていたんだ。」


 ミレンが自慢げに語る。近くの岩場に隠れるよう言い含めていたそうだ。


 少年の姿を目にしたグローシュとマリアは目からぼろぼろと涙をこぼしながら抱きしめた。そのまま親子の再会をかみしめている。


「このお礼はいったいどうすれば……。」


「さっきは散々なこと口にして悪かったね。償いだ、いわれたことはなんでもするさ。」


 ひとしきり涙を流した後、おずおずとグローシュとマリアが近づいてきた。


「ふん、ほんとうに俺に感謝しているのならきちんと金で誠意をみせるんだな。お前の息子とやらはそのあたり立派だったぞ。」


 懐に納めていた銅貨をみせると、周囲の村人がわなわなと体を震わせる。


「こんなはした金でわしらを助けてくれるとは……。まさに聖人様じゃ!」


 いきなり泣き出しながら足もとにすがりついてきた老人を引き剥がそうとやっきになる。


 周りの村人たちもその場にいきなり座りこんで俺を崇め始めた。


「いったいなんなんだ、こいつらは!?」


 俺は金を受け取ったぶんきちんと仕事をしてやっただけだ、なのになぜこいつらはこんなにもありがたがっている? 俺は悪態をつきながらも困惑の極みにあった。

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