第13話

 アドライトが密告をしたところ、小鬼の首領はすぐさまグローシュとその一味を捕らえて縄で縛った。


「アドライト、お前っ……!」


「へへ、それで小鬼の親分。もしよかったら俺も小鬼の皆さんの仲間に入れてもらえませんかい?」


 グローシュが睨んでくるなか、アドライトは小鬼の首領にすりよる。お互いあくどい笑みを浮かべたアドライトたちはがっちりと握手をかわした。


「アドライトとやら、なかなか見どころがあるじゃねえか。いいだろう、お前を仲間に加えてやる。それでなにか報酬は欲しいか?」


「金貨が実は俺の大好物なんでさ。」


「ガガガガガッ、自分の欲望に忠実な正直者は大好きだ! いいだろう、これから働きに応じて何枚でも金貨をやろう。まずは3枚だ!」


 小鬼の首領から金貨を受け取るアドライトをグローシュが睨む。そんなグローシュに近寄った首領は無造作に頭に蹴りをいれた。


「ぐっ!」


「……さて、この謀反の首謀者め。どう落とし前をつけてくれる気だ?」


 小鬼たちがたかり、殴る蹴るの暴行をくわえ続ける。鈍い音が響くたびに遠巻きにその様子を見させられていた村人は目をそらさざるを得なかった。


 ずいぶんと長い間暴力をふるわれたグローシュは全身あざだらけでぐったりとしている。


「おい、もう殺しちまおうぜ。」


 小鬼の一人が槍をグローシュの首にあてがった。手足を拘束された仲間たちは何もすることができずにその様子を見つめることしかできない。


「おら、小鬼様たちに逆らったことをあの世で後悔するんだブヘラァッ!!」


 今にも槍を首に突き刺そうとしたそのとき、小鬼が吹き飛ばされる。


 飛び出してきたのはひとりの中年の女だった。片手に気絶した小鬼の頭をわしづかみにして振り回している。


 あっという間に周りの小鬼をのしてしまったその女はすぐさまグローシュの縄を解いた。


「マリアっ! なにをしている、もしもの時は俺など見捨ててしまえとあれほど何度も言っただろう!」


「へっ! 惚れた男のために命をはらないで何が夫婦だい!」


 マリアと呼ばれた女はすぐさまほかのグローシュの仲間の拘束も解くと、小鬼の首領を睨んだ。


「まだお仲間がいたというわけか。だがもう終わりだ、お前らやってしまえ!」


 小鬼の首領が部下の小鬼たちをさしむける。それらをバッタバッタとなぎ倒しながらマリアは小鬼の首領へと近づいていった。


「ぶへえっ! なんだこの怪力は!」


「があっ! 腕が丸太のようにふてぇ……。」


 小鬼たちが文字通り宙を舞う。マリアという名のその女はまさに無双していた。


 いける、とマリアは確信する。今や首領の目の前までやってきたマリアはその顔に浮かぶ恐怖の色までしっかりと捉えられた。


 ここで首領さえやってしまえば小鬼たちの統率は乱れ、逃走の隙がみえるはずだ。その一縷の希望にすがってマリアはどしどしと進撃を開始した。


 だが、小鬼の首領も一筋縄でいくような相手ではない。


 口笛を吹いて合図をすると、森の奥から後詰めの小鬼がわらわらと飛び出してきた。


「なっ!」


「ガガガガガッ! 馬鹿なニンゲンどもめ、切り札というのは最後までとっておくものだ!」


 無数の増援にマリアがどんどんと押されていく。それでも力を振り絞ってマリアは戦い続けていた、その時だった。


「へへへ、動くな! 抵抗するとこいつらがどうなってもいいのかい……。」


 アドライトの憎たらしい声があたりに響く。


 マリアが振り返ると、アドライトはまわりの仲間を倒したうえでグローシュの首もとに手をかけていた。


「お、俺のことはかまうな。マリア、そのまま首領の首をとれ……。」


「お前はいったん黙っていろ。」


 息も絶え絶えに口を開いたグローシュが頭を殴られ、沈黙する。マリアは動きを止めた。


「馬鹿……。」


「しかたがない、そもそも反乱そのものがむちゃくちゃだったんだ。あの増援を知らなかったのならもう反乱は無理だったってことさ。」


 かくしてグローシュの反乱は終わりをむかえてしまったのだった。




「さっさと殺せ、俺もマリアもだ。死ぬ時ぐらいは同じがいい。」


「言われなくともそうしてやる。」


 グローシュが小鬼の首領にむかって唾を吐く。小鬼の首領は怒りに満ちた目でグローシュを睨んだ。


「お待ちください、親分。俺にいい考えがあります。」


 そこにアドライトがやってくる。その目つきは実にいやらしいものがあった。


「こいつらは自分の死を覚悟していますさ。そいつらを殺したところで親分の気分は晴れません。ここはひとつ、集団責任といきましょうや。」


 アドライトがじっと村人たちのほうを見つめる。その言葉の意味を理解したグローシュは思わず叫んだ。


「なっ、この外道! お前には人の心ってものがねえのか!」


「うるさいなあ、黙っとけ。」


 次の瞬間、グローシュの頭がアドライトに蹴られる。


「どうです。今の反応をみるに、反乱の罪で村人全員を殺した時の表情は絶対に親分が満足するようなものになりますぜ。」


「このニンゲンどもは小鬼の砦を築くために使うつもりだったが気が変わった。素晴らしい意見ではないか。」


 小鬼の首領が顔を歪ませる。喜色を隠そうともしないで首領はアドライトに尋ねた。


「それで、いったいどうやって村人たちを殺すつもりだ?」


「ここから先には谷がたくさんあって橋もありますでしょう? その橋の上に村人たちをたたせ、橋ごと全員まとめて落としちまえばいいのでさ。」


「……アドライトとやら、最高だ。金貨五枚くれてやる。」


 自らの悲惨な最期を知った村人たちが恐怖で青ざめる。その様子を小鬼たちは嘲笑した。




 深く、険しい崖にかけられた橋のひとつにさしかかる。アドライトは隣の首領に話しかけた。


「この橋でやりませんか、首領。」


「ガガガガガッ、よかろう。火薬をもってこい!」


 小鬼たちが橋のたもとに樽につめられた火薬を用意する。後はそこからのばされた縄に火をつけるだけで橋はあっという間に崩れ落ちてしまうだろう。


 小鬼たちが橋を渡っていく。その後ろには村人たちが残されていった。


「ん? あのニンゲンの手足は縛らんでもいいのか?」


「……火薬に火がつき、崩れ落ちていく橋の上を走り回る姿をみるのもまた一興かと。」


「それもその通りだな、アドライト。ガガガガガッ、実に楽しみだ!」


 アドライトと首領の足もとにはグローシュとマリアが転がされている。


「頼む、アドライト。後生だから村の連中だけは逃がしてやってくれ……。」


「この性根のねじ曲がった腐れやろうめ! 恥はないのかい恥は!」


 二人の絶望に彩られた表情を心ゆくまで観賞した首領のもとに、全ての準備が整ったとばかりに手下の小鬼が縄をもってきた。


「親分、その縄に火をつけるのは俺がやってもいいですか? ここだけの話、俺こういうのが趣味でして……。」


「ガガガ、かわいいやつだな。褒美だ、存分に楽しむがいい。」


 首領から縄を受け取ったアドライトは二人を引きずって橋のたもとまでむかう。


「あぁぁぁぁあ、俺のせいだ、俺がこんな反乱など企てなければ……。」


「っ! 地獄に落ちてでもあたしはあんたを一生呪ってやる! このクズめ!」


 アドライトの背後では小鬼たちが橋が崩れるのを今か今かと待ちわびている。


 そんな小鬼たちに気づかれないよう、俺は深い後悔と激情でぐちゃぐちゃになっているグローシュとマリアたちの手足の縄を解いた。


「は?」


 俺が二人の耳もとでささやく。


「いいか、すぐに橋をつたって向かい側まで逃げろ。村人たちも連れていくのを忘れるな。」


 なにを言っているのか理解できていないふうに俺を見あげるグローシュにため息をつきながら、俺はその尻を蹴飛ばした。


 弾かれたように二人が村人のもとに駆けだしていく。


「む? あいつらも同じように殺すつもりなのか、アドライト?」


 首領の困惑したような声を耳にしながら俺は縄に火をつけることなく谷底に放り投げた。

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