第12話
村から小鬼たちの残した足跡を追って森の奥深くへと進んでいった俺たちはやがて小さな尾根を登っていく小鬼たちとその人質たちの姿を目にした。
思わず走り出そうとした少年の首根っこを掴み、窪地に隠れる。
「ミレン、あの小鬼たちは村人たちでなにをするつもりなのかわかるか?」
「南のほうにむかっていたのなら奴隷として売るつもりなんだろうけど、北にむかっているね。この先は巨大な山脈があるだけだから見当もつかないかな。」
ここから先は延々と森が続き、それすら越えると天にも届くかというほどの壮麗な北の山脈と凍った平原に辿り着く。
夏はともかくとして冬になれば魔物ですら生きることが難しい極寒の大地にむかう小鬼たちの目的はいったいなんなのだろうか。
「それよりも、いったいどうやってあの小鬼の大群を打ち破るつもりだ。まさかなんの策もなしに吶喊するわけではないだろうな?」
ビンタ女が小鬼たちを険しい目つきで睨みながら口をとがらせる。
「おい、ミレン。この先の地形を知っているか?」
「もちろん、何度も旅をしたところだからね。」
ここからしばらく先に進むと、北の山脈に続く山地が姿を現すのだという。渓流にかかった橋を結びながら唯一の山越えの手段である道があるそうだ。
「橋か。それはどんなものだ?」
「曲がりなりにも北の山脈の一部だからね、谷も深いものだからはるか昔からある立派な石造りの橋がたくさんかかっているよ。」
ミレンの言葉を聞いて、俺はとある考えが思い浮かぶ。ミレンの聖剣の力をつかえばなんとかなるかもしれない。
俺はミレンとビンタ女に作戦の説明をする。
その内容を耳にした途端、ミレンが眉をひそめる。二人の呆れたような視線を無視した俺は強引に決定した。
「ガガガッ、これでもう北にニンゲンはいなくなったわけだな。」
「そうですな、首領。ここは晴れて俺たち小鬼の領地ですぜ。」
襲撃して手に入れた村人をひきつれながら、小鬼たちの一団は道なき道を進んでいった。
「そういえば山越えはいったいどうするんですかい? 直接山を登ろうにも後ろの ニンゲンはついてこれねえでしょうし。」
「万が一にでもニンゲンの領主に動きを知られては困ると森の中を移動してきたが、今となってはその心配もねえ。どうどうとニンゲンの作った道で越えるさ。」
暫く進んで森から街道に出た小鬼たち。その後ろをついていく村人たちは絶望の境地にあった。
「結局病人やけが人はみんな小鬼に殺されちまったな。」
村人の中でもひときわ体の大きい男が隣の険しい顔つきの男に話しかける。
「やはり領主の援軍などあてにならんな。すぐに動けるものだけで逃げればよかった。」
「そこのニンゲンども、いったいなにを話している! 黙らんか!」
小鬼に一喝されたその大男は口をつぐむ。しかしその瞳には小鬼に対する憎悪の炎があった。
「まったく、ニンゲンってやつはこっちがいい顔してりゃつけあがりやがる……。」
「首領、斥候からの報告が!」
後ろの騒ぎを聞いていた小鬼の首領が愚痴をこぼしていると、前から伝令の小鬼が駆け寄ってきた。
「ここからしばらく進んだ先で旅人の格好をしたニンゲンがこちらに近づいてきているそうです。」
「旅人のニンゲン?」
小鬼の首領はいぶかしんだ。もう北の村はあらかた潰したはずだ、そんなときに旅する人間がいるはずなどもなかった。
「まあいい、捕まえてここに連れてこい。」
小鬼の首領は何人かの部下に命じる。ほとんど抵抗もせずにつれてこられたというその旅人はすぐさま首領の前へと引き出された。
「ひっ、ひぃぃぃ! 何でもするから殺さないでくれぇ!」
「騒がしいぞ、黙れ!」
恐怖でブルブルと震えているところを小鬼にこづかれて口を閉じる。整った容姿をしているその少年は名前をアドライトと名乗った。
「で、お前はなにものだ?」
「じ、実は俺は詐欺師やってまして。修道士のふりして金持ちから金を巻きあげてたんですが領主様にバレて北に逃げてきたんですよ。」
背後で話を聞いていた村人の視線が冷たいものになる。小鬼の首領はしばらく考えこんだ。
嘘をつく理由もないから、こいつはおそらく本当に犯罪者なのだろう。この卑屈な態度をみるに、こいつは自分のためなら喜んで同族を裏切るかもしれない。
もしかすると、人間の内通者として使えるか……?
小鬼の首領はにやりと笑みを浮かべる。そしてこのアドライトとやらも連れていくことにした。
自分の命が助かるとわかると、アドライトは気味の悪い愛想笑いをうかべてそそくさと村人の中に加わる。
再び小鬼の群れは行軍を開始した。
その日の夜。見張りの小鬼に囲まれて村人たちは野営地で野宿をさせられていた。
昼間に小鬼にとらえられたアドライトははしっこで金貨をとりだしては磨いている。そこにあの大男が声をかけた。
「おい、そこの若いの。」
「ひっ、はい。いったいなんのようでしょう?」
どこかこちらに媚びるような笑みを浮かべながらアドライトという少年が近づいてくる。
「その金はいったいなんなんだ?」
「ああ、この金貨ですか。詐欺を働いている時に荒稼ぎしたモノですよ。愛娘の病気が治ると嘘をついたらすがりついてきた大商人から奪いとったんです。」
アドライトが月光にすかして金貨をうっとりとした目つきで見つめる。大男の周りの村人たちは軽蔑の色を隠そうともしなかった。
「……まあ、それはどうでもいい。お前、なかなかやれるだろ?」
大男はアドライトの体に視線をやった。ほどよく筋肉がついて引き締まった体だ。
かつて傭兵として戦場で幾度となく剣を交えた経験のある大男はアドライトの体が戦うもののそれであることを見抜いていた。
「えへへ、それほどでも。昔、盗賊やってたもんです。」
「グローシュさん、やっぱりこいつを誘うのはやめときませんか。こんな盗賊崩れの詐欺師なんて信用できませんよ。」
大男の周囲の村人が不満げに抗議する。グローシュと呼ばれた大男はその不平をなだめるように言い聞かせた。
「しかたがないだろう。そもそも手数が足りないのだ、詐欺師だろうがなんだろうが使える者は使うべきだ。」
グローシュがアドライトにふりむき、耳もとに口を近づける。
「いいか、実は俺は領主のもとで働いてる騎士に知り合いがいる。これから俺のいうことに従ってくれれば詐欺師の罪をチャラにしてくれるようとりあってやろう。」
「っ! グローシュさんだっけ、俺あんたのいうことはなんでもするよ!」
罪を取り消すよう計らうと耳にした途端、アドライトの目が輝く。こういう手あいは見返りを用意すればうまく利用できるとグローシュは経験上知っていた。
「実はだな、俺たちは時が来たら小鬼どもをぶっ飛ばして逃げることを決めている。」
グローシュが小鬼への反乱を口にする。その計画の詳細を説明しながらグローシュはアドライトの反応を伺った。
やけにこぎれいな修道服を身につけたアドライトは真面目な表情で何度も頷いている。その端正な顔もあって本職の修道士と呼ばれてもおかしくない姿だった。
この分なら信用してもよさそうだ。グローシュはそう確信しながらアドライトにしてほしいことを伝えた。
「いいか、俺が二回口笛を吹いたら合図だ。すぐに近くの小鬼から武器なりなんなりを奪って大暴れしてくれ。その後のことは伝えた通りだ。」
「任せてください。そういうのは俺、得意だ。」
アドライトがニヤニヤと頷く。それを最後にグローシュとアドライトは解散した。
翌朝、グローシュは反乱のことを考えながら歩いていた。
アドライトは性格はともかくとして手練れの戦上手であることは間違いない。これは心強い味方を手に入れた。
反乱の行く末にようやく希望がもてたことに安堵しながらグローシュは目でアドライトの姿を探す。
ん、なぜ小鬼の首領の近くにいるんだ?
「へへへ、小鬼の親分。あそこのグローシュってやつが反乱企ててますぜ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます