第11話

 森はどこまでも続いている。


 俺たちがダレスと別れてからすでに三日は経とうとしていたが、それにもかかわらず人の姿を見ることはなかった。


 そのかわりに目にするのはいくつもの廃村だ。


「僕がこのあたりを旅していた時からもっとひどくなっているね。魔物の活動が増えてどんどん人間が南へと追いやられていっているんだ。」


「魔王の再臨が近づいているという神の啓示が教皇にくだされたという噂もある。なににしろ物騒な話だ。」


 魔王は数百年おきに姿を現しては地上に地獄の惨劇をおこすという。古書によると海は濁りきり大地は腐り落ちてその後数十年は疫病と飢饉が猛威をふるうらしい。


「むっ、あれは煙……?」


 いきなりビンタ女が森の奥を指さす。木々の上にたなびく煙の跡がここからでもはっきりとみえた。


「あの煙の量は異常だ、村が襲撃をうけているのかもしれない!」


 ミレンが駆け出す。あわよくば恩を売って金をせしめられるかもしれないと考えた俺もその後ろをついていった。




 俺たちが村に着いた頃にはすべてが終わっていた。


 家という家はすべて焼き払われ、後に残っているのは消し炭だけだ。死体の数が少ないことをみるに村人はどこかへと連れ去られていったのだろう。


「っ! 間にあわなかったか!」


 ビンタ女が歯を食いしばる。


 残念だがこの村ももう終わりだろう、それならば金目のものを持っていっても罪には問われまい。俺は村の残骸をあさり始めた。


「アドライト、貴様はなにを……。いやいい、貴様は救いようのないほどの屑だったな。」


 ビンタ女が軽蔑のまなざしをむけてくる中、俺はせっせと建物の残骸をどけていった。だが、下敷きになっていたのは布切れや鍋などガラクタだらけだ。


 それでも燃えカスの中に手を突っこんでいると指先に柔らかいものが触れた。


 なんだ、干し肉でも埋もれているのか? 俺は手を泥まみれにしながらその一帯を掘り起こす。


 中から出てきたのは一人の少年の体だった。


「まだ息がある。だがひどく衰弱しているな、マントをよこせ!」


 俺は助け出した少年をマントにくるませ、火の近くによせていく。ミレンがその口にふやかしたパンをねじこんでいった。


「アドライト、もしかしてこうなるとわかっていて……?」


「いや、ただの偶然だ。それにしても村の財産がどこに隠されているのかを聞き出せるかもしれない。幸運なことだ。」


 ビンタ女がなにやら俺のことを感激したかのように見つめてくるので訂正する。


 これほどの規模なら、必ずどこかに共用の倉庫があるはずだ。もしかすると金貨の一枚や二枚が眠っているかもしれない。


 しばらくして目を覚ました少年は青ざめた顔のままながらもことの顛末を話した。




 もともとこの森は魔物が活発で、よく開拓村は魔物の襲撃にあっていた。だが、今年の冬はそれまでとは比べ物にならないほど苛烈なものだったそうだ。


 あっという間に村がつぎつぎと攻略され、焼き払われていった。


 少年たちが暮らしていたこの村は規模が大きく、周辺の集落の中心のような役割を果たしていたらしい。


 だから、魔物に襲われた周囲の村の人々が次々と逃げこんできたのだという。その中には多くのけが人や病人がふくまれていた。


 森から集団で避難しようにも彼らを魔物が跋扈する中に見捨てていくわけにもいかない。


 まだ戦える大人たちが話しあった結果、領主からの援軍がやってくるまでこの村にたてこもることになったらしい。


 だが、待てども待てども領主へと送った使者も援軍も姿を現すことはなかった。


 そうしてついに昨晩村の守りは破られ、その場で生きていた人々はみな魔物に連れ去られていったのだという。


「その魔物の正体というのはなんなのかな?」


「わからないけど、おとうは小鬼だって言ってた。」


 ミレンの問いかけに、少年が恐怖の色を鮮明にしながら答える。


 小鬼とは、背丈が人間の腰までしかないような小さな魔物のことだ。とにかく数が多くて辺境の村ではもっとも危険であるとされる。


「領主の援軍がこなかったのは恐らく……。」


「クラーケンのせいだろうな。やつが港町のあの狭い海峡を封鎖していたに違いない。」


 魔王が裏で手をひいているのかなんなのかはわからないが、もしそうならば実に狡猾だ。この村はじわじわと押しつぶされるのを待つ運命にあったのだ。


「立派な甲冑を身につけている騎士様、助けてください。」


 少年がふらふらと立ち上がりながらビンタ女にすがりつく。


「小鬼たちをやっつけておっかあとおとうを助けてください! お願いです、なんでもするから!」


 少年の懇願にビンタ女が顔を歪ませる。少年の肩に手をおいて言い聞かせるように語った。


「すまない、少年。この村を襲った小鬼はみたところ数百はくだらんだろう。それほどの大軍を相手取るにはわたしはあまりにも無力だ。だから……。」


 少年がわななく。そのままビンタ女の胸元を掴んだ少年が泣きながら叫んだ。


「そんな、だって、おっかあもおとうもまだ生きてるんだ! まだ助かるんだ!」


「すまない、すまない……。」


 ビンタ女が少年から視線をそらす。少年は絶望したように地面に崩れ落ちた。


 どうやらビンタ女との話は終わったらしい。俺は少年を起きあがらせると問いかけた。


「村のどこに財産を隠していたか知っているか?」


「アドライト、貴様は!」


 ビンタ女の怒声を無視して少年の目を見つめる。面食らったように固まっていた少年がのろのろととある家の残骸をさししめした。


 そのあたりを掘ってみると、確かに数枚の硬貨がでてくる。


 だが、どれもこれも銅貨ばかりで金貨や銀貨は一枚もなかった。おそらくは冬越えで金は使い切ってしまったのだろう。


「ふん、これはお前のものだ。村に生存者がいなければ俺のものにできたのだがな。」


 俺はその金を少年に放ってよこした。少年がそれを危なげに手で捕まえる。


「今さらこんな金もらったって……。」


 少年がうつむいてぼやく。俺はその言葉は聞き捨てならないとばかりに眉を持ちあげた。


「今、お前はその金を侮辱したか?」


「は?」


「お前がその数枚の銅貨をはした金だと見下したのかと聞いているんだ。」


 俺が詰め寄ると、少年がびくりと肩を震わす。恐る恐る頷いた少年に俺は深いため息をついた。


 やはり農民の子は農民だな、この銅貨のいぶし銀の魅力は伝わらんらしい。


「いいか。この銅貨はグラスマラ銅貨といってだな、古来海を支配したマルマニア商人が各地で使用していた基軸通貨ともいえる素晴らしい銅貨だ。現在でも広く流通し、世界の経済を下から下支えしている銅貨なのだ。それをなんだ、こんな金などもらってもしょうがないなどとお前はほざくのか? お前と二千年の歴史、そのどちらのほうが重みがあると思っているのだ? そもそも……。」


「アドライト、そこらへんにしといたら。僕もだけど、この少年も困惑してるよ。」


 ミレンが俺の頬をひっぱって無理矢理言葉を途切れさせてくる。聖書の読み上げよりもはるかにありがたい話を聞かせてやっているというのになんとも無礼なことだ。


「それで、何が言いたいのさ。」


「お前が手に持っているその金はこの上なく価値があるということだ。」


 だが、未だ少年は俺のいうことが納得がいかないようだった。不満げに眉をひそめながら言い返してくる。


「でも、修道士のおにいさん。こんなんじゃ傭兵も雇えないじゃないか。」


「なにを試してみる前から諦めているのだ。心ある者なら喜んでひきうけるに違いない。」


 少年がようやく理解してきたようだ。目を希望に輝かせながら、俺に駆け寄ってくる。


「それじゃ、おにいさんはその心ある者だっていうの?」


「さあな、試してみんことにはなんともいえん。だが、俺は世界で一番金を愛する男だ。」


 ビンタ女が信じられないとばかりに俺のほうを見つめてきた。


「貴様、いくら小鬼とはいえ数百もの大勢と戦うことがどういうことなのか理解しているのか? そもそもその銅貨数枚ではまったく釣り合わないだろう。」


「いいんじゃない? 僕は賛成だよ。故郷の村を滅ぼされる気持ちは痛いほどわかるからね、馬鹿になって暴れてみるのもいいんじゃないかな。」


 ビンタ女と違ってミレンはやる気のようだ。獰猛な笑みを浮かべながら聖剣の鞘をなでている。


「どうした、ビンタ女。俺に勝つんじゃなかったのか?」


「っ、クリシェドだ! いいさ、だが窮地に陥ったのならわたしはすぐに貴様らを見捨て、少年を連れて逃げさせてもらうぞ!」


 ビンタ女が頬を膨らませてそっぽをむく。


 ついてくるのは勝手だが、クラーケンの時のように足手まといになられるのは困るな。まあ、今度もダメなようなら置いていくか。


 少年が意を決したように握りしめた銅貨を差し出してくる。


「お願いです、修道士様! この銅貨で、おっかあとおとう、村のみんなを助けてください!」

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