第6話
コカトリスの頭上から巨大な黄金の塊が落下してくる。突然のことになんの反応もできずコカトリスは純金の下敷きとなった。
「どうしてここにきたんだ。そのまま修道院まで走っていけばよかっただろう!」
「この俺が金づるを逃がすわけないだろう。」
いくら黄金に変わった巨岩に押しつぶされたからといえ、コカトリスが死ぬわけがない。
黄金が毒で溶かされる嫌な音が響く。
「何をバカなことを言って……! とっとと僕を見捨てて逃げるんだ。」
いまだ逃亡を諦めていないらしいミレンを俺が馬鹿にしていると、コカトリスが金の固まりの中から這い出てくる。
そのコカトリスの閉じられた瞳が開かれると同時、俺は駆けだした。
黄金の塊の中にいたとき、予想通りコカトリスは目をつぶっていた。俺のとある考えを裏付けるその結果に満足しながら、素早く作戦をたてる。
一方、コカトリスはなかなか視界にとらえられない俺に業を煮やしたのか、猛毒の羽根をまき散らしていた。
落ちてくる羽根を片っ端から黄金に変えていると、コカトリスの動きがとまる。
そして俺のほうに飛ばしていた羽根を動くことのできないミレンにむかって投げつけ始めた。
獣のくせになかなかどうして頭は働くではないか。
俺の貴重な労働資源を失うわけにはいかない。舌打ちをした俺はミレンを背に庇った。
降り注ぐ羽根を手で触れて黄金に変えていく。しかし、流石の俺もすべての羽根を捉えることはできず、ついに一枚の羽根が俺の手の間をすり抜けた。
「アドライト!?」
左の目に激痛が走り、おもわず声をもらす。よりにもよって眼球に触れたらしい。
毒が全身にまわる前になんとかしなければならない。俺は左目に手をやり、眼球を黄金に変えた。
すぐに毒による痛みがひいていく。片目と引き換えとはいえ一命をとりとめたようだ。
鶏モドキふぜいに左目をもっていかれるとは実に屈辱的だ。
必ずその首を絞めてやると睨んでいると、コカトリスは勝利を確信したのかゆうゆうとした足取りで俺に近づいてくる。
その頭が持ちあげられ、必殺の視線が向けられようとしたその瞬間、それこそが俺の待ち望んていた時だった。
俺は黄金に変えた砂を宙高く投げつけると、ミレンのうえに覆いかぶさる。そのうえから黄金に変えたマントをひっかぶった。
俺とミレンが黄金につつまれる。それを目にしたコカトリスはなにが起きたのかもわからぬままに命を落とした。
俺の作戦は極めて単純で、コカトリスを殺すのにコカトリスの力を利用するというものだった。
コカトリスは視線の先のモノを即死させるという。ならば黄金で光を反射させてコカトリスにコカトリス自身を見せればよかったのだ。
コカトリス自身もその危険性は重々承知していたらしく、今まで黄金には決して目をむけないようにしていた。
黄金の塊に押しつぶされた時に目をつぶっていたのも、その一例である。
だからこそ、俺はあえて自分を窮地に追いやることでコカトリスを油断させ力を使わせた。
そのあとは簡単だ。俺のかわりに黄金に変えたマントを目にしたコカトリスは、そこに映った自分の姿を視界にとらえてしまった。
頭上から降り注ぐ黄金の砂によって、尾についたヘビの頭をふくめた全身も見てしまったコカトリスは自らの力で自害したというわけである。
なんと頭がいいのだろうか、俺は。コカトリスの死体の前で俺は高笑いした。
「これでもう逃がさんぞ。ミレンにはまだまだ木を切ってもらわなければいかんからな。」
しびれて体が動かないのであろうミレンを抱きあげる。
「アドライト、その目は……?」
ミレンが信じられないといわんばかりのか細い声で俺の左目を指さした。その瞳がゆらゆらと揺れている。
「ん? まぁ、しかたがないことだ。俺の左目も黄金に変わったのなら文句はないだろう。」
「馬鹿なことを言うんじゃない、僕を見捨てさえすればそんなことにならずにすんだのに!」
どうやらミレンは俺が左目を犠牲にしてまで自分を連れ戻しに来たことが信じられないらしい。
まったく、常々頭がよろしくないとは思っていたがここまでとは。俺はため息をついた。
「俺は金のためならなんでもやるというだけだ。お前が死んでは宿泊代を取り立てられないからな。」
「……っ! ほんとうに君ってやつはっ!」
ミレンが大粒の涙をこぼす。そのまま俺の胸に顔を埋めたまま泣き続けた。
なんだ、こいつは? いきなり泣きはじめたミレンに俺は困惑する。それほど俺から逃げられなかったのが悲しいのだろうか?
「なんと素晴らしい! コカトリスを討伐するとはさすが私の自慢の弟子です。」
修道院に戻ってコカトリスを倒したと報告すると、グロリヤ師がニコニコと褒め称えてくれた。
「いいえ。信仰に不可能はない、そうでしょう?」
「まぁ……!」
グロリヤ師が感激のあまり涙を流し始める。深い信仰を持つ同志であるグロリヤ師にこれほどまで喜ばれるとこちらも嬉しくなってくる。
「過去の偉大なる聖人すらコカトリスを討伐するためには刺し違える必要があったというのに、よく戻ってきてくれました。よく休みなさい。」
グロリヤ師の言葉に、張りつめていた緊張がきれる。気が抜けた俺はグロリヤ師の前から失礼すると、そのままベッドの上で惰眠をむさぼった。
ベッドの上でかすかに寝息をたてて泥のように眠るアドライトの顔をそっとミレンは覗きこんだ。
ミレンが浴びたしびれ毒はそれほど深刻なものではなかったらしい。薬を飲んだ後は驚くほど元通りになった。
「まったく、助けに来た君が僕よりもボロボロになってどうするのさ……。」
ミレンの指がアドライトの前髪をはらう。左目にまかれた包帯が実に痛々しかった。
あれほど他人にすがりついて泣いたのは村で暮らしていた時以来だっただろうか。恥ずかしさで顔が赤くなるのをミレンは感じた。
アドライトという少年をミレンは見くびっていたのだ。
崖の下につき落としたぐらいでこの少年がミレンを見捨てるはずがなかったのだ。
アドライトは口では金しか信用していないといっているが、ミレンは今ならそうではないと断言できた。
もしアドライトが自分の言うように強欲で腐りきった修道士なら左目を失ってまでミレンを助けに来るはずがない。
ミレンはアドライトがとびっきりに優しい人間だと理解していた。
「あぁ、ほんとうに卑怯だな。」
ミレンの胸がきゅっと締めつけられる。
今までずっと孤独だった。ずっと自分の心を押し殺して、ただひたすらに使命のために旅してきた。
「そんな僕をあんなふうに助けてくれるだなんて、」
そんなもの、耐えられるはずがない。
ミレンは今まで押さえつけていた感情がむくむくと起きあがってくるのを感じた。アドライトへの執着が湧きあがってきて心を塗りつくしていく。
ああ、アドライトが愛しい。
そのつややかで淡く光を反射する白い髪が、桜色に色づいている小ぶりの唇が、今はまぶたに閉ざされてみえない栗色の瞳が、ひんやりと冷たくて血色の悪い頬が、なにもかもが愛しくて愛しくてたまらない。
体から溢れてくる熱を抑えこむようにミレンは胸元に手をやる。
自分は勇者なのだからこんな感情を抱いてはいけないとわかりながらも、もう我慢などできるはずがなかった。
「ほんとう、卑怯だ……。」
せつなくてせつなくてしかたがない。ミレンはアドライトの手をぎゅっと握った。
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