第4話

 さて、トロルの腹の中にはいったいどれほどの財宝が眠っているのだろうか。


 希望に目を輝かせながら、俺はトロルの死骸を検分する。胸に開いた穴から腹のほうまで辿っていけそうだ。


 ふと旅人が俺をじっと見つめていることに気づく。


「言った通り、分け前などやらんぞ。」


「いや、そうじゃなくて。トロルを素手で倒せる人間なんて僕の村じゃ聞いたこともなかったから驚いてるんだ。君はいったい何者なんだい?」


「通りすがりの聖職者だ。」


「それにしては強欲すぎないかな?」


 ひきつった笑みを浮かべる旅人を無視して、俺はひたすら泥にまみれながらトロルの腹の中をまさぐる。


 しかし、まさぐっても手に触れるのは土くればかりで宝石などひとつも出てこなかった。


「言い忘れてたんだけれど、トロルの財宝は迷信だよ。」


 旅人の言葉に俺は固まる。ということは、俺は無駄に泥まみれになっただけだというのか。


 ふつふつと怒りが湧いてくる。


 修道院に戻ったなら、トロルのことについて書いてあった書物は燃やしてやると決意しながら俺はトロルの腹から這いずり出た。


「まったく骨折り損のくたびれ儲けというやつだな。まぁいい、さらばだ。」


 俺は再び石像を担ぎながら旅人に別れを告げる。その目の前で旅人がいきなり倒れた。




 ベットに寝かしつけた旅人が目を開いた。


「起きたか。」


「……ここは、いったい?」


「俺が暮らしている修道院のなかだ。ここまでお前を運んでくるのはひと苦労だったぞ。」


「そうか、僕は気を失ったんだったな。トロルがいなくなって気が抜けたのかもしれない。」


 未だ青ざめた顔色のまま、旅人は起きあがって扉へと向かおうとする。はらりと外れたマントのフードからその整った横顔があらわになった。


「ありがとう、助けてくれて。でも、もっと迷惑をかけるわけにはいかないからもう出ていくよ。」


 そんな旅人の腕を俺は掴んだ。まだこいつにはしてもらわなければならないことがある。


 俺が差し出した手を旅人は困惑している様子で見つめた。


「えっと、これはいったい?」


「金だ。まさかただでベットを借りるわけにもいかんだろう?」


 ここの修道士はみな修行のことしか考えていないので、俺は新入りにもかかわらず修道院の帳簿係になることができた。


 なので、俺はその地位を濫用、もとい有効活用してちょっとした小遣い稼ぎをさせてもらっているのだ。


 本来ならただで巡礼者や旅人を泊めているのだが、こうして金がかかると嘘をついて懐に収めているのである。


 目の前の旅人もまんまと俺の話に騙されたようだ。


 とっとと金を出せといわんばかりに、俺は手をずいっとつきだした。すると、旅人がダラダラと汗を流し始める。


「じ、実はお金がなくてね……。」


 俺の眉間にしわが寄るのが自分でもわかった。


 旅人が恐る恐る差し出してきた袋の中身を漁るも、出てくるのはガラクタばかりだ。


「金目のものすらもっていないのか。それでよく旅に出る気になったな。」


 呆れた俺の言葉に、旅人がそっと顔をそらす。


 トロルの件といい、今日は不幸ばかりが重なっている気がする。これほど敬虔に神に祈りを捧げている俺にあんまりの仕打ちではないか。


 というか、そもそもこいつがトロルの迷信のことをあらかじめ話していればすべての不幸は防げたのではないか……?


 途端、目の前の旅人が憎らしくなってくる。


 どうせ金がなければ許されるとでも考えているのだろう。俺を甘く見た罰を受けてもらおうか。


「わかった。金は払わなくていい。」


 旅人の顔がぱあっと明るくなる。その希望をたたき潰すかのように俺は代わりの条件を告げた。


「だが、しばらくの間修道院で働いてもらう。」


「なっ! 無理だ、僕は……。」


 なにかを言いかけて旅人が口ごもる。


「なにか文句でもあるのか? べつに俺はお前が大事そうに抱えているその剣を売りはらってもいいんだぞ。」


「それだけは勘弁してくれ!」


 頑として唯一ゆずらなかった剣を指さすと、旅人はさっと背中に隠した。


「なら、労働でその分をしっかりと返すんだな。」


 不服げながらも旅人が首を縦に振る。こうして俺は使い勝手のいい労働力を手に入れたのだった。




「さぁ、きびきび働け!」


 森の奥深くで俺はミレンと名乗った旅人に木を切らせていた。


 最近俺は修道院の周りの森の開墾をするよういいつけられたのだが、木を切るのがあまりにも面倒だったのでミレンに手伝わせることにしたのだ。


 ヒィヒィ言いながらミレンが斧を幹に振り下ろしていく。俺は斧を使わず拳のみで木を切り倒していた。


 大人の胴ほどもある木の幹に巨大な風穴を開けていると、ミレンがジトッとした視線をむけてくる。


「それ、ほんとうにどうやってるんだい? 素手で木を貫通するだなんて人間のすることじゃないよ。」


「黄金への篤い信仰さえあれば誰でもできることだ。」


「だから、それが意味わかんないんだって……。」


 ミレンが頭を抱えながらつぶやく。まったく、グロリヤ師や俺と違ってこの程度のことすらも理解できない人間というのは実に哀れだ。


「それで、アドライトはどうしてそんなに富にこだわってるんだい? まさか、貧者への施しのためだとかだったりして?」


「そんなわけがないだろう。俺の金は俺のものだ、ほかの誰かに渡してたまるか。」


 そうだろうね、君はそういうやつだったと諦念をこめた言葉をミレンが口にする。


「じゃあ、その貯めたお金は何に使うのさ。」


「簡単だ、豪勢でなに一つ不自由のない生活を送るに決まってる。」


 今の修道院での食事とは比べ物にならないほど豪華な料理を毎日のように口にし、巨大な浴場につかる。その生活に飽きればどこかへと旅をするのもいいだろう。


「ほんとうに禁欲を貴ぶ修道士とは思えないほど強欲だね。」


「そんなこと当然だろう。人生は限られているんだ、欲望に忠実にならないでどうする?」


 ミレンの目が見開かれる。


 そんな当たり前の考え方に驚くとは、こいつはもしかして馬鹿なのか? 俺はミレンのことがますます哀れに思えてきた。


「それじゃあ、もしもの話なんだけれど……。」


 うつむいたミレンがなにやら話し始めた時だった。


 森の奥から聞こえてきていた鳥のさえずりが、いきなり聞こえなくなった。不気味な沈黙があたりに漂う。


 嫌な予感がした俺はミレンとともに木の陰に隠れた。


 しばらくして、尾がヘビに変わっている雄鶏が姿を現す。その小さな赤い目はおぞましい光を放っている。


 その魔物の姿に俺は見覚えがあった。コカトリスだ。


 あのトロルについて書いてあった書物によると、コカトリスはその体に触れただけで毒に侵され、視線をむけられるとなんと即死してしまうのだという。


 数百年に一度現れるか現れないかの珍しい魔物で、かつて街ひとつを毒で汚して死の大地と変えてしまったことがあるという。


 俺はミレンの手をひきながらそっと後ずさっていった。


 そんな怪物、相手にしてられるか。俺は勇者を倒して酒池肉林ライフを送るまでには死ぬわけにはいかんのだ。


 しかし、そんな俺をあざ笑うようにパキリと木の枝が折れる音がした。


 視線をむけられるだけで死んでしまうというコカトリスの顔がこちらにむいてくる。


 俺はいままで常にはめていた手袋を脱ぎ捨てた。

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