【第10話】

「あー、燃えてる燃えてる」



 ごうごうと燃え盛るカラオケボックスを眺め、ユーシアはぼんやりと呟いた。


 リヴが相手の【DOF】を盗む際、爆弾を仕掛けておいてくれたのだ。おかげで異能力を失った【OD】の連中をまとめて屠ることが出来た。ついでに相手の【DOF】も奪えたのでラッキーである。

 それにしても、随分と管理が杜撰な連中だ。簡単に侵入を許してしまうと【DOF】を奪われて、このように頭の狂った【OD】が完成してしまうのだ。せめて徹底して管理しなければ始まらない。


 ユーシアは黒い煙草を咥えると、



「そういやリヴ君、相手の【DOF】って料理に混入されていたんだよね?」


「そうみたいですね」



 真っ黒なレインコートの下から一抱えほどもある瓶を取り出すリヴ。


 大きめの瓶にはラベルも何も貼られておらず、茶色いガラスの向こうでは白色の液体が揺れている。閉じられた金属製の蓋を開けて中身の匂いを嗅いだリヴは「特に変な匂いはしないですね」と言う。

 リヴから瓶を受け取ったユーシアは、液体を指先につけて口に含む。ツンと香る独特の匂いは、おそらく料理酒か何かだろう。



「料理酒かなぁ、いずれにせよ料理には使うね」


「ネアちゃんはダメですかね」


「子供が食べる料理でもそこまで気にならない程度に使うものだよ」



 料理酒をドバドバかけるような大人の料理はそもそもネアが好まないだろうし、味付け程度には使用したりもするので使い所はある。どんな形式であれ【DOF】があれば安心だ。


 すると、じゃりッという地面を踏みしめる音が聞こえてきた。

 見ればボロボロのマントだけを身につけた裸足の男が、燃え盛るカラオケボックスを背にして覚束ない足取りでユーシアとリヴめがけてやってきた。ユーシアとリヴをあの裸の王様の【OD】であるジルベールに引き合わせた人物だ。マントがボロボロになったことで、その全貌が明らかとなっていた。


 鍛えられた肉体と丸刈りにされた頭髪、肌の色は浅黒い。どうやら南米系の外国人のようだ。



「お前ッ、よくも!!」



 その外国人は、身体にまとわりついているだけの襤褸布を取り払った。

 一糸纏わぬ裸身を見せつける男は、なおもユーシアとリヴを睨みつけている。もはや世間一般で言うところの変態とか露出狂に成り果ててしまったのだが、裸の王様の【OD】は全裸になることで最も強くなる。あの状態では【OD】の異能力すら無効化するだろう。


 ユーシアは彼の足元を指差し、



「そこ危ないよ」


「は」



 次の瞬間、外国人が立っていた箇所が崩落する。


 作戦決行前に教えてくれたことだが、どうやらカラオケボックスの一部区画の地盤が非常に緩かったようである。コンクリートで埋められていても、碌に手入れをされていないコンクリートの道路ではいつ崩壊してもいいぐらいだったらしい。

 案の定、地面に開いた大きな穴へ吸い込まれていく男。落ちていく様の表情は驚きと怒りが綯い交ぜになったものだったが、それが妙に面白かった。


 ユーシアとリヴが大きな穴を覗き込むと、人間がジャンプしただけでは決して届かないような深さの穴があった。穴の底ではあの外国人が何とか土の壁を登ろうと懸命に頑張っているが、どうにも土の壁に指が刺さらずに苦労している模様である。



「【DOF】が切れたら殺しにくるね、じゃあね」


「地獄でお会いしましょうね」



 男に別れを告げ、ユーシアとリヴはその場から立ち去る。穴から「クソが!!」という絶叫が聞こえてきたが、あの穴を掘ったのはユーシアたちではないので遠慮なく見捨てるのだった。



 ☆



 ユーシアとリヴが根城に選んだネットカフェは、完全に内側から鍵がかけられる仕様となった個室が特徴である。内装は綺麗で、まだ誰も手をつけていない様子だった。

 幸いにも内装や電子ロック系統が生きている状態なので、ユーシアは根こそぎ部屋の鍵を奪い取って保管することにしたのだ。こうすれば誰かが侵入してきても部屋を開けられずに済む。


 少し埃っぽくて狭い廊下を突き進み、ユーシアとリヴはネットカフェの奥にある個室の扉の前に立つ。その扉には『405』と書かれていた。



「ネアちゃん、リリィちゃん、ただいま」



 コンコンと扉を叩くと、内側からカチャリと鍵が解除される。ほんの僅かに扉が開くと、お鍋をヘルメットのようにして被ったスノウリリィが顔を覗かせた。

 相手がユーシアとリヴであることを確認すると、スノウリリィは安心して扉を開けて「お帰りなさい」と出迎える。その後ろからもネアが顔を見せてくれた。


 ユーシアは手にしていたお盆を掲げ、



「ご飯作ってきたよ。食べよっか」


「わあい!!」



 ネアがはしゃいだ声を上げる。


 ネットカフェの室内は想定よりも広く、複数人で利用することを前提として考えられているようだった。ネット環境は使えないので置き物と化したパソコンは外に出し、ネアのぬいぐるみなどが代わりに机へ乗せられている。退屈な個室でも大人しくお留守番していてくれたらしい。

 そんなお留守番をこなしてくれたお姫様に、ユーシアは黄色い山が盛られたお皿を渡す。リヴに教えられながら作った『オムそば』なるものだ。黄色い玉子の下には茶色い麺が盛られている。鼻孔をくすぐるソースの香りが食欲を誘った。


 ネアは瞳を輝かせ、



「おいしそう!!」


「オムそばだって、ネアちゃんはお留守番を頑張ってくれたから玉子サービスね」


「やったー!!」



 ネアは「いただきます!!」と告げ、フォークでパスタを食べるようにオムそばへ食らいつく。表情もとても美味しそうに頬張るので、オムそばの味が口に合ったようだ。


 ユーシアとリヴ、そしてスノウリリィはネアと違って普通の焼きそばである。外の世界がこの状況でネアには不便や不満を抱くことが続いてしまうので、せめて彼女だけは明るく安全に過ごさせてやろうという配慮でご飯はちょっと豪華にしてみたのだ。精神が幼児退行しているので、ご機嫌を損ねてしまうとあとで大変である。

 ただ、リヴがお勧めしてくるだけあって、焼きそばもまた美味しいものである。ソースの甘酸っぱさが絶妙で、麺のもちもちさが腹持ちのよさを後押しする。野菜も入れることで栄養も取れるし、いい日本食であると言えよう。


 ずるずると焼きそばを啜るリヴは、



「ここに焼きそばの麺があってよかったですよ」


「本当にね。ご飯もあったから炊飯器があれば炊けるね」


「しばらくはここで過ごしますか」



 ユーシアもリヴの提案に首肯で返す。


 確かにここで過ごす方がよさそうだ。現状は鍵もかかるし、防衛の面から見ても安全地帯である。他にも安全地帯があればそちらに移動するのだが、見つけられないならばまだネットカフェに滞留していた方がよさそうだ。

 心配なのは水回りである。ネットカフェにはシャワーがあったが、果たしてあれはちゃんと使うことが出来る代物だろうか。料理の時はちゃんと水道も使えたので、シャワーも問題なく使えると信じたい。


 スノウリリィは「そういえば」と口を開き、



「新聞を読まれました? ここ最近の東京の出来事が書かれてあって」


「何か書いてあった?」


「そんな大したことは書いてないんですけど……」



 スノウリリィが「これです」とユーシアに新聞を差し出してくる。


 日付は割と最近になっていた。一面に大きく飾られた見出しには日本語が書かれているので読めず、ユーシアは思わず顔を顰めてしまう。こうも小さい文字がずらずらと並んでいると頭が痛くなる。

 そんな訳で、日本語が堪能なリヴに横流しした。急に新聞の束を押し付けられたリヴは怪訝な表情を見せるも、行動を察して新聞を受け取ってくれる。


 新聞の見出しに目を走らせたリヴは、



「『ネオ・東京、魔都まとへの侵攻を開始か。軍備強化に急ぐ』ですって」


「どこよ、魔都」


「ここじゃないですかね。文面的に」



 なるほど、魔都とは言い得て妙である。この荒れ果てた様子ならばその言葉も合致するだろう。

 そして新聞の内容はネオ・東京が魔都へ侵攻する為に、軍備を強化しているとのことである。つまりネオ・東京側は魔都に蔓延る【OD】を殺すつもりなのだ。


 ユーシアは焼きそばをモゴモゴと咀嚼しながら、



「やばくない?」


「やべえですね」


「なにがー?」


「ネアさん、お口の周りが汚いから拭きましょうね」



 全く緊張感のない雰囲気で事態の緊急性を悟るものの、それでも悪党は食事の手を止めなかった。

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