【第9話】
今日は収穫があった日だ。
「同胞よ、今日は我々の元に勝利の神がやってきてくれたぞ」
カラオケボックスの大部屋で、ジルベールが陽気な声を響かせる。
集められた裸マントの集団――『裸の心』というギルド名を掲げる同志たちは王様であるジルベールの言葉を静かに待っていた。誰も彼もが息を潜め、王の言葉に耳を傾けている。
ギルドというのはジルベールの意向によるところが大きい。そして誰も異を唱えることがない。ギルドというものがゲームみたいで非常に格好いいとでも思っているのだろう。
ジルベールは恍惚とした表情で、
「これで我らがギルドも安泰だな。何せ『
「王よ」
「んん、何だ?」
同胞の1人が挙手をする。他の同胞たちの視線が、一斉に彼へ向けられた。
挙手したのは同胞の中でも一際背の高い男だった。真っ黒なマントを身につけただけの彼は、ジルベールのすぐ側にいる側近のような存在である。
ジルベールは胡乱げな眼差しを彼に投げかけ、
「どうした、申してみよ」
「あの『
その男は真剣な眼差しをフードの下から投げかける。
「アメリカでは指名手配されているほどではないですか。そんな奴を招き入れれば寝首を掻かれます」
「心配しておるのか?」
ジルベールは口の端を吊り上げて笑い、
「あんな少人数で何が出来る。あの男とて馬鹿ではない、集団の下についた方が有利であると分かっていよう」
「ですが……」
それでもなお意見をしようとしてきた男は、ジルベールにそれ以上逆らえずに「申し訳ありません、出過ぎた真似をしました」と謝罪する。
かつて騒がれた【OD】たちによる暴動『革命戦争』――それを終結に導いた天才狙撃手が『白い死神』と名高いユーシア・レゾナントールという男だ。【OD】を殺すより人間を殺す方が遥かに簡単だろう。
あの男に首輪をつけることが出来れば、ジルベールはこの荒れ果てた東京都の中でも主権を握れる。有象無象の【OD】が犇めくこの世界を制することが出来れば、その時はもうジルベールが本当の意味での王様だ。
だから何としてでもあの男は手に入れたい。それだけの価値が、あの男にはあるのだ。
「まあ、まずは前祝いと洒落込もうではないか」
ジルベールがそう言って、大部屋の真ん中に置かれたテーブルを見やる。
そこには大量の料理が置かれていた。出来立てなのか、ほかほかと湯気が立っている。オムレツや焼きそば、カレーライス、食パン1斤を丸々使ったハニートーストまでずらりと並んでいる。これだけの量など、同志たちであっという間に消費してしまう。
これらには【DOF】が使われていた。ジルベールたちギルド『裸の心』は夜に【DOF】を摂取することに決めている。【DOF】を調味料に整えて料理に混入させ、それらを食らうことで【OD】の異能力を維持しているのだ。
ジルベールは手を合わせると、
「さて、皆の衆よ。今日も世界の恵みに感謝していただこうではないか」
ジルベールの動きに合わせて、同志たちも手を合わせる。
「恵みに感謝を」
「「「「「恵みに感謝を」」」」」
同志たちもジルベールの言葉に続き、各々料理に手を伸ばす。
ジルベールもまた、近くにあったフライドチキンに手を伸ばした。【DOF】を油に見立てて揚げたフライドチキンの皮に齧り付き、その濃厚な油の味を堪能する。骨身に染みる油の味がまた堪らない。
全員してこの【DOF】入りの料理に舌鼓を打っていた。決まった時間に決まった食事を取れば【OD】としての異能力も維持できる。多くの【OD】を抱えているからこそ【DOF】の消費は避けたいところだ。
それなのに、だ。
「あえ……?」
同志の1人が声を上げる。
「母ちゃん、母ちゃんが怒って、何で何で何で怒らないで母ちゃん嫌だ嫌だ!!」
「お、おい、どうしたんだ!!」
「助けてくれえ、母ちゃんが怒ってるんだ誰か匿って誰かあ!!」
頭を抱えて「助けて」と叫ぶ同志を皮切りに、次々と同志が狂い始めた。
「ああ神よ、神がここにおられるぞ!!」
「地面が揺れている、助けてくれえ」
「夜が来ない、夜が来ないんだ、ああなんてことだ」
「子供が目の前で死んでいく!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。誰も彼もが頭を抱え、目に見える恐ろしい幻覚から目を逸らしている。机をひっくり返し、壁を引っ掻き、絶叫しながら部屋を飛び出していく同志の姿も確認できる。
何故だろうか。【DOF】はちゃんと食事に混ぜ、昨日と同じ時間に食べ始めたはずである。それなのにどうして同胞たちが幻覚症状に襲われるのか。
ジルベールが状況を確認しようとするのだが、
「あ、ぁ?」
ジルベールは己の手を見て涎を垂らす。
目の前には美味しそうなソーセージがあるではないか。それも5本もある、何ということだフライドチキンは食べ終わってしまったからここに都合のいい食事があるとは何という僥倖だろう早く食べてしまおう。
あれおかしい、このソーセージは美味しくないし硬い。異様に硬いではないか。ゴリゴリとした食感もあまり美味しくないし、血の味もする。このソーセージは随分と下処理が甘かったらしい。
まあいいかとソーセージに齧り付いていると、
「うわ、自分の指を食べてるよ」
「あれって美味しいんですかね?」
狂い始めた同胞たちの悲鳴に混ざって、聞き覚えのある声が落ちる。
顔を上げると、金髪の男と真っ黒なレインコートを身につけた青年が揃って立っていた。その表情は意地悪そうにニヤニヤとしている。
そんなはずがない、どうして彼らがここにいる。理由が分からない。ああもしかして首輪に繋がれる覚悟が出来たのだろうか。
「答えを出しに来たよ」
そう言って、彼は身に覚えのある瓶を見せつけた。
その調味料の瓶は、ジルベールたちが保管しているはずの【DOF】だった。
☆
カラオケボックスは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
頭を抱えて叫ぶ信者はまだマシで、机をひっくり返して出来立ての料理を床にぶち撒ける信者や壁を引っ掻く信者も確認できた。部屋を飛び出していく信者はゲラゲラ笑っていたので、やはり狂っていることは間違いない。
1番酷いのはジルベールだ。何と自分の指に齧り付いているのである。口元を血塗れにしながら、彼はカラオケボックスの大部屋に現れたユーシアとリヴを見ていた。
「まさか、それは」
「ああこれ? うちの優秀な諜報員がね、おまえさんのところからくすねてきてくれたの」
ユーシアは手にした調味料の瓶を掲げ、
「これがまさかお前さんたちの【DOF】だとは思わなかったなぁ」
「返せえッ!!」
血混じりの唾を吐いたジルベールが、鬼のような表情で叫ぶ。
「それは我々のだ、我々のものだ!!」
「嫌だよ、返す訳ないじゃん」
ユーシアはリヴに調味料の瓶を渡し、代わりに懐から自動拳銃を引き抜いた。安全装置を外し、銃口をジルベールに突きつける。
銃口を向けられたジルベールは、果たして何を思うだろうか。全員揃って仲良く頭を狂わせて【OD】の異能力まで失い、それならここで死ぬしかなくなる。小さな瞳を目一杯に見開いて、それからカタカタと唇を震わせていた。
射線の向こうで震えるジルベールに、ユーシアは笑う。
「答えを持ってきたって言ったでしょ」
引き金に指をかけ、
「もちろん答えは『NO』だよ」
弾丸を射出する。
銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐに飛んでいき、ジルベールの眉間を射抜く。撃たれた衝撃で身体を仰け反らせるのだが、倒れた彼の口からは怪獣の鳴き声みたいないびきが放たれ、ぐーすかと寝こけていた。
同胞たちが狂っていく中で死んでいった王様は、可哀想なことに誰も気づいてくれなかった。何と虚しい最期だろう。
ユーシアは自動拳銃をしまうと、
「リヴ君、ここ爆破しておいて」
「手筈通りに」
――とあるカラオケボックスが火に包まれたのは、10分後のことであった。
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