【第2話】

『ハイジャック犯はどうなった!?』


『普通に飛行機が到着したぞ!?』


『乗客は無事なのか!?』



 今しがた、ネオ・羽田空港に到着した飛行機に大量の警察が殺到する。乗客は全員無事だし、安全が確保できるまでは誰も飛行機から降りることは出来ない。

 出来ないはずなのだが、何故かユーシアとリヴは普通に飛行機の外に出ていた。大量の警察官がハイジャック犯の乗っていた飛行機へ殺到するのを横目に、一抱えほどもある革製の箱を背負ったユーシアは「大変だねぇ」とのほほんとした口調で言う。


 白を基調とした明るい空港に降り立ったユーシアとリヴだが、他にも同行者がいた。



「おにーちゃん、なんかおまわりさんがいっぱいいるよ?」


「いるねぇ」



 ユーシアが着ている砂色のコートを引っ張ったのは、金髪碧眼の美少女である。傍目からすれば兄妹と思われてもおかしくないほど似通った容姿だが、ユーシアとコートを引く少女に血縁関係はない。

 透き通るような金髪と愛らしい顔立ち、海のように色鮮やかな青い瞳でユーシアを見上げる。花柄が特徴的な白いワンピースとストラップサンダルを合わせた可愛らしい格好をして、腰には熊の形をしたポシェットを下げている。綺麗な指先が握るのは、桃色の可愛いキャリーケースだ。


 大人びた見た目とは対照的に子供のような口調で話す少女は、ネア・ムーンリバーと言った。アメリカにいた時に行動を共にしていた少女だ。



「ネアちゃんは気にしなくていいよ、きっとお客さんをお迎えに来たんだよ」


「そうなんだ」



 ネアはユーシアの嘘を間に受けて、納得したように頷いていた。彼女はハイジャック犯が乗っていたことなど知らないらしい。



「あの、銃火器を携帯している人をお見かけしたのですが」


「悪い夢でも見ていたんじゃないですか」



 リヴが適当にあしらうのは、銀髪碧眼のメイドである。

 チープなクラシカルメイド服に身を包み、大きめのキャリーケースをゴロゴロと引っ張るメイドさんは「そうですかね……?」と自分の見たものを疑っている。綺麗な銀髪と青い瞳、整った顔立ちは漫画の世界から抜け出たような雰囲気があり、実際に空港を訪れた客は彼女の姿を二度見していた。


 メイドの名前はスノウリリィ・ハイアットと言う。ネアの専属メイドで、彼女がいなければユーシアとリヴの手によって殺されていたかもしれない異例の経歴を持つ。



「だってこの目で見ましたよ。『大人しくしてろ』って叫ぶ屈強な男の人たちが」


「知りませんね、そんな目出し帽の変態野郎どもは」


「何で目出し帽を被っていたって知ってるんですか!?」



 スノウリリィに詰められたリヴは、しれっと明後日の方向を見上げる。自分でも失言したと思っているのだろう、フードの下から垣間見えた彼の表情は苛立っているようだった。


 このままでは喧嘩に発展すると察知したユーシアは、リヴとスノウリリィを止めようとする。ネアは2人のやり取りを眺めて「なかよしさんだねぇ」と笑っていたが、事態はそんな簡単なことで済まないのだ。

 ユーシアが間に入ろうとした矢先のこと、スノウリリィがリヴに掴みかかる。ユーシアが止める間もなくリヴの肩を掴んだスノウリリィは、次の瞬間、ドサドサッと音を立ててリヴの足元に散らばったブツを目撃することになる。


 目出し帽を被った屈強な男性陣だった。しかも全員揃って気持ち良さげな寝息を立てている。冷たい床が好みの酔っぱらいのようだ。



「リヴさん?」


「何でしょう」


「あなたのレインコートから落ちましたよ?」


「ゴミをポイ捨てするのはよくないですね。でも拾うの面倒なので放置します」


「しないでください!!」



 スノウリリィの金切り声が空港内に響き渡る。クソ真面目で悪党に染まりきっていない彼女らしい主張だ。

 こうなることが予想できていたので喧嘩に発展させたくなかったのだが、バレてしまっては仕方がない。ハイジャック犯を屠ったのはユーシアとリヴであり、警察がいくら飛行機で事情聴取をしてもそこに犯人はいないのだ。


 その時である。



『ぴぴー、ががッ』



 何かの電子音が聞こえてくる。


 つるつるとした空港の床を、筒状の何かが滑るように移動してくる。寸胴体型のそれにはカメラが搭載されており、チカチカと緑色の光を点滅させながら周囲を見渡していた。通行人の顔を覗き込むようにしてカメラで映し、それからユーシアたちの前にも寄ってくる。

 カメラが上から下まで移動して、意味も分からず『ぴぴー、ががッ』という電子音を奏でる。これは何をしているのだろうか。出国の調査だとすれば、目の前のカメラを壊す他はない。ユーシアたちはちゃんとした手法で入国していないのだ。


 そして、カメラからひび割れた声が流れる。



『体内から【DOF】の成分が検出されました。【OD】と認定し、規制法に基づいて排除いたします』


「え」


「何ですって?」


「なぁに?」


「何です?」



 ユーシアたち4人が思わず聞き返すと、寸胴体型の機械の側面から色々なものが生えてくる。小銃、機関銃、ロケットランチャーなど普通では考えられない種類の兵装がアームに括り付けられて機械から伸びてきた。

 それと同時に、白を基調としていた空港が赤く染まる。危機感を煽るように『びー、びー』とけたたましいサイレンを響かせた。これはまずい状況であるとユーシアの本能が告げている。


 ユーシアはネアの手を取り、



「逃げるよ」


「了解です」


「うん!!」


「た、体内から【DOF】を検出なんて出来るんですかぁ!?」



 寸胴体型の機械から逃げるように走り出せば、当然のように機械は全速力で追いかけてきた。『待ちなさい』と制止を呼びかけているが、明らかに他人を殺す為の兵器を所持した機械の言うことなど聞く訳がない。

 通行人を突き飛ばし、桃色のキャリーケースを何とか引き摺るネアの手を引くユーシアは迷わず空港を飛び出す。同じくスノウリリィを荷物のように引き摺るリヴに「こっちです!!」とタクシー乗り場に案内された。タクシー乗り場には何台か大きめのタクシーが停まっており、リヴは運転席の扉を開ける。


 タクシーの運転手はリヴの姿を見るなり目を剥いて驚く。



『なッ、誰だあんた!?』


『邪魔ですね、死んでください』



 レインコートの袖から滑り落とした大振りの軍用ナイフを振り抜き、リヴはタクシー運転手を殺害する。喉を切られたタクシー運転手は目をかっぴらいたまま絶命した。

 運転手を座席から引き摺り下ろしている間に、ユーシアは女性陣の荷物を後部座席に詰め込む。トランクは盗まれる危険性があるので詰め込まない。足元にトランクを置いてからスノウリリィとネアを後部座席に押し込んだ。


 不安げな眼差しを向けてくるネアは、



「おにーちゃん、こわいよぅ」


「大丈夫だよ、ネアちゃん。これからリヴ君が逃げてくれるから」



 耳障りな電子音が近づいている。振り返れば、武装した寸胴体型の機械が大量に向かってきていた。このままでは殺されるまで秒読みである。



「リヴ君、出して!!」


「了解です」



 ユーシアが助手席に飛び乗ると同時に、リヴがアクセルを踏み抜いて急発進する。慣性が働いて「おえッ」と嗚咽を漏らすのも束の間のこと、すぐに空港は後方に引き離されていった。建物から飛び出してきた機械の群れは、殺害対象を見失ったことでウロウロと空港のロータリーを行ったり来たりする。

 全く、物騒な世の中になったものである。まさかいきなり殺されにかかるなど夢にも思わなかった。


 安堵の息を吐くユーシアは、ふと窓の外の景色に視線をやる。



「うーわ」



 目の前に広がる景色に、ユーシアは感動を覚えた。


 背の高い建物が乱立し、車が行き交う街並み。中央にそびえ立つ電波塔には『【DOF】には手を出さないように』という文章が電飾で形作られている。

 無機質でどこか生気を感じさせない街並みを隔絶するように、遠くに巨大な壁が見える。防壁か、あるいは檻か。



「へえ、ここが東京か」


「知りませんね、こんな街並み」


「え!?」



 驚くユーシアをよそに、リヴはさらに車のスピードを上げるのだった。

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