【第3話】
どうやらこの街は『ネオ・東京』と言うらしい。
「はー、なるほどね。【DOF】のないクリーンな世界ってかね」
「住民は【DOF】を摂取していない一般人のみに限られ、常にスキャンされて【DOF】の成分を調べているらしいです。で、【DOF】が体内から検出されれば【OD】と判断されて死刑に処されるみたいです」
「よく知ってるね、リヴ君」
「元諜報員なので情報収集は欠かせませんよ」
ハンドルを握り、高速道路をびゅんびゅんと飛ばしながらリヴは言う。
ユーシアはタクシーの車内に残されていた地図に視線をやる。タイトルは『ネオ・東京地図』とあり、この街の全体図が表示されていた。ページを捲ると区画ごとの地図があり、ビル名が並んでいるので目が回りそうだ。かろうじて英語翻訳も申し訳程度に添えられているので読めることが出来る。
こんな時でもグローバル対応を欠かさないとは感心する。外国から【DOF】が流れ込んでくるというのに、まだ外国人を受け入れようとするのか。昔のように鎖国をすればまだマシな環境になっただろうに。
地図を閉じたユーシアは、
「【OD】は殺すか。よくそんな野蛮な考えに至ったなぁ」
「まあ、【OD】も元を辿れば一般人ですからね。僕らのようにはなりませんよ」
「そりゃそうだ」
ユーシアは助手席側の窓を開け、懐から黒い箱を取り出す。箱の表面には荊が巻き付いたような模様が描かれており、銘柄などは何も表示されていない。異様な箱の中身は真っ黒な煙草がずらりと並んでいる。
その1本を取り出して口に咥え、安物のライターで火を灯せば甘い香りが鼻孔を掠めた。ユーシアが煙草を吸うとリヴがあからさまに嫌そうな表情を見せたが、お構いなしに黒い煙草を吹かした。
仕方がないのだ、この煙草こそがユーシアにとっての【DOF】である。【DOF】切れによる幻覚によって頭がおかしくなりたくないのだ。
「匂いが甘いです、どうにか出来ませんか」
「窓開けてるじゃん」
「錠剤タイプにしてくださいよ」
「やだね」
リヴの要求に、ユーシアはキッパリと拒否の姿勢を突きつける。
その時だ。
遠くの方からバラバラというヘリコプターの音が聞こえてきた。顔を上げると遠くの方から軍用のヘリコプターが晴れ渡った空を飛んでくる。相手にするのが非常に面倒臭い。
ユーシアは顔を
「うーわ、軍用ヘリまで飛ばしてくるとかそこまで殺したい?」
「嫌ですね、血の気が多い」
リヴはアクセルをさらに踏んで加速し、
「振り切れるのであれば振り切りますが、近づいたら任せてもいいですか?」
「了解」
ユーシアは後部座席に乗ったネアとスノウリリィに視線をやり、
「ごめん、リリィちゃん。俺のライフルケースから狙撃銃を取ってくれる?」
「えあ、はい」
スノウリリィは慌てた様子で、自分たちのスーツケースに積まれたライフルケースの蓋を持ち上げる。
狙撃銃と言うには純白にカラーリングされた特殊な代物である。
薬室に装填された弾丸を確認し、ユーシアは純白の狙撃銃を抱える。視線は今まさに飛んでいる軍用ヘリコプターに固定されていた。
「撃墜の経験は?」
「リヴ君、俺のことを何だと思ってんの?」
真っ黒い煙草の端を噛んで舌先に広がる苦味を味わうユーシアは、
「あれぐらい撃墜できなきゃ英雄にはなれないんだよ」
「さすがです、シア先輩。そうでなければ」
軍用ヘリコプターは、ついに目の前まで到達した。高速道路を走っていた一般車たちは逃げるように道を開け、後続車は次々と停止する。運転席からリヴが手榴弾を投げつけ、爆発に巻き込まれた一般車がひっくり返ってバリケードのようになり、さらに玉突き事故を起こして停止していく。
クラクションが鳴り響く中、ユーシアたちを乗せたタクシーがブレーキを踏んだ。停止したタクシーから降りて、ユーシアは高速道路に立つ。強風が顔に吹き付け、ユーシアの着ている砂色のコートを容赦なく暴れさせる。
後部座席で不安そうな表情をしているネアとスノウリリィには、リヴ経由で「大丈夫ですよ」と伝えてもらった。こんなところでくたばる訳にはいかないのだ。
『武装を解除し、膝をつけ。そうすれば苦しまない方法で殺してやろう』
「リヴ君、何て言ってるか分かる?」
「武器を捨てて投降すれば、苦しまない方法で殺してくれるみたいです」
「わあ、やだね。こっちは死にたくないんだよ」
日本語が堪能なリヴに、スピーカー越しに聞こえてきた日本語を翻訳してもらったユーシアは舌を出して挑発する。
死にたいという願望は、遥か遠く海の向こうにあるアメリカに捨ててきた。今はこの人生をまだ楽しみたいのである。
純白の狙撃銃を構えたユーシアは、照準器を使うことなく軍用ヘリコプターを狙う。
「あばよ」
引き金を引く。
タァン、という銃声は軍用ヘリコプターの音に掻き消された。放たれた銃弾は寸分の狂いもなく飛んでいき、プロペラの接合部分を撃ち抜く。
繊細なプロペラ部分を傷つけられたことで制御を失い、軍用ヘリコプターは重力に従って高速道路に叩きつけられる。落下した衝撃で燃料タンクに引火し、盛大に爆発する。
「盛大に爆発したなぁ」
「シア先輩、残党がいますよ」
「おっと」
燃え盛るヘリコプターから逃げてきただろう迷彩柄の戦闘服を着込んだ隊員が、ふらふらと覚束ない足取りで逃げてくる。高速道路の硬い地面に膝をついた時に、ユーシアはその隊員の鼻っ面めがけて引き金を引いた。
弾丸は寸分の狂いもなく隊員の鼻っ面をぶっ叩き、撃たれた衝撃で仰向けに倒れた。死んだ訳ではなく、傷すらない状態でぐーすかと眠りこける。こんなごうごうと燃え盛る軍用ヘリコプターのそばで眠れるなんて異常だ。
それが、ユーシアの【OD】としての異能力だ。その名称を『眠り姫』――撃った相手を強制的に昏睡状態とするものだ。眠らせた相手はどんなことをしても起きることはなく、目覚めさせるにはユーシアがキスをする他はない。
「意外と呆気ないもんだね」
「お見事です、シア先輩」
リヴはタクシーの運転席に乗り込みながら、
「ヘリも銃弾だけで撃墜できるものなんですね」
「昔はね、頭のおかしくなった連中に軍人が混ざってたんだよ。そいつらが持ち出していた軍用ヘリを撃墜するのを何度もやってたからね」
ユーシアは純白の狙撃銃を抱えて助手席に乗り込み、扉を閉める。それから眠たげに欠伸をし、
「リリィちゃん、これしまっておいてくれる?」
「あ、は、はい」
ユーシアから純白の狙撃銃を受け取ったスノウリリィは、慎重な手つきでライフルケースに純白の狙撃銃をしまい込む。蓋を閉じて鍵をかけたところで、リヴがタクシーを発進させた。
燃え盛る軍用ヘリコプターの脇を通り抜け、高速道路を突き進んでいく。行き先は分からないが、進めるところまで進んでいくだけだ。
背もたれに身体を預けたユーシアは、
「お腹空いたな、日本のご飯とか食べてみたいんだけど」
「その暇は残念ながらありませんね」
リヴはハンドルを握りながら言う。その視線が示す先には、見覚えのある卵型のものが飛んでいた。その下部に取り付けられた大型の機関銃がこちらを向いている。
バラバラと聴覚を刺激するヘリコプターの羽音。悪魔のような見た目をした黒い軍用ヘリコプターが、何機も目の前を飛んでいた。
ユーシアは顔を引き攣らせた。まさかここまでしてくるものなのか。
「嘘でしょ!?」
「本当ですね。残念ですけど」
アクセルを全開にしてスピードを上げるリヴの横で、ユーシアは頭を抱えるのだった。
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