第一章:スレイプニール・エージェント/05

 それから日を跨いで、翌日の早朝。ウェインとフィーネは真新しい学院の制服に早速袖を通していた。

 エーリス魔術学院の制服は男女ともにブレザー制服だ。男子はネクタイ、女子は細いリボンを首に締める形で、特に女子制服は可愛らしいデザインだともっぱらの評判。この制服目当てで入学を決意する女子も少なからず居るという。

「ウェイン、ちょっと来い」

「んだよ藪から棒に」

「文句を言うな、ネクタイが曲がっているから直してやる。全くお前という奴は、私が居ないと本当に……」

 朝から気怠そうな調子のウェインを引っ張り、ズレていた首のネクタイを直してやるフィーネ。

 ぶつくさと言いつつも、フィーネは少しだけ嬉しそうな様子。一見すると冷たくて棘のあるような印象の少女だが、こんな風に意外と面倒見のいい一面もあるのだ、彼女は。

 そんなフィーネに世話を焼かれるウェインの方も「へいへい……」と肩を竦めつつ、こちらも満更でもない様子。

 とはいえ……そういう自分はどうなんだ、とウェインは言いたくなる。

 きゅっとウェインのネクタイを締め直すフィーネの着こなしは、まあ端的に言えばかなり着崩している。

 ジャケットの前は開けて、袖は肘下ぐらいまで折り曲げて。白いブラウスの襟元はリボンと一緒に大きく緩めてしまっている。両脚を包む黒のニーハイソックス……は別にいいとしても、人にこう言いながら自分は着崩しているのはどうなんだ、ともウェインは思う。

 思うが、でも敢えて言わないことにした。下手に口論に発展すれば無駄に時間を食ってしまうし、あるいは遅刻してしまうかもしれない。転入初日から遅刻というのも頂けないだろう。だからウェインは内心で思えども、それを指摘はしなかった。

「……っと、よしこれでいいか。ではウェイン、行くとしよう」

 そうしてフィーネはきゅっとウェインのネクタイを締め直せば、さあ行くぞと言わんばかりに玄関の方に歩いて行こうとする。

 だがウェインは「待てよ、忘れ物だ」と言って、彼女に何かを投げ渡した。

「忘れ物? ――――いや、別にこんなものは要らん」

 飛んできたそれを、振り向きざまにバシッとキャッチしたフィーネ。露骨に嫌そうな顔をする彼女の手に収まっていたのは――端的に言えば、ピストルだった。

 しかもただの拳銃ではない、スレイプニールのエージェントに支給される特殊なものだ。

 スレイプニールの為に専用開発された制式ピストルで、外部には一切流通していない特別な一挺。弾はちょっとした防弾チョッキぐらいなら平気でブチ抜く口径五・七ミリの特殊徹甲弾で、マガジンにはこれを二〇発収めている。多くのパーツが樹脂で造られているからかなり軽量で、しかも低反動だから命中率も高い。隠密行動用にサイレンサーまで装着できる至れり尽くせりっぷりだ。

 当然、エージェントである二人にもこれは支給されている。事前に送ってあった荷物の中に入っていたものだ。

 しかし……受け取った当のフィーネ本人は、かなり嫌そうな表情を浮かべている。

「私なら魔術を使った方が早いし確実だ。別にハンドガンなぞ必要ない、邪魔なだけだ」

 そう、理由は今まさに本人が口にした通り。フィーネは超一流の魔術の使い手ではあるが、こうした武器の類はあまり好まないのだ。

 まあスレイプニールのエージェントだから、使えないというワケではない。あくまで本人の嗜好の話ではあるが。

「こんなものは要らん、その辺に捨てておけ」

 フィーネはよっぽど嫌なようで、すぐにそのピストルを投げ返してしまう。

「そう言うなよ、折角おっさんが二人分セットで送ってきた代物だ。万が一のお守りだと思って、一応持っとけよ」

 ウェインは飛んできたピストルを空中でキャッチし、そう言いつつ……また彼女に投げ返す。

「……まあ、お前がそう言うなら」

 すると彼の言い分に納得したのか、今度は投げ返すことなく、渋々といった感じでフィーネは受け取った。

 やれやれと肩を竦めつつ、スカートの後ろに挟むようにピストルを隠すフィーネ。それを見てウェインも小さく肩を揺らしながら、自分の分のピストルを……やっぱり同じように、制服ズボンの後ろ腰に挟んで隠す。

「とにかく行くぞ、このままじゃ始業時刻に遅れかねん」

「へいへい、今行きますよっと」

 そうしたやり取りが終わったところで、二人は玄関で靴を履いてやっとこさ部屋を出た。

 廊下を歩き、階段を降りて、エントランスを経由してから学生寮の外へ。

 そうして一歩外へと踏み出せば、朝日の下に広がる光景は……昨日とは全く違う、賑やかなものだった。

 時間的にちょうど登校ラッシュの頃合いなのだろう。学生寮から出てきた者たちや、外部の市街エリアから通学する者たち。皆同じようなブレザー制服を着たエーリス魔術学院の生徒たちが、学院に向かって大勢歩いている。

 ウェインたちもそんな中に混ざる形で、二人で歩き始めた……のだが。

「……なあ、フィーネよ」

「どうした?」

「なんかよ、俺たち妙に目立ってねえか……?」

 そうして歩き始めた矢先、注がれる周りの視線に気付いたウェインがボソリ、と隣を歩くフィーネに言う。

 ――――皆が皆、一様にウェインたちに注目している。

 注がれるのは、好奇と戸惑いの入り混じった視線。見慣れない二人から皆、どうにも目が離せないでいるらしい。

 それも、仕方のないことかも知れない。

 というのも、ウェインもフィーネも容姿はかなり整った方だからだ。

 ウェインは一七六センチの長身で、襟足を一本結びにした黒髪は艶やかで美しく、エメラルドグリーンの切れ長の瞳は……見るものを虜にしてしまう奇妙な魅力がある。確かに性格も口調もどこか荒っぽいが、容姿自体はかなり美形のそれなのだ。

 同時に、フィーネの美貌も常軌を逸していると言ってもいい。

 隣を歩くウェインに迫る一七二センチの背丈で、上から八九・五八・八三の起伏に富んだスタイルはモデル体型と言って差し支えないほど。腰まで伸びた綺麗なストレートロングの銀髪を靡かせる彼女の、ぱっちりとした瞳は……吸い込まれそうなほどに透き通った、ルビーみたいに綺麗な赤色。誰もが一目見た瞬間に心奪われてしまうような、フィーネはそんな……絶世の美少女なのだ。

 そんな二人が、見慣れない美形の男女が揃って目の前を歩いていれば、誰だって注目してしまうだろう。ウェインたちがこんな風に否応なく注目を集めてしまうのも、本当に仕方のない話だった。

「……確かに、いささか目立ち過ぎている気がするな」

 と、皆の注目を一身に浴びながら、フィーネはボソリと隣のウェインに囁き返す。

 だがウェインは小さく肩を竦めた後で、

「ま、良いんじゃねえの?」

 なんて、意外にも肯定するような言葉を返した。

「いや、良くは無いだろう。仮にも潜入任務でここに居るのだぞ?」

「物は考えようだぜフィーネ。これぐらい目立ってた方が、却って不審がられなくて良いかも知れねえ」

「ううむ、そんなものだろうか……?」

 思案するように唸り、首を傾げるフィーネに「多分な」とウェインはどこか無責任な言葉で返しつつ、二人揃って皆からの注目を浴びながら……学院までの道を歩いていくのだった。

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