第一章:スレイプニール・エージェント/06

 そうして登校した二人はまず真っ先に職員室に赴き、そこでエイジ・モルガーナと顔を合わせて。これからクラス担任になるという彼から改めて説明を受けた後、本鈴のチャイムが鳴ってから彼と一緒に教室に向かった。

「お二人は少しここでお待ちを。呼んだら入ってくださいね」

 そう言って教室に入っていくエイジを見送って、ウェインたちはお呼びがかかるのを廊下で待つ。

 ドアの隙間から漏れ聞こえる声から察するに、どうやら朝のホームルーム中のようだ。特にザワついている感じでもない辺り、どうやら二人のことは――転入生のことは伝えられていないらしい。

 実に落ち着いた雰囲気の、普段通りといった感じのホームルームのようだった。

「さて、突然ですが……今日から転入生が来るんですよ、しかも二人です」

 そうしたホームルームも終わり際になったところで、エイジが打ち明ける声が聞こえてくる。

 すると、途端に教室中がザワめき始めたのが分かった。こんなサプライズじみた発表だ、一気に浮ついた雰囲気になるのも仕方ないか。

「――――ではお二人とも、入ってください」

「お呼びが掛かったみたいだな」

「行くぞ、ウェイン」

「おうよ」

 呼ばれた二人がガラリと引き戸を開け、教室に入っていく。

 すると、ほんの少しの唖然とした沈黙の後――――教室中から湧き上がった黄色い声が、二人を盛大に出迎えた。

「えっちょっ、見てよ見て! すっごいイケメン……!」

「それよりあっちの女の子よ! めちゃめちゃスタイル良くて素敵……憧れちゃう」

「えーでもやっぱあっちの男の子だって。ああいうちょっと影のある感じが素敵なのよね……」

「め、めっちゃ可愛いじゃんあの……女神だ、女神が舞い降りたんだ」

「ヤベえ……俺ちょっと鼻血出てきた」

 ――――とまあ、二人を見た教室中の生徒たち、これからクラスメイトになる連中の反応といえばこんな具合だ。

 だから当人たるウェインとフィーネは「おいおい……」「これは……参ったな」とそれぞれ戸惑いつつ、エイジに手招きされる形で教壇に登ると、改めて彼から紹介されることとなった。

「はい、こちらが転入生のお二人です。紹介しますね、ウェイン・スカイナイトさんと、フィーネ・エクスクルードさんです」

「あー……俺はウェイン・スカイナイト、よろしく頼むぜ」

「私はフィーネ、フィーネ・エクスクルードだ。以後、見知り置いてくれ」

 エイジが二人の名前を後ろの黒板に書く傍ら、とりあえず形式的に挨拶をする二人。

 そうした挨拶の後で、エイジが「では折角ですし、お二人に何か質問があればどうぞ」なんて余計なことを皆に言うものだから――――。

「はいっ! ウェインくんって彼女いますか!?」

「二人ってどういう関係なのー? 初対面? それとも……!?」

「じゃあ俺も質問! フィーネちゃんって彼氏居るの!? 居ないんなら俺と付き合ってぇーっ!!」

「あー! 男子ばっかりずるい! じゃあ私も……ウェインくん、私と付き合ってくださいっ!!」

「私も私も! 今もうビビっと来ちゃったの! これって一目惚れってヤツ……!?」

「フィーネちゃーん! 付き合ってくださーいっ!!」

「私と! 私と付き合ってウェインくーんっ!!」

 ――――――とまあ、こんな質問攻めに遭う始末になってしまう。

 というか質問にすらなっていない。突然現れた転入生二人に、クラス中が完全に変な盛り上がり方をしてしまっている。もう集団ヒステリーに近いぐらいの熱狂っぷりだ。

「おいおい、どうすんだよこれ……」

 当然こんな量の質問(?)をウェインが捌き切れるわけもなく、ただ戸惑うしかない。

「…………むぅ」

 そんな風に戸惑っている彼を――でも好きだとか付き合ってくれだとか、クラスメイトの女子たちから言われまくって、何故だか満更でもなさそうな様子の彼を横目に、フィーネはむっとして。

「ウェイン」

「んあ?」

「私を見ろ」

 隣に立つ彼にそう言うと、そっとウェインの頬に両手で触れて。ぴんと爪先を立てて、ほんの少しだけ背伸びをすると。

 ――――――突然、彼にキスをした。

「んっ……」

 ふわり、と銀色の髪が揺れる。

 漂う甘い匂いは、クチナシにも似たフィーネの匂い。蛍光灯をキラリと反射する銀髪をふわりと靡かせながら、フィーネはそっと唇同士を触れ合わせる。

 フィーネが、ウェインが感じるのは……不思議なぐらいに心地良い、柔らかくて甘く、でもどこか切ないような感触。

 彼の首にしがみつくみたいに両腕を回して、フィーネは僅かに背伸びをしたまま、彼と口付けを交わし合う。

 目を見開いたウェインの顔は、突然のことに驚いた様子だ。何が起こったのか分からないという風な、少しだけ間の抜けた顔を見ていると……フィーネは少しだけおかしくて。もう少しだけこのままで居てやろう、なんて悪戯心すら芽生えてしまう。

 ――――聞こえてくるのは、互いの息遣いだけ。

 フィーネが突然キスをしてしまえば、あれだけ響いていた黄色い声はピタリと止み。熱に浮かされていた教室の雰囲気はしんと静まり返り、教室中のクラスメイトたちや、すぐ傍に立つエイジでさえもが……驚いて、唖然とした顔で二人を呆然と眺めている。

 でも彼女はそんな皆の驚いた様子や、注目する視線なんて全く意に介さずに、彼と唇を触れ合わせたまま離れない。

 …………そんな甘いキスの時間は、数秒か数十秒か、それとも永遠か。

 そっと唇を離して、ほんのひとときの甘い口付けを終えると。フィーネは閉じていた瞼をそっと開いて、ルビーのように赤く潤んだ瞳でウェインを見上げてみる。上目遣い気味に見つめる顔は、きっと悪戯っぽく微笑んでいたに違いない。

「おま……っ、どういうつもりだよ、急にこんなところで!?」

 そうして唇を離してやれば、ハッと我に返ったウェインが思わず叫ぶ。

 声こそ荒げているけれど、でも顔は真っ赤になっていて。それが余計におかしくて、フィーネはクスッと小さく笑ってしまう。

 するとフィーネはそっと人差し指を立てて、捲し立てるウェインの唇に押し当てた。これ以上喋らなくていい、と彼を黙らせるように。

「大事なことだ、ハッキリさせておかないとな」

 黙らせた彼の耳元でそっと囁きかけて、フィーネはくるりと皆の方へ――呆然とするクラスメイトたち皆の方に向き直る。

 すると、小さく深呼吸してから……彼女はハッキリと皆に宣言する。堂々とした態度で、誰にも渡さない、誰にも譲らないと言わんばかりに。自信に満ち溢れた微笑を浮かべて。

「見ての通りだ、覚えておけ――――ウェインは私のモノだ!」





(第一章『スレイプニール・エージェント』了)

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