第一章:スレイプニール・エージェント/04

 案内役のエイジと別れ、二人は学生寮に入っていった。

 エレベーター……は使うまでもないから階段を昇り、二階の203号室へ。ここが今日から二人が暮らすことになる部屋だ。

 そんな部屋の玄関扉には鍵穴が無く、エイジが言っていた通り端末を……理事長から渡された、あの学生証代わりの携帯端末をかざすことで開く電子ロック式だ。

 フィーネが自分の端末をかざして鍵を開け、ウェインがドアを開けて二人で中へ。

「おお、コイツはまた……」

「また豪華なものだな。流石に帝国の威信をかけた学院なだけはある、ということか」

 そうして部屋に一歩入っていけば、その豪華さに二人は呆気に取られてしまう。

 その外観に似つかわしく、学生寮の部屋はまるで高級リゾートホテルのように広くて豪華な一室なのだ。

 まるでスウィートルーム級……とまではいかないものの、ただの学生寮にしてはあまりに整いすぎている。床はふわふわとした絨毯が敷かれているし、二人分のベッドは割と大きなセミダブル。部屋付きのトイレや風呂場は当然のこと、簡素ながらキッチンまである。

 部屋は洒落た間接照明がぼうっと淡く照らしていて、壁掛けの液晶テレビに、個人用パソコン付きの勉強机。大きな窓の向こうにはそこそこ広いバルコニーまであるほどだ。

 ……とまあ色々と述べてきたが、とにかく豪華な部屋だということだ。

 一見すると不必要なまでに整っているように思えるが、そこはフィーネの言った通りだ。エーリス魔術学院はノーティリア帝国が世界に誇るプラーナ研究の最先端にして、魔術や魔導士に関わることなら世界一の教育水準を持つ学院だ。国内の貴族だけでなく、世界のあちこちから留学生がひっきりなしに訪れる学院……まさに国の威信が懸かっている学院なのだから、これぐらいのことは当然ともいえる。

 だからウェインもフィーネも最初に驚きこそしたが、しかし不思議には思っていなかった。

「まあいいだろ、ボロっちい部屋よりかこっちの方が何億倍もいいってモンだ」

「そうだな、これぐらいの方が暮らしやすくて丁度いい」

「にしても……おっさんの奴、何も同じ部屋にしなくってもな」

 そんな203号室に入りながら、会話の最中にウェインがポロっと言葉を漏らす。

 するとフィーネは「ん?」と首を傾げて、

「なんだ、私とは嫌だったか?」

 と、彼に問いかける。

 ウェインはそれに「いんや」と首を横に振り、

「嫌ってワケじゃねえけどな。別にお前とは元々こういう暮らしだったし、潜入任務ってことを考えても都合が良いからな」

「ならば良いだろう、私も一人部屋よりお前と一緒の方がいい。その方が安心して眠れるからな」

「あっそ……まあいいけどよ」

 うむ、と胸を張って言うフィーネに、小さく肩を竦めるウェイン。

 ――――二人は、今日から同じ部屋で暮らすことになる。

 学生寮で男女二人が同じ部屋で、言ってしまえば同棲状態。普通に考えればあり得ないことだが、この辺りはニールが……二人の上司でスレイプニールの局長、ニール・ビショップが裏から手を回したが故のことだ。

 というのも理由は単純で、潜入任務に際しての効率や利便性といったことが挙げられる。

 二人別々の部屋、隣同士でというのもニールは一瞬だけ考えたようだが、結果はこの形に収まった。二人一緒の方が任務に関する相談や相互連絡なんかもごく自然に行えるし、万が一の事態に際しても迅速に対応できる。それに何よりも……お互い、学院で安心して背中を預けられる唯一の相手だ。

 そういう観点から判断した結果が、この通常ではあり得ない二人の同室での共同生活というワケだ。

 まして、二人は転入する以前から似たような形で共同生活をしていた。だからフィーネは当たり前として、ウェインも口ではそう言ってみせたものの、特に違和感みたいなものは覚えていない。

 とにもかくにも、この203号室が明日からの学生生活の起点となる場所で、潜入任務の拠点にもなる部屋なのだった。

「さてと……送った荷物は届いてるんだよな?」

「よく見ろ、テーブルの上にある」

「あほんとだ。っとフィーネ、制服はクローゼットにあったぜ。しかも二着ずつ」

「うむ、とりあえず荷物を開けるとしよう。他に足りないものがあれば私が買ってくる」

「いいっていいって、購買なら俺も付き合うからよ」

「……ふふっ、なんだ私が居ないと寂しいのか? 一緒に行きたいのなら、素直にそう言えばいい」

「なんだよ、その言い方」

「冗談だ。――――とにかく荷解きをするぞ、このままじゃ日が暮れかねん」

「あいよ」

 こうしてウェイン・スカイナイトとフィーネ・エクスクルード、エージェント二人の仮初めの学生生活は……年相応の青春と、潜入任務の二足のわらじを履いた生活は幕を開けたのだった。

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