第一章:スレイプニール・エージェント/02

 ――――学園都市エーリス。

 ノーティリア帝国の南方、複数の小島から成るエーリス群島に設立された大規模な学園都市のことだ。その中心となる教育機関が国立エーリス魔術学院で、他にも本格的な研究機関も有しているという。

 そんなエーリス魔術学院は、世界屈指のプラーナ技術を持つ帝国の中でも指折りの存在で、その教育水準は世界一とも。そんな魔導士を目指す者にとっての頂点ともいえる学院には、国内のみならず外国からも多数の留学生が訪れているらしい。

 また群島に設立された学園都市はそれぞれが独立した島ごとのエリアを構成していて、それらエリア間は全てが大橋や海底トンネル、またはモノレールなどで接続されている。この辺りは小島が連なる群島という立地が故の、まあ特徴といえる部分だ。

 そんな学園都市エーリス内の学院エリア、国立エーリス魔術学院の校門前に――ウェイン・スカイナイトとフィーネ・エクスクルードの二人は立っていた。

「ウェイン、ここで合っているな?」

「多分間違いはないだろうけどよ、にしたって……デカいなホントに」

「島ひとつ丸ごとが学院エリアだとは聞いていたが、これは私の想像以上だな……」

 二人が呆然としているのも仕方のないこと。何せこの学院エリアが占めているのは、フィーネが口にした通り――丸ごとひとつの島なのだ。

 エーリス群島にある多くの島の内のひとつ全域が、魔術学院のための敷地として割り振られている。その凄まじい敷地面積は、もう学院というよりも街に近い。ただの教育機関の敷地と考えれば、あまりにも無法な広さだ。

 何せここに来るまで、軽く二、三回は道に迷ったぐらい。

 だからまあ、二人がこんな風に呆気に取られているのも仕方のない話といえた。

「とりあえず理事長に会えば良いんだったよな? フィーネ、理事長室の場所は分かるか?」

「ある程度は頭に入れている。細かいことは行ってから考えるとしよう」

「んだな」

 そんな広大な敷地に建つ校門を潜り、ウェインたちは校舎を目指して歩き始める。

 幸いにして校門から校舎は……当たり前だが目と鼻の先だったから、特に悩むことなく辿り着けた。校舎に入った二人は案内表示を頼りにそのまま階段を昇り、二階にある理事長室へと向かう。

 コンコン、と扉をノックすれば、帰ってくるのはどうぞ、というしゃがれた男の声。ウェインとフィーネは一度コクリと頷き合うと、その観音開きの扉を開けて、二人一緒に理事長室の中に足を踏み入れた。

「おや、もう来ましたか。意外と早かったですね」

 執務机の向こう側、高そうな革張りの椅子をくるりと回して振り向いた老人は、そう言って二人を出迎える。

 微かな笑顔を浮かべる白髪頭の老人は、当たり前だが学院の理事長だ。

「ようこそ、国立エーリス魔術学院へ。二人とも歓迎しますよ」

「ありがとうございます。申し遅れました、我々は――――」

 と、名乗り返そうとしたフィーネに「ああ、分かっています」と理事長は言葉を制し。

「ウェイン・スカイナイトにフィーネ・エクスクルード、でしたね。話はビショップ局長から伺っています。潜入任務とは……大変なことでしょうが、頑張ってくださいね」

 二人を労うように言って、ニッコリと微笑む。

「それと、こちらをお二人に。学生証を兼ねた携帯端末です」

 続けて理事長はそう言うと、机の引き出しから取り出した手のひらサイズの携帯端末を二つ、コトンと机の上に置く。

 歩み寄った二人が受け取ったそれは、文字通りの携帯端末だ。学院生活をより円滑に進めるための便利ツールであると同時に、学生証も兼ねた電子機器といったところか。

 そんな携帯端末を受け取ると、その後で理事長は更に幾つかの説明を二人にしてくれた。

 まあ、多くが事務的な確認作業だ。学生寮の部屋はどこだとか、事前に送った荷物は運びこんであるとか。制服や教科書類といった学院生活に必要なものも、学院側が寮の部屋にもう全部用意してくれているとか。そういった細々とした説明だ。

「あと、最後にもう一点。お二人の素性を……潜入捜査中のエージェントということを知っているのは、学院内でも私だけです。他の者には誰一人として知らせていませんから、不用意に口を滑らせないように気を付けてください。……まあご存知のことと思いますし、要らない心配かと思いますが」

 そうした説明の後で、理事長は改めてそう言う。

「了解だ」

「承知しました、理事長殿」

 ウェインとフィーネがそれぞれ頷き返すのを見て、理事長はうんうんと満足げに笑い。それから「私からは以上です」と言うと、執務机の傍らに据えられていた内線電話に手を伸ばす。

 受話器を取り、誰かと数言交わし。それから数分待っていれば……コンコン、と理事長室の扉がノックされた。

「失礼します、お呼びですか?」

 開いた扉からサッと入ってきたのは、若い男性教師だった。

 髪はフィーネと同じ銀色で、くせっ毛気味の長い髪はウェインと同じように襟足で一本結びに纏めた格好。背丈は一八六センチとかなりの長身で、フレームレスの眼鏡の向こうに見えるのは、キラリと輝く赤色の瞳。スリムな黒いビジネススーツをビシッと着こなしていて、首元には赤いネクタイをしっかり結んでいる。

 見るからに真面目そうな印象だ。教師らしい教師というか、若々しいフレッシュな印象を抱かせる。

「前に話しておいた転入生のお二人がいらっしゃいましたので、顔合わせをと思いまして」

「そうでしたか。――――私はエイジ・モルガーナ、見ての通りの教師です。これからお二人の入るクラスの担任なんですよ、私が。ですから……よろしくお願いしますね?」

 と、男性教師は――エイジ・モルガーナというらしい彼は、爽やかな微笑を浮かべながら二人にそう名乗ってみせた。

「ウェイン・スカイナイトだ、よろしく頼むぜ」

「同じく転入生のフィーネ・エクスクルードです、お見知りおきを」

「ウェインさんにフィーネさん……ですね。ふふっ、二人とも素敵なお名前です」

「モルガーナ先生、お二人に学院を案内して差し上げてください」

 名乗り返したウェインたちに微笑み返しつつ、エイジは「承知しました」と理事長に頷き返し。

「ではお二人とも、参りましょうか」

 と言って、二人を連れて理事長室を後にしていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る