第一章:スレイプニール・エージェント/01

 第一章:スレイプニール・エージェント



 ――――ノーティリア帝国。

 東のグレートアヴァロン島と西のトリニティ島、この二つの大きな島を中心としたアヴァロン諸島の全域を統べる帝国の名だ。ノーティリア帝国は豊かで平和な国で、世界屈指のプラーナ技術を有していることもあり、魔導士の総本山ともいわれている。

 そんなノーティリア帝国の首都、グレートアヴァロン島にある帝都エルドラゴンの某所に、とあるオフィスがあった。

 特務諜報部隊スレイプニール。

 ノーティリア帝国の皇帝が直轄する極秘諜報チーム、そのオフィスの一角にある局長執務室で……二人の若者が、そのスレイプニールの局長と顔を合わせていた。

「一体何の用だよおっさん、こんな朝っぱらから」

 仮にも上司である局長に対して、そんな不作法にも程がある態度を見せるのは、黒髪の青年ウェイン・スカイナイト。身長176センチの長身で、割に長めな襟足をきゅっと一本結びに結った青年だ。

 キッと猛禽類のように鋭く尖った切れ長な双眸、エメラルドグリーンの瞳でウェインは目の前の局長をじっと見つめている。

「文句を言うなウェイン、これも私たちエージェントの仕事の内だ」

 そんな彼のすぐ隣で、腕組みをしながら堂々とした口調で言うのは……銀色の髪の少女。

 ――――フィーネ・エクスクルード。

 身長は172センチと長身で、煌びやかな白銀の髪は腰まで届くストレートロング。ぱっちりとした瞳はルビーのような赤色で、その堂々とした立ち振る舞いからは、彼女がかなりの自信家であることが窺い知れる。

「仕事ったってよ……ついこの間だぜ? やっとこさ一区切りついたのはよ」

「人手不足だから仕方ないだろう、特にここみたいな秘密部署なら尚更だ。……だろう、ニール?」

 ぶつぶつと文句を垂れるウェインに言いつつ、フィーネは執務机の向こうに座る局長に向かって――彼女も彼女で、上司に対しては少しばかりラフな感じの口調で問いかける。

 すると、局長――ニール・ビショップは小さく溜息をついて。

「そういうことだ。フィーネの言う通りウチは慢性的な人手不足でね……まして今回の任務、お前たちにしか出来ないものなんだ。ハードな任務が終わって早々に悪いが、二人とも頼む」

 と、どこか気怠そうな声で、でも少しだけ申し訳なさそうに言った。

 ――――ニール・ビショップ。

 この特務諜報部隊スレイプニールの局長で、二人の上司に当たる存在だ。

 背丈は188センチとウェインよりも遙かに高く、芳醇なワインのような赤色の髪は、くせっ毛なのか年中ぼさぼさで跳ね放題。切れ長の瞳は金色で、顎や頬には不精ひげが目立っている。ちなみに格好は着崩したワインレッドのカッターシャツに黒のスーツパンツで、ネクタイは無しだ。

「私たち二人にしか出来ない任務、か」

「へえ……? ソイツは妙な話だね。聞かせてくれよおっさん、チョイと興味が湧いてきた」

 ウェインとフィーネ、二人にしか出来ない任務。

 それを聞いた二人が興味を示したのを見て、ニールは「まあ待て」と言い、顎の不精ひげを触りながら……一呼吸置いてから、その任務とやらの説明を始める。

「ウェイン、フィーネ。お前たち二人には学園都市エーリスに潜入して貰う」

「学園都市……エーリス?」

 首を傾げるウェインに「言い方が悪かったな」とニールは言い、こう言葉を続ける。

「厳密に言えば、そこにある国立エーリス魔術学院に潜入するんだ」

「……ちょっと待てよおっさん、俺たちに学生になれってのかよ?」

 その通りだ、とニールは頷いて肯定する。

「学園都市エーリス、及び国立エーリス魔術学院についてはお前たちもある程度は知ってるだろう。南方のエーリス群島に設立された大規模な学園都市と、その中心になる国立の魔術学院……お前たち二人は、学生としてそこに潜り込んでくれ」

「ニール、その目的は?」

 と、問うのはフィーネだ。

「わざわざ私とウェインを潜り込ませるようなことだ。まさかただの内偵調査ではあるまい。我々スレイプニールが出張らなければならないような事態……という解釈で良いのだな?」

 続く彼女の確認じみた問いかけに、ニールは少しの間を置いた後。

「…………ああ」

 と、深く頷いて肯定の意を返した。

「詳細は不明だが、学院内に奴ら・・の内通者が居る。ソイツを炙り出すのがお前たちの任務だ」

「奴らというと――――超次元帝国ゲイザーか」

 呟くフィーネに「そうだ」とニールは頷き返す。

 ――――超次元帝国ゲイザー。

 いずれこの世界に襲来するといわれている、正体不明の敵性存在。その正体も目的も一切不明だが、次元の壁を超えた先からやってくることと、今から3500万年前の超古代文明の時代にも一度襲来し、撃退されていることと……そして遠くない未来、再び襲来することだけは分かっている。

 平たく言えば異界からの敵、というワケだ。

 無論、その存在は一般には秘匿されているから、普通に生きている大多数の人間はこのことを知るよしもない。だがいずれやって来る脅威であることは変わりなく、その対策はノーティリア帝国を始めとした世界中の国家間で秘密裏にだが進められている。

 そのための存在のひとつが、ウェインたち特務諜報部隊スレイプニールなのだ。

 彼らスレイプニールの任務はゲイザーに関する諜報活動と、それに対する直接的な実力行使。そんな自分たちにわざわざ潜入させると言い出した時点で、ウェインもフィーネも何となく任務の方向性は読めていた。

 だが――――内通者とは。

 雲を掴むような話だ、とウェインは一連の説明を聞きながら思う。

 普通の人間同士のスパイならまだしも、相手は異界から来る正体不明の敵だ。その内通者とやら自体は恐らく人間なのだろうが……ゲイザーがどのようにその者と接触し、どんな形で工作をさせるのか。それが一切分からない以上、これは雲を掴むような話だ。

 間違いなく、極めて難しい任務になるだろう。せめて内通者が学生の中に居るのか、教師の中に居るのか、それともそれ以外の人間か……その程度の情報でもあれば良かったのだが、ニールがこれ以上何も説明してくれない以上、それすらも分かっていないのだろう。

「まあ任務は任務としてだ、折角の機会だ……二人とも、普通の学生生活って奴を楽しんでくるといいさ」

 だが当のニールは今までのシリアスな表情を崩せば、頬を緩めながらそんなことを言い出している。

「楽しめったって、任務は任務だろうが。おっさん、あんた何言ってんだ?」

「ふむ、ウェインの言う通りだな。流石に今の発言は私にも理解しかねる。ニール、どういうつもりだ?」

 そんなニールの突拍子もない発言に戸惑う二人。しかしニールは「いや、どういうつもりだって言われてもな」と笑いながら、

「言葉通りの意味だって。ウェインもフィーネも、二人ともマトモに学生をやったことって無かったろ? まあその辺は色々あったから仕方ないとして……だ。例え潜入任務とはいえ、コイツは絶好の機会だと俺は思ってる。ましてお前たちは世界平和のために人一倍働いてきたんだ。ここいらで年相応の青春ってのを謳歌したって、バチは当たらんだろ?」

 なんて風に、やっぱり頬を緩ませながら――でもどこか真剣な眼差しで言うものだから、ウェインもフィーネも互いに顔を見合わせて。小さく息をつくと「……わーったよ」「そういうことなら」と、ニールの言葉を了承する。

 そんな二人を見てニールはそうかそうか、と満足げに笑顔を浮かべて。

「とにかく、気を付けて行ってこい。潜入任務の方は当然しっかりやって貰うとして、折角の学生生活なんだ……ウェイン、フィーネ。存分に楽しんでこいよ、一度しかない青春をな」

 そう言って、戸惑いがちなエージェント二人の新たな門出を見送るのだった。

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