ダイバージェンス・フィーネ

黒陽 光

Chapter-01『天翔ける白き翼の魔導騎士』

プロローグ:Kiss me, My princess!

 プロローグ:Kiss me, My princess!



「んっ……」

 ふわり、と銀色の髪が揺れる。

 漂うのはクチナシのような、ほのかに甘い匂い。銀色の髪がふわりと宙を舞い、可愛らしい少女の顔がすぐ目の前に急接近してきて……そっと触れた唇に感じるのは、奇妙なまでに柔らかくて、不思議なぐらいに心地の良い、甘く切ない感触。

 それはあまりにも唐突で、突拍子もない出来事だったから……彼女にキスをされたのだという事実を、俺はしばらく認識できないでいた。

 俺の首にしがみつくみたいに両腕を回し、少し背伸びしながら最接近した彼女。突然のキスを交わせば、さっきまであれだけ響いていた黄色い声はピタリと止み、しんとした教室の中……聞こえてくるのは、互いの息遣いだけ。

 キスをしてきた彼女と、キスをされた俺と。そんな俺たちを教室中のクラスメイトたちが唖然とした顔で見つめる中、しかし彼女は――フィーネ・エクスクルードは皆の注目なんてまるで意に介さぬように、俺にしがみついたまま、唇を触れ合わせたまま離れない。

 そうして触れあっていた時間は数秒か、数十秒か、それとも数時間か。

 きっと実際には、ほんの僅かな時間だったに違いない。でも感覚の上では、まるで一秒が永遠に思えるほどに引き延ばされていて……しかしそんな時間も、やがて終わりが来る。

 フィーネは触れ合わせていた唇を離して、閉じていた瞼をそっと開いて。ルビーのように赤く潤んだ瞳で、どこか上目遣い気味に俺を見上げてくる。

「おま……っ、どういうつもりだよ、急にこんなところで!?」

 そんなフィーネに、俺は思わず叫んでいた。自覚は全くないけれど、でもきっと顔は赤くなっていたに違いない。

 だが彼女は――フィーネは、捲し立てる俺の唇にそっと立てた人差し指を押し当てて、否応なく俺を黙らせてしまう。

 黙らせれば、呆然とするクラスメイトたち皆の方にフィーネは向き直って、そして宣言してしまった。あまりにも堂々とした態度で、絶対に誰にも譲らないと言わんばかりに。

「見ての通りだ、覚えておけ――――ウェインは私のモノだ!」

 こんなとんでもない出来事から始まるのは、俺たちのごく普通な学生生活。もとい……そのように装った、たった二人の潜入任務。

 フィーネのあまりにも堂々とし過ぎている宣言をすぐ隣で聞きながら、俺は――――ウェイン・スカイナイトは、今日からの日々がどう考えても波乱に満ちているという予感に、ただ頭を悩ませることしか出来なかった。





(プロローグ『Kiss me, My princess!』了)

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