ドMタクシー。

@ishikawa0330

第1話

「高田馬場だよ!何度言わせたらわかんだ。早く来いよ。能無しのノロマがっ!!」


電話が切れると、私は目の前のウェブサイトに戻った。そこに広がるのはタクシー会社のホームページ。急用が入り、高田馬場に向かう必要があった。即座にタクシーを呼ぶことを決めた。その選択肢の中で、目に留まったのは「株式会社ドMタクシー」。そのユニークな名前に興味を持ち、ホームページにアクセスした。


そのページには、特異な手順が記されていた。


「ご注文ありがとうございます。注文の手順は以下の通りです。


1.電話番号(000-123-123)におかけください。


2.行き先を伝えた後、運転手に罵詈雑言を浴びせてください。彼らを興奮させるのです。


3.電話を切ってください。


4.弊社でお客様がドMタクシーにふさわしいかを確認させていただきます。お待ちください。5分以内に連絡差し上げます。


5.注文が受理された方は、折り返しの電話で合流場所を伝えてください。


※注文が受理されなかった場合、再度のご利用をお待ちしております。


ドライバーの指名がある場合は、折り返しの電話でお知らせください。

以上が注文の手順です。ご連絡をお待ちしております。」


私はステップ3まで終え、折り返しの連絡を待っている。普段は暴言を吐くことなど考えられない私が、今回はどれだけ運転手をゾクゾクさせられるかが気になっていた。運転手が興奮するような言葉を考えつつ、次第に不安が募る。


ブッー、ブッー、ブッー、ブッー。


深呼吸して、私は通話ボタンを押した。


「お世話になっております。株式会社ドMタクシーの田中です。」


「あぁ?折り返しが遅いくせに、声も小さいとかどういう神経してるの?ってか、電話越しからもあんたのくっさい口臭が伝わって不快なんだけど?」


そうだ、暴言を浴びせるのはステップ2までだ。しかし、私は我慢できずにその言葉を吐いてしまった。運転手が興奮するようなと書いてあったが、田中さんはただの電話の向こうにいる声。彼が本当にドMの運転手かどうかはわからない。真面目に働く人に口臭が臭いと言ってしまった。冷や汗がじんわりと流れるのを感じる。


しかし、その不安をよそに、ドMたちの歓声が電話を通じて聞こえてきた。


「女王様1名、ご注文確定でーす!」


「俺が迎えに行く!」


「いや俺が先だァ!」


「待って、折り返しの電話は私が受け持ったのだ!」


受付の田中さんもドMだった。


「盛り上がるな、くそ野郎ども!おい、田中!お前で良いから、新宿にある丸八オフィスの前まで急いでこい!」


「は、はい!」


どうにでもなれ。時にはこうした言葉も必要だろう。こんなふうに暴言や悪口を吐いたら、学校生活も違ったかもしれない。授業は真面目に受け、嫌いな数学も学び、大学や就活も頑張ったが、評価されるのは勢いのある人たちだけだった。通話を終えながら、暴言で結びつく人間関係の魅力を感じる。以前のように過ごしたいと思う。不満やストレスを率直に吐き出せる暴言で、知らない人に思い切りぶつけてみたい。


私は案外、ドSなのかもしれない。そんなことを考えながら、エレベーターに乗り込んだ。急用に呼び出されたが、その内容が一体何なのか、ワクワクと不安が入り混じる。


ビルの入り口に着くと、車の姿は見当たらなかった。


その代わり、目に入ったのは、タンクトップ姿の少し寂しそうなおじさんだった。


「ご注文ありがとうございます。株式会社ドMタクシーの田中です。」


田中さんは名刺を手渡し、その後、両手と両膝をコンクリートにつけて、四つん這いの姿勢になった。


田中の声がオフィス街に響いた。


「女王様、私の背中にお乗りください!」


「車でこい!このクソ野郎!!」


「ヒャッ!」


私は思い切り、田中のお尻を叩いた。


急用は何とか間に合った。タクシーを名乗るだけあって、田中は案外速かった。初乗り運賃が平手打ちというのは興味深かったが、最初にお尻を叩いたおかげで、料金は格安になったとのことだ。楽しさに駆られて、その後も何度もお尻を叩いた。まるで競走馬のジョッキーのようだった。


道中、気づかなかったが、街中にはドMタクシーがチラホラと走っていた。常連のお客にはピンヒールで背中を突く仕打ちをしていたようだ。田中によると、急いでいる際は運転手の興奮度を高めることがポイントらしい。


ドMなおじさんたちが街を駆け回る一方、私は今日も仕事に取り組む。


後輩が駆け寄ってきた。


「先輩、急なミーティングが入りそうなんです…。」


「大丈夫だよ。それに、面白いタクシー会社があるんだ。一緒に行くか?」


私はそう言って微笑むと、後輩も微笑み返した。この一日も、どんな展開が待っているのだろうか。

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