第八頁
いつも通り検査に言ったら、先生から「今日はやめておこう」と言われた。
不安に思っていたら、看護師さんから、目の周りの隈が酷いことになっていると言われて、それでやっと気が付いた。
ここ最近の不眠は、どうやら周りから見ても明らかなレベルに達したようだった。
私を見る人たちの目はとても心配そうで、それが居た堪れなくなって、私はただ俯いて黙っていることしかできなかった。
部屋に戻されて。けれど、特にやることがあるわけではない。怠い身体をベッドに転がしながら、私はずっと窓の外の景色を眺めている。
疲れたな、と思うけれど、それが何故なのかも、どうやってそれを払えばいいのかも、今の私にはわからなくて、受け止められなくて、せめて、と、うつ伏せで顔をシーツに沈めて、眩しい光から目を背けていた。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、名前を呼ばれた。
顔を上げた先、ドアの外。
数日ぶりに顔を合わせるあの看護士が、カンナちゃん、と、また私の名前を呼んでいた。
その柔らかな表情に釣られるようにして、私は病室を抜け出した。
「この間話してた花が咲いたの」、と、彼女は嬉しそうにそう言った。
ほんの数日、その間に現れた変化。彼女はそれを私に一つ一つ教えては、時折そこにある花弁に、愛おしそうな手つきで触れていた。
彼女の繊細な指先をぼうっと眺めていると、不意に一筋の光が私の目に飛び込んだ。
花の上で、小さな露が、陽の光を受けて光っていた。
そういえば、昨夜は雨だったような気がする。
頬にふと柔らかいものが触れて、見れば、彼女が私の頬に手巾を当てていた。
「久しぶりに、暖かくなったわね」
言われてみれば、私の顔には、ほんの少し汗が滲んでいた。
帰り道、私達はまた、あの自販機の前で立ち止まった。
看護師さんが、ポケットから小銭を取り出す。
「カンナちゃん、炭酸苦手だったわよね」
彼女の指先が一瞬、ためらうように揺れて――それから、あの日の飲み物、その一段上にあったボタンを押した。
「これ、娘が好きなの」
戸惑う私に、彼女はそれを優しく握らせる。
そうしてまた歩き出す彼女を追いかけながら、苦手、というその言葉が、なんだかとても大事な気がして、私は冷たい飲み物のボトルを、抱きしめるようにして胸元に抱えていた。
その夜は、いつもよりも早く眠れた気がした。
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